病棟で、総胆管結石による胆管炎の患者を診察中。
解熱傾向だが、炎症が改善傾向にあるだけで、石による
物理的閉塞が解除されたわけではない。
内視鏡を用いた根治治療が必要だ。

「先生。もうよくなったから、帰らしてえな」
「え?ま、まだだめですよ」
「もうこのとおり、ピンピンやがな。それより・・」
「?」
「はよメシ食わしてえな!」
「食事して胆汁が分泌されたら、石の手前でよけい溜まるんです」
「・・・なんや、ようわけの分からんこと、言よんなあ」
「内視鏡(ここではERCP)のできる病院を紹介しますので・・」
「そんな時間、ないわい」
わがままな中年男性患者は点滴を引っ張りながら部屋を出て、
トイレへと歩いていった。

病棟詰所で困っていると、消化器の須川先生がやってきた。
ロボット調に話しかけてくる。
「おう、うさぎさん!」
「・・・」
「うさぎさん。ここで何をやってるんですか?」
「・・・」
「うさぎさん。胆管炎の人は、炎症はひいてますか?」
「はい。でも石による閉塞はあるようなので、ERCPのできる病院へ紹介を」
「うさぎさん。どこへ紹介するんですか?」
「・・・どこか、ありますかね」
「うさぎさん。大変ですね」
「?」
彼はCTをしげしげと見つめていた。

「うさぎさん。となりの町にあるイナカ救急病院はどうですか?」
「そうですね。でも取ってくれますかね?」
「うさぎさん。でも本人は納得してるんですか?」
「それが・・仕事があるのでもう帰ると」
「うさぎさん。それはマジですか?」

うさぎさん、うさぎさんって、しつこいな・・。

「マジです」
「それはうさぎさんの説明不足ではないんですか?」
「説明は・・してます」
「もししなかったら死ぬこともある。そこまで説明しましたか?」
「いや、そこまでは・・」
「やっぱり先生はうさぎさんですね!再受講!」

彼はこの頃から、小ばかにしたような口調で話しかけることが多かった。
だが僕にもう少し押しが必要なのは自分でも感じていた。
もう1度、説得へ。

「あの・・」
「もう、今日帰りまっせ!」
患者は身の回りの片づけを始めていた。
「今から?」
「あと何時間かしたら、友人に迎えにきてもらう」
「しかし、また同じことが起こったら、それこそ・・」
「死ぬときは、死ぬときや!」
彼は点滴を自己抜去した。血が少し流れた。
「あ!」
思わず押さえた。
「いい!こんなの!怖くないわい!」
「・・・」
「さ!今日は焼肉でもパーッとやるか!」

僕は呆れて、医局へ戻った。
須川先生はパソコンで<スヌード>をしていた。
「その顔は、ダメだったようですね。うさぎさん」
「ええ・・」

関東出身の高橋先生(神経内科)があくびをしながらやってきた。
「はああ・・平和な病院ですねえ」
「自分は久しぶりに忙しいです」
「うん。でも、時間内の仕事でしょ?」
「ええ」
「じゃあ、やんないといけないじゃん」
「はい」
「何の病気の人?」
「急性の胆管炎で、総胆管に石が詰まって炎症と黄疸を・・」
「あー、ギブギブ!」
「?」
「まったーく、わかんない!ダメ!」
彼は両手を振り払った。
「僕に対して、そんな話題はやめて!」
「・・・」
「ぜーんぜん専門外!」

「須川先生。イナカ救急病院って・・」
「?」
「レジデントの教育病院って聞きました」
「そうですよ。うさぎさん」

また・・。

「かなり活気がありそうですね」
「そうですよ。申し送りでバカを見破られないようにね。うさぎさん!」
「気をつけます」
「あそこの院長はレジデント・キラーでっせ。うさぎさん」

このときは運命を全く感じていなかった。

一方。僕の心配とは裏腹に、患者は友人を待つこともなく勝手に退院していた。
もぬけの殻となった病室のベッドの上に、「フライデー」が置いてあった。
僕はパラパラとめくって、またそこに置いた。

「とじこみ付録が、開けられている・・」
それ以外、彼の残した形跡はなかった。

その日の夜は当直で、マンガを読んでいた。
内線が珍しく鳴る。

「もしもし、当直」
『事務当直です。1人、患者さんが来られてて』
「どんな?」
『おなかが痛いと』
「おなかが?でもうちは・・救急病院じゃないしな」

すぐにレントゲンを撮れればいいのだが。検査技師、
放射線技師はすべて呼び出し。来るのに1時間以上だ。
このため救急まがいのものはすべて断っていた。

「事務当直さん。悪いけど、よその・・」
『うちのかかりつけだそうで』
「・・なら、診察して紹介状を書くよ」

降りて、外来診察室へ。
待合室に中年男性がだるそうに寝そべっている。

まさか・・・。

予感は的中した。

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