プライベート・ナイやん 1-19 バスケットで粉砕せよ!
2005年1月28日夜中の3時。ふだん徹夜のしたことのない僕・事務長は眠気がピークに達していた。
だが、ここ救急病院ではそんなことは関係ない。昼だろうと夜だろうと、レジデント
たちは休むことを知らない。
そのレジデント代表格のような男が、僕らの前に立っている。
「・・で、写真のほうは?」
「あ、はい。あのですね」
事務長は恥ずかしそうにうつむいた。
「写真がございませんと、病態の把握ができないのですが」
名札に『桂』と書いてあるその男は、淡々と僕らを追い詰め始めた。
いやいや、レントゲン・CT画像を持ってこなかった僕が失礼なんだ。
患者を真夜中に紹介してきてハイさよならなんて、非常識もいいとこだ。
事務長は僕のほうを向いた。
「どこですかね・・ユウキ先生」
「(わかってんだろが!)」
「あ、そうか!そうだ!忘れたのかな・・・!」
「(わざとらしい・・)」
「ちょっと、探してきます!わっせ!わっせ!」
「(逃げたな・・)」
桂先生は黒板に板書きを始めた。
「総胆管結石による、閉塞性胆管炎ですね?」
「だと思います」
「だと思う?」
「いえ、そうです」
「シャルコーは?トリアス、揃ってる?」
「シャル・・」
「Charcot3徴!シャ・ル・コー!サ・ン・チョ・オ!」
「右季肋部痛,黄疸,発熱・・・ありますあります」
この3つにショック・意識障害が伴えばRaynold5徴だ。
「ビリルビンはいくら?」
「自己退院時で5くらい・・」
「5!」
「・・・・・」
「しし、し!CRPは?ワイセ(白血球)は?」
「CRPは・・4だったかな」
「4!」
彼の反応は1つ1つが大胆不敵だった。
知らない間にレジデントたちが揃っている。
「病棟、移しました」
ガリベンふうの禿げた男が耳打ちした。
「透視室が準備できたら、副院長に電話!」
「はい!(全員)」
「今のうちに寝ておけ!30分は寝れるだろ!」
「はい!(全員)」
「主治医は寝るなよ!アパム!」
「ひっ・・」
小男は最後尾で小さく頷いた。
事務長が手ぶらで戻ってきた。
「やはり、ありませんでした」
「やはり!?」
桂先生が腕組みした。
「今から、取りに戻り・・」
「いやいや、いいいい!」
「申し訳ござい・・」
「ま、いいよ。はっは。謝ってすむことではないしね」
「はい・・え?」
桂先生やレジデントたちは消えていった。
事務長は時計を見ていた。
「ユウキ先生。帰りましょうか」
「い・・いいのかな?」
「山の上病院の当直代理にもかわいそうですし」
「代理は誰が?」
「先生の大嫌いな、副院長ですよ」
「あ、そうか。なら・・ゆっくり帰ろうよ」
「でも先生。もう4時ですし」
「で、でも・・あの先生の許可がないと」
「若造っぽいし、大丈夫ですって!」
「だれが若造なのかな〜?」
今度は桂先生が、後ろのドアから現れた。
「先生は、山の上病院の?」
「え、ええ。ユウキといいまして」
「あそこは、高度な病院だったんだよ」
「僕が来る前の話ですね」
「先進医療が売りで、救急もバンバン取ってた。うちは足元にも及ばなかったがね」
「そうですか・・」
「でもね、国が割りに合わないと判断したんでしょ?」
「そのようで」
「うちも小児科があったんだけど、コスト面で廃止」
「小児科が閉鎖ですか・・多いですね。最近」
「小児科は不採算部門なんだよ」
こんな会話をしながら、透視室へ歩いた。
患者が降りていて、すでに準備もできている。
ガリベン様のドクターが内視鏡を持っている。
「と、とりあえず私が・・」
「先生、私に!」
男勝りの女医が歩み出た。またその後ろの数人が出てくる。
どうやら奪い合いのようだ。
「夜中なんだぞ。何かあったらどうする?」
桂先生はなだめた。一瞬で静かになった。
この統制力はすばらしい。
ドアから高年の男性が白衣で入ってきた。高倉健のような渋い男性だ。
「やあ」
「赤井先生!お疲れ様です!(全員)」
「写真はこれかな?」
彼は目をしかめ、つい今しがた撮ったフィルムを眺めた。
「・・・」
彼は無言で透視台のほうへ歩いた。電気が走ったように、近くの
レジデントたちが感電していく。
「主治医は・・?」
「ひ・・」
アパム先生が手をゆっくり上げた。
「患者さんへのムンテラは・・」
「ひ、ひ・・」
彼は完全にびびっていて、答えられなかった。
「カツラくんよ」
「はい」
「彼・・やっぱダメだね」
「・・・」
赤井先生は患者に二言ほどつぶやき、内視鏡を挿入した。
レジデントたちが食い入るように、彼の手元⇔画面を覗き込む。
「乳頭だ・・」
桂先生は腕組みして見守っていた。
