プライベート・ナイやん 1-14 調剤薬局
2005年1月21日外来。冬でも春近くになると、花粉症が多くなる。
「へ、へ・・・へぶ!」
須川先生は慢性的な花粉症で、絶えずマスクとティッシュは持っている。
「あー・・しんど」
実は僕自身もそんなところがある。だが日によって平気なときも多いし、
そこまでひどくはない。
須川先生は眉間を人差し指で押し続けた。
「お・・お・・?通ってきたぞ?」
「須川先生。貧血の患者さんがいまして」
「貧血?」
「脳梗塞後遺症の方で、自立歩行で」
「お、スースーしてきた!」
「・・・ヘモグロビンが入院時11.5g/dl。3ヵ月後が8.6g/dl」
「検査したのかよ?」
「疲れやすいとおっしゃるもので」
「俺だって疲れるぞ。見ろ!このティッシュの量を!」
彼のゴミ箱は紙で溢れていた。
「ちゃんと鼻かんだティッシュだからな。全部」
「え。ええ」
彼は僕の患者のカルテを一覧した。
「貧血か。うちのナースの採血だからな。溶血しまくったからじゃないか?」
「そうかもしれませんね・・でもカリウムやGOTは正常です」
「正球性みたいだな。でも血小板が30万に増えてる」
「出血は否定できないと思いまして」
「ははあ、それで俺に胃カメラの依頼か?」
「お、お願いします」
「胃カメラくらい、自分でやれよ!」
「じょ、上手な先生のほうが・・」
「俺が上手?」
「はい」
「見たのか?」
「見たことあります」
「ま、あれが普通だぞ。消化器内科でおめえ、カメラができなくてどうすんだ!」
「もっともです」
彼の胃カメラは見たことはなかった。ただ自分はほとんど経験がないので、
お願いしたいだけだった。
「わかった。じゃあらいしゅ・・・へ・・へ・・」
「・・・」
「へくし!へくし!へくし!」(くしゃみ)
「・・・」
「にでもす・・ばふ!ばふ!ばふ!」
どうやら止まりそうにない。
彼はリボスチン点鼻薬を鼻にさした。
「ひー・・・ひー・・・」
彼は鼻をつまんだ。涙目だ。
「ぼへっ!」
今度は口でくしゃみだ。
「ぼへっ!ぼへっ!ぼへみあん!」
「では先生、おねがいしま・・」
「待て!」
彼は点眼薬を取り出した。両目に数滴ずつ。
「ふう・・ユウキ。便潜血もしておけよ」
「はい」
「化学法は擬陽性があるから。ヒトヘモで・・・ヘモ・・」
「・・・」
「はあ!」(くしゃみ)
「では失礼・・」
「はあ!はあ!はあ!はあはあ!」
少林寺?
近くで寝ていたドクターが目を覚ました。
「うるさいなあ・・」
僕は須川先生から処方を頼まれ、薬局へ。院外薬局だ。
病院の外来がヒマなので、外の調剤薬局もヒマだ。
「失礼します」
僕は私服で入った。ふだんは面識のない薬剤師さんたちだ。
「これ、処方箋」
「はい・・須川様ですね」
僕は腰掛けた。
オバサン薬剤師はうつむいたままニヤニヤしていた。
「・・・花粉症ですか?」
「ええ・・」
「いつもアレジオンなんですね」
「え?はい」
「アレジオン、好きですね」
なんだ、こいつ・・。
「うちのスタッフも花粉症がいましてね。ね。患者さん」
「(か、患者さん・・)」
「アレグラが欲しいんですけど、なくてね。あれがあったらお勧めなのに」
「ああ、アレグラね。よく効くし、眠気が少ない」
「はれ?よく知ってるんだねえ」
「・・・入る予定でも?」
「ないない。こんなアンタ、田舎の遅れた病院には無理無理!」
「・・・」
「先生らも時代遅れやしねえ・・」
「時代遅れか・・」
「今日は学校は休み?」
「へ?」
「休むんやったら、診断書とかきちんと書いてもらっときなさいよ!」
「上司がうるさい人でして」
「あらあら」
彼女は薬の袋を準備。お金も支払ったが・・
まだ話は続いた。
「あのね。あんまり上の人のことを、とやかく言うたらダメ」
「なっ?」
「上司の言うことは、全部ありがたいと思って聞いとかないと」
「正しければいいんですがねえ」
「そりゃ正しいに決まってる!」
「・・・」
「あんたよりも人生、長く生きてるんねよ」
「まあそうですが・・」
「素直にならんといかん!」
何なんだ?この田舎独特の『余計なお節介的』雰囲気は?
