「で?どうだった?」
消化器内科の須川先生が医局でパソコンを打ちながら問いかけた。
「肺癌だと思います」
「見せろ」
彼は無造作に僕の持っていたCTフィルムを剥ぎ取った。

「うーん・・・うーん・・・はいよ」
彼は分かったのか、フィルムを戻した。
「心臓の横にある、これか」
「・・いえ。これは肺動脈です」
「え?ああ、そうだな。し、知ってるわい」

右の上肺内の前方に3センチほどのマス(腫瘤)。胸壁に接しており、
肋骨が一部破壊されている。このようなパターンを引き起こすことが
多いのは・・タイプは扁平上皮癌か。

ここ以外、肺内の病巣は見当たらない。縦隔リンパ節腫脹は・・7番
が怪しいな。1センチ以上なく、有意ではないが。

「喀痰細胞診、それと腫瘍マーカーの採血を出します」
「肺のことは俺にはよく分からん。主治医、代わってくれ」
「僕にですか」
「そりゃそうだろ。家族に説明してこい」
「・・・はい」

僕はたえず付き添いしてくれている家族のもとへ歩いた。
「詰所のほうへ」

詰所で写真の説明をした。
「・・・これによって肋骨にある神経に直接癌が浸潤して、
それで痛みが起こってるようです」
「それで、ウーウー言ってたんですね・・」
「年齢的にも、手術とか点滴とか、放射線などは・・」
「負担が大きすぎますね」
わりと理解のある家族だった。

「痛み自体は取り除きたいので、まず痛み止めを」
「麻薬ですか?」
「いえ。まずは通常の鎮痛剤を」
「お願いします」
「で、主治医なんですが。僕のほうに変更を」
「?どうしてまた?」
「須川先生からお聞きしまして」
「主治医が代わる?」
「須川先生の専門は消化器で、私が胸のほう」
「でも1年、ずっと診ていただいてたのに」
彼女は不服そうだ。そりゃそうだろう。

だが僕も、上からの命令だ。逆らえない。

「今日から、私が主治医として・・」
「でも先生に代わったからといって、何かが変わるんでしょうか」
痛いところをつかれた。
「そ、それなりに写真を撮ったり・・」
「でもここは、そういう病棟じゃないですよね?」
「ま、まあそうですが」
「じゃあ主治医はそのままにしてください!また一から
話するのも嫌ですし!」

僕は医局へ戻った。
「須川先生。家族の方はどうしても先生に診ていただきたいと」
「なにい?」
彼はパソコン画面を閉じた。
「もう1回説明しておけよ」
「うーん、先生。無理だと思います」
「俺は今、鼻が詰まっててしんどいんだよ!」

彼は廊下へと歩き始めた。
「昼メシ!」
僕も彼に続いた。

職員食堂はすでにナースたちスタッフで溢れ返っていた。
みんなで同じ釜の飯を食う。

「今日はカレーだ!ラッキー!」
須川先生と同様、僕もホッとした。
うちの食事のマズさといったら・・。でも贅沢は言えない。
職員の食事は一般に安い(200-300円)。食事は栄養士が調理してるが、
実際は外部の委託された業者が食事を運んでくる。それも
すでに調理ずみに近いもの。魚や煮物などは抵抗がある場合が
多い。だがカレーなら癖があまりなく、なんとか食べれる。

外食でランチなど、あっという間に1000円になる。

「ユウキ。お前、押しが弱いぞ。押しが!」
「家族への押しですか・・」
「いいか。些細なことでもな。いったんこうだと決めたら、
ドーンとぶつかれ!」
「・・・」
「相手の出方で、自分の主義を曲げるな!信念ってもんがいるんだ!」
「・・・」
「だから、俺がいったことをきちんと家族に説明、説得させて!」
「ええ・・」

メガネ事務長が横に座った。
「いやあ、この前はラッキーでしたね。ユウキ先生」
「え?」
「野球が中止でしょ。飲み会も中止。お金を払わずにすんだ」
「野球の試合再開の予定は?」
「向こうが催促してますよ。無視無視!」

「須川先生。些細なことですが」
「何だ?ふくしん漬けはもうないぞ」
「家族への説明は、やはり先生からお願いします」
「なに?俺から言えと?」
「え、ええ」
「俺に命令すんのか?」
「そういうつもりではないです」
「いい度胸してる!」

彼は不機嫌に立ち上がり、席を向こうへ移動した。
大人気ない奴だ。

なんでこういう細かいことで悩まないといけないのか。

時間の無駄が多い毎日が続いていた。

コメント

最新の日記 一覧

<<  2025年5月  >>
27282930123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

お気に入り日記の更新

最新のコメント

この日記について

日記内を検索