「え?もうそこまで?」
僕の場合、十二指腸まで進めるのがやっとなのに。
赤井先生は1分もかかっていない。しかもこれは通常のカメラ
よりも太い。
「EST」
「はい!」
ガリベン先生が赤井先生の足元にペダルを持ってきた。
赤井先生は何回か小さくペダルを踏む。
内視鏡からの画面では、針金が乳頭を内側から外へえぐり込み、
ペダルとともに焼き切られていく。乳頭が開いてくるに従い、
黄色い液が出てきた。胆汁だ。
「造影」
「はい!」
「遅い」
「はっ!」
内視鏡の先から出たチューブが乳頭に食い込む。中をワイヤーが
通っているのがわかる。
「透視・・」
バンと透視画面が出た。と、造影剤が入る。
造影剤は上へ上へと昇っていく。なんとか肝臓の付近まで造影。
途中に3個ほどの巨大な結石があった。
「バスケット・・」
横で補助のガリベン先生が器具を次々と渡す。
補助にすら回れなかった女医が悔しそうに見ている。
透視画面に、針金様のようなものが上に伸びてきた。
するとパカッと開き、鳥かごのように楕円形の網となった。
胆石の1個が、その網の中に入ったようだ。
赤井先生は手元を小刻みに、ゴシゴシしている。
画面のバスケットも上下運動。
「桂先生。あれは・・」
「石を砕くんですよ」
「なるほど・・」
内視鏡画面では、次々と緑っぽいドロドロしたものが流れていく。
桂先生は僕をチラッと見た。
「ユウキ先生、判りますか?砕かれた石です」
「ほう・・」
造影剤が再び流されると、胆管の中にまだ数個、石が浮遊している。
赤井先生は全く疲れを見せず、次々と石をトラップし、下へ降ろしていく。
「あと、お願い」
赤井先生はマスクを外し、クールに引き上げた。
周りのレジデントたちの数人は、感動して目が真っ赤になっていた。
「赤井先生!どうもありがとうございました!(全員)」
思わず僕も声が出た。
そこへ、補助をしていたガリベン先生がやってきた。
「では、あとはやっておきますので」
「ど、どうも」
「どうも、ご紹介ありがとうございました!」
彼はペコッと頭を下げた。
こんな過酷そうな病院なのに、なんて礼儀の正しい・・。
だが時計は5時を指していた。いくらなんでも、もう帰ろう。
「あれ?」
僕は気づいた。事務長がいない。
「おい?」
病院玄関まで出た。
だが、車がない。
さてはあいつ、帰ったな!
「ビショップ・・いや、事務長のバカー!」
すると右後方からブルルーンと車がやってきた。『山の上病院』専用救急車。
「乗ってください!」
「おう!」
僕は倒れるように乗り込んだ。車は逃げるように走り出した。
『フォースは君とともに・・』
だが、ここ救急病院ではそんなことは関係ない。昼だろうと夜だろうと、レジデント
たちは休むことを知らない。
そのレジデント代表格のような男が、僕らの前に立っている。
「・・で、写真のほうは?」
「あ、はい。あのですね」
事務長は恥ずかしそうにうつむいた。
「写真がございませんと、病態の把握ができないのですが」
名札に『桂』と書いてあるその男は、淡々と僕らを追い詰め始めた。
いやいや、レントゲン・CT画像を持ってこなかった僕が失礼なんだ。
患者を真夜中に紹介してきてハイさよならなんて、非常識もいいとこだ。
事務長は僕のほうを向いた。
「どこですかね・・ユウキ先生」
「(わかってんだろが!)」
「あ、そうか!そうだ!忘れたのかな・・・!」
「(わざとらしい・・)」
「ちょっと、探してきます!わっせ!わっせ!」
「(逃げたな・・)」
桂先生は黒板に板書きを始めた。
「総胆管結石による、閉塞性胆管炎ですね?」
「だと思います」
「だと思う?」
「いえ、そうです」
「シャルコーは?トリアス、揃ってる?」
「シャル・・」
「Charcot3徴!シャ・ル・コー!サ・ン・チョ・オ!」
「右季肋部痛,黄疸,発熱・・・ありますあります」
この3つにショック・意識障害が伴えばRaynold5徴だ。
「ビリルビンはいくら?」
「自己退院時で5くらい・・」
「5!」
「・・・・・」
「しし、し!CRPは?ワイセ(白血球)は?」
「CRPは・・4だったかな」
「4!」
彼の反応は1つ1つが大胆不敵だった。
知らない間にレジデントたちが揃っている。
「病棟、移しました」
ガリベンふうの禿げた男が耳打ちした。
「透視室が準備できたら、副院長に電話!」
「はい!(全員)」
「今のうちに寝ておけ!30分は寝れるだろ!」
「はい!(全員)」
「主治医は寝るなよ!アパム!」
「ひっ・・」
小男は最後尾で小さく頷いた。
事務長が手ぶらで戻ってきた。
「やはり、ありませんでした」
「やはり!?」
桂先生が腕組みした。