早く戻りたい!
「じゃあ、これで・・」
「反省の色が見えとらん!」
「・・・」
「まああんたも上の人間になったら分かるこっちゃ!」
薬局の奥から声が聞こえた。
「それアンタ、別の人の袋」
「え?ああ!」
どうやら間違えたらしい。
「どうもすみません!へへ!・・では、あと二百円いただきます!」
余計に金を払わないといけないのが、どことなく屈辱だった。
外来を覗いたが、やはり・・も抜けの殻だ。
夕方の5時になり、いきなり靴音が聞こえだす。
医局へ戻ると、もうみんなの姿はなかった。
僕は須川先生の机の上に薬の袋を置き、自分の席へ戻った。
今日も、何事もなく・・。
近くの官舎まで、トコトコ歩いた。
後ろからチリンチリン、と自転車のベルが聞こえた。
よけると、左を自転車がスレスレで通った。
「がんばってよ!ファイトファイト!」
さっきの調剤薬局のおばさん。
おばさんもがんばって、上を目指してよ。
今日はどうも、ありがとう。
駄菓子屋でチキンラーメンを購入。
期限はまた切れていた。
でも不思議と怒りはわかなかった。
このころから、人を許すことを学び始めていた。
「へ、へ・・・へぶ!」
須川先生は慢性的な花粉症で、絶えずマスクとティッシュは持っている。
「あー・・しんど」
実は僕自身もそんなところがある。だが日によって平気なときも多いし、
そこまでひどくはない。
須川先生は眉間を人差し指で押し続けた。
「お・・お・・?通ってきたぞ?」
「須川先生。貧血の患者さんがいまして」
「貧血?」
「脳梗塞後遺症の方で、自立歩行で」
「お、スースーしてきた!」
「・・・ヘモグロビンが入院時11.5g/dl。3ヵ月後が8.6g/dl」
「検査したのかよ?」
「疲れやすいとおっしゃるもので」
「俺だって疲れるぞ。見ろ!このティッシュの量を!」
彼のゴミ箱は紙で溢れていた。
「ちゃんと鼻かんだティッシュだからな。全部」
「え。ええ」
彼は僕の患者のカルテを一覧した。
「貧血か。うちのナースの採血だからな。溶血しまくったからじゃないか?」
「そうかもしれませんね・・でもカリウムやGOTは正常です」
「正球性みたいだな。でも血小板が30万に増えてる」
「出血は否定できないと思いまして」
「ははあ、それで俺に胃カメラの依頼か?」
「お、お願いします」
「胃カメラくらい、自分でやれよ!」
「じょ、上手な先生のほうが・・」
「俺が上手?」
「はい」
「見たのか?」
「見たことあります」
「ま、あれが普通だぞ。消化器内科でおめえ、カメラができなくてどうすんだ!」
「もっともです」
彼の胃カメラは見たことはなかった。ただ自分はほとんど経験がないので、
お願いしたいだけだった。
「わかった。じゃあらいしゅ・・・へ・・へ・・」
「・・・」
「へくし!へくし!へくし!」(くしゃみ)
「・・・」
「にでもす・・ばふ!ばふ!ばふ!」
どうやら止まりそうにない。
彼はリボスチン点鼻薬を鼻にさした。
「ひー・・・ひー・・・」
彼は鼻をつまんだ。涙目だ。
「ぼへっ!」
今度は口でくしゃみだ。
「ぼへっ!ぼへっ!ぼへみあん!」
「では先生、おねがいしま・・」
「待て!」
彼は点眼薬を取り出した。両目に数滴ずつ。
「ふう・・ユウキ。便潜血もしておけよ」
「はい」
「化学法は擬陽性があるから。ヒトヘモで・・・ヘモ・・」
「・・・」
「はあ!」(くしゃみ)
「では失礼・・」
「はあ!はあ!はあ!はあはあ!」
少林寺?
