「うう・・」
自己退院した中年男性患者は、案の定ここへ戻ってきた。
しかし、なんでまたここに・・。
「な、なんとかしてくださいやあ!」
彼は声を張り上げた。

僕はそこでとりあえず診察。
こりゃ、かなり熱が高そうだ。服の前面には嘔吐物。
いわんこっちゃない。
だが叱って何がどうなる問題でもない。

「事務当直さん!」
僕は4畳半の部屋でねそべっている高齢男性を起こした。
「はいはい」
「この人を入院させたいんだが。ベッドは・・」
「満床と聞いてますがね」
いっちょまえに、満床になってるか。

とりあえず点滴ルートを確保。

「困ったな・・どこか」
僕は事務室の中で、紹介できる病院のリストを探した。

「そうだ。この前須川先生が言ってた・・イナカ救急病院!」
タウンページで調べる。
「あった!よし、ここに・・!」
電話をプッシュ。検査もしたいところだが、技師の呼び出し時間など
考えると、搬送したほうが早い。もちろん信頼できる病院ならだ。

「あ、イナカ救急病院ですか・・?」
「はい。患者さんの紹介ですか?」
「ええ。できれば当直の先生を」
「お待ちください」
紹介が慣れているのか、事務当直の若い男性は手際よくこなした。

『代わりました。杉山です』
「山の上病院のユウキという医師です。当直医です」
『どういった方でしょうか』
「中年男性、総胆管結石による胆管炎と思われます」
『あ、もうそこまで診断を?』
「いったん入院したのですが、自己退院を」
『今は満床ですか』
「そ、そうです。そうなんです」
『ではどうぞ』

なんて軽いフットワークだ。

「事務当直さん、救急車を」
「はいはい」
うちの病院に救急車を呼ぶなんて、僕がこの病院に就職して以来だな。

「1分で来るそうです」
事務当直はまたテレビの部屋で寝そべった。

間もなく、玄関前に救急車が。だがおかしい。サイレンが・・光ってない。
表へ出ると・・。

「?事務長じゃないですか?」
「こんばんは」
救急車を運転しているのは事務長。私服でだ。よく見ると、救急車の側面には
『山の上病院』と書かれてある。
「事務長さん。これ、うちの病院の?」
「ええ。実はあるんですよ。国が引き上げなかったんです」
「よくもまあ、残してくれたもんだな・・」

僕と事務長は患者を担架に抱え、救急車の後ろから入った。

「どど、どこへ行きまんの?」
「そうだ。言い忘れてたけど」
「?」
「うちは今は入院がダメだから、よそへ行きます」
「別の病院?」
「イナカ救急病院」
「となりの・・町の?あそこは・・」
「何です?」

救急車は走り出した。事務長が困った様子だ。
「サイレンが点灯しませんね!いいですか先生!」
「よくないよ!けど・・ここから30分くらいでしょ」
「頑張ります!」
彼はエンジン全開、ジグザグ運転で町道に飛び出した。

「うわ!でね、そこの病院で処置をしてもらいましょう!」
「先生。あの病院は・・たた。研修医しかおらん、ってわし聞いたんやさかい」
「研修医だけの病院?ないですよ。そんなの」
「そんなとこ、運ばれたらモルモットにされてまう」
「そんなことないです!評判いいし」
「先生、知ってるの?」
「いえ。人から聞いただけで」
「やっぱやめてえな!」

救急車はカーブの多い山道をぐんぐんと進んでいった。
ライトで照らしても、前方が暗い。

「うわ・・なんか、来る!」
事務長は減速した。前方を見やると、電車の明るい窓の影が延々と連なり、
こっちへ向かってきた。まるで宇宙空間のように、それは僕らをかすめて後ろへ素早く
ぬけていった。

「事務長さん。なんかスリーナインみたいですね」
「え?スリー・・」
「なんでもないです」

僕は点滴を手に持ってぶらさげていた。手が疲れるので交互に持ち替えた。

「しまった・・!そういや、CTとかの画像、持ってくればよかった!」
「ま、いいんじゃないですか?」
事務長が楽天的に答えた。
「だが、あまりにも失礼だし・・」
「大丈夫。あそこの先生方は、みな優しいですよ」
「でも・・」
「優しいというか、みんな若いですからね。研修医の先生方ばかりなので」

「ほらみろ!わしの言うたとおり!」
患者がどうやら聞いていたようだ。
「引き返してくれ!」
「そ、それは・・」

確かに今は夜間帯。研修医が当直をしている可能性は大いにありうる。
ひょっとしたらマイナー科の先生かもしれず。だが電話で『おたくは何科?
イヌ科?ネコ科?』なんて聞く勇気はない。

そうこうしている間に、着いた。

150床ほどの中規模病院だ。老朽化したような建物は、うちといい勝負だ。
奇妙なのは、玄関以外に何部屋も電気がついていることだ。夜中なのに・・。
救急病院だからか。よく頑張る病院だ。

僕はドアを中から開け、外に出た。
すると・・。

何人もの白衣を着た医者?が、ものすごい勢いで走ってくるのではないか!
みな、若さに満ち溢れている。白衣がマントのようになびいている。
昔の自分を思い出した。昔といっても、つい数年前の。

「わたくしたちが、運びますので!」
リーダー格の、それでも研修医らしき先生が仕切った。
「おい!モタモタすんな!アパム!ドアを開けとけ!」

小心者のような背の低い白衣スタッフが、足で何度も自動ドアを踏み続けた。

「入るときでいいんだ!アパム!」
小男はびくっと反応し、ストレッチャーが玄関に入る直前でドアを開けた。
大勢がそれをあざ笑う。しかし、妙なあだ名をつけられたもんだな・・。
どうやら、いじめられっ子的な存在のようだ。

患者は入るなり、方々から囲まれた。リーダーは腕組みし、部屋の隅から指示。
「ボケッとすんな!アパム!」
小男は居場所を求めるようにうろうろしている。
「アパム!お前の患者になるんだぞ!」
リーダーは『アパム』を後ろから小突いた。

他の大勢は、各自点滴の準備など着々を作業を進めている。
全部で10人はいる。彼ら・・みんな当直か?

当直料金、ちゃんともらってるのかなあ・・。
リーダーはアパムの腕をつかんだ。
「こらあアパム!さぼるな!」
「ひっ・・」
「さっさとモニターをつけるんだよ!アパム!」

久しぶりに味わうこの雰囲気。ここは戦場。
なんか、故郷に久しぶりに戻ってきたような感じだ。
リーダーは、僕のほうを一瞥した。ヘビのように威嚇する目だ。

「ユウキ・・先生ですね?」
「え、ええ」
「ちょっと待っていただいていいですか?」
「もも、もちろん」
「そちらの写真など、いろいろ見せていただきたいもので」
「ひっ・・」

今は「アパム」に同情するどころではなかった。

コメント

最新の日記 一覧

<<  2025年5月  >>
27282930123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

お気に入り日記の更新

最新のコメント

この日記について

日記内を検索