近くで寝ていたドクターが目を覚ました。
「うるさいなあ・・」
僕は須川先生から処方を頼まれ、薬局へ。院外薬局だ。
病院の外来がヒマなので、外の調剤薬局もヒマだ。
「失礼します」
僕は私服で入った。ふだんは面識のない薬剤師さんたちだ。
「これ、処方箋」
「はい・・須川様ですね」
僕は腰掛けた。
オバサン薬剤師はうつむいたままニヤニヤしていた。
「・・・花粉症ですか?」
「ええ・・」
「いつもアレジオンなんですね」
「え?はい」
「アレジオン、好きですね」
なんだ、こいつ・・。
「うちのスタッフも花粉症がいましてね。ね。患者さん」
「(か、患者さん・・)」
「アレグラが欲しいんですけど、なくてね。あれがあったらお勧めなのに」
「ああ、アレグラね。よく効くし、眠気が少ない」
「はれ?よく知ってるんだねえ」
「・・・入る予定でも?」
「ないない。こんなアンタ、田舎の遅れた病院には無理無理!」
「・・・」
「先生らも時代遅れやしねえ・・」
「時代遅れか・・」
「今日は学校は休み?」
「へ?」
「休むんやったら、診断書とかきちんと書いてもらっときなさいよ!」
「上司がうるさい人でして」
「あらあら」
彼女は薬の袋を準備。お金も支払ったが・・
まだ話は続いた。
「あのね。あんまり上の人のことを、とやかく言うたらダメ」
「なっ?」
「上司の言うことは、全部ありがたいと思って聞いとかないと」
「正しければいいんですがねえ」
「そりゃ正しいに決まってる!」
「・・・」
「あんたよりも人生、長く生きてるんねよ」
「まあそうですが・・」
「素直にならんといかん!」
何なんだ?この田舎独特の『余計なお節介的』雰囲気は?
早く戻りたい!
「じゃあ、これで・・」
「反省の色が見えとらん!」
「・・・」
「まああんたも上の人間になったら分かるこっちゃ!」
薬局の奥から声が聞こえた。
「それアンタ、別の人の袋」
「え?ああ!」
どうやら間違えたらしい。
「どうもすみません!へへ!・・では、あと二百円いただきます!」
余計に金を払わないといけないのが、どことなく屈辱だった。
外来を覗いたが、やはり・・も抜けの殻だ。
夕方の5時になり、いきなり靴音が聞こえだす。
医局へ戻ると、もうみんなの姿はなかった。
僕は須川先生の机の上に薬の袋を置き、自分の席へ戻った。
今日も、何事もなく・・。
近くの官舎まで、トコトコ歩いた。
後ろからチリンチリン、と自転車のベルが聞こえた。
よけると、左を自転車がスレスレで通った。
「がんばってよ!ファイトファイト!」
さっきの調剤薬局のおばさん。
おばさんもがんばって、上を目指してよ。
今日はどうも、ありがとう。
駄菓子屋でチキンラーメンを購入。
期限はまた切れていた。
でも不思議と怒りはわかなかった。
このころから、人を許すことを学び始めていた。
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