「今から、取りに戻り・・」
「いやいや、いいいい!」
「申し訳ござい・・」
「ま、いいよ。はっは。謝ってすむことではないしね」
「はい・・え?」
桂先生やレジデントたちは消えていった。
事務長は時計を見ていた。
「ユウキ先生。帰りましょうか」
「い・・いいのかな?」
「山の上病院の当直代理にもかわいそうですし」
「代理は誰が?」
「先生の大嫌いな、副院長ですよ」
「あ、そうか。なら・・ゆっくり帰ろうよ」
「でも先生。もう4時ですし」
「で、でも・・あの先生の許可がないと」
「若造っぽいし、大丈夫ですって!」
「だれが若造なのかな〜?」
今度は桂先生が、後ろのドアから現れた。
「先生は、山の上病院の?」
「え、ええ。ユウキといいまして」
「あそこは、高度な病院だったんだよ」
「僕が来る前の話ですね」
「先進医療が売りで、救急もバンバン取ってた。うちは足元にも及ばなかったがね」
「そうですか・・」
「でもね、国が割りに合わないと判断したんでしょ?」
「そのようで」
「うちも小児科があったんだけど、コスト面で廃止」
「小児科が閉鎖ですか・・多いですね。最近」
「小児科は不採算部門なんだよ」
こんな会話をしながら、透視室へ歩いた。
患者が降りていて、すでに準備もできている。
ガリベン様のドクターが内視鏡を持っている。
「と、とりあえず私が・・」
「先生、私に!」
男勝りの女医が歩み出た。またその後ろの数人が出てくる。
どうやら奪い合いのようだ。
「夜中なんだぞ。何かあったらどうする?」
桂先生はなだめた。一瞬で静かになった。
この統制力はすばらしい。
ドアから高年の男性が白衣で入ってきた。高倉健のような渋い男性だ。
「やあ」
「赤井先生!お疲れ様です!(全員)」
「写真はこれかな?」
彼は目をしかめ、つい今しがた撮ったフィルムを眺めた。
「・・・」
彼は無言で透視台のほうへ歩いた。電気が走ったように、近くの
レジデントたちが感電していく。
「主治医は・・?」
「ひ・・」
アパム先生が手をゆっくり上げた。
「患者さんへのムンテラは・・」
「ひ、ひ・・」
彼は完全にびびっていて、答えられなかった。
「カツラくんよ」
「はい」
「彼・・やっぱダメだね」
「・・・」
赤井先生は患者に二言ほどつぶやき、内視鏡を挿入した。
レジデントたちが食い入るように、彼の手元⇔画面を覗き込む。
「乳頭だ・・」
桂先生は腕組みして見守っていた。
「え?もうそこまで?」
僕の場合、十二指腸まで進めるのがやっとなのに。
赤井先生は1分もかかっていない。しかもこれは通常のカメラ
よりも太い。
「EST」
「はい!」
ガリベン先生が赤井先生の足元にペダルを持ってきた。
赤井先生は何回か小さくペダルを踏む。
内視鏡からの画面では、針金が乳頭を内側から外へえぐり込み、
ペダルとともに焼き切られていく。乳頭が開いてくるに従い、
黄色い液が出てきた。胆汁だ。
「造影」
「はい!」
「遅い」
「はっ!」
内視鏡の先から出たチューブが乳頭に食い込む。中をワイヤーが
通っているのがわかる。
「透視・・」
バンと透視画面が出た。と、造影剤が入る。
造影剤は上へ上へと昇っていく。なんとか肝臓の付近まで造影。
途中に3個ほどの巨大な結石があった。
「バスケット・・」
横で補助のガリベン先生が器具を次々と渡す。
補助にすら回れなかった女医が悔しそうに見ている。
透視画面に、針金様のようなものが上に伸びてきた。
するとパカッと開き、鳥かごのように楕円形の網となった。
胆石の1個が、その網の中に入ったようだ。
赤井先生は手元を小刻みに、ゴシゴシしている。
画面のバスケットも上下運動。
「桂先生。あれは・・」
「石を砕くんですよ」
「なるほど・・」
内視鏡画面では、次々と緑っぽいドロドロしたものが流れていく。
桂先生は僕をチラッと見た。
「ユウキ先生、判りますか?砕かれた石です」
「ほう・・」
造影剤が再び流されると、胆管の中にまだ数個、石が浮遊している。
赤井先生は全く疲れを見せず、次々と石をトラップし、下へ降ろしていく。
「あと、お願い」
赤井先生はマスクを外し、クールに引き上げた。
周りのレジデントたちの数人は、感動して目が真っ赤になっていた。
「赤井先生!どうもありがとうございました!(全員)」
思わず僕も声が出た。
そこへ、補助をしていたガリベン先生がやってきた。
「では、あとはやっておきますので」
「ど、どうも」
「どうも、ご紹介ありがとうございました!」
彼はペコッと頭を下げた。
こんな過酷そうな病院なのに、なんて礼儀の正しい・・。
だが時計は5時を指していた。いくらなんでも、もう帰ろう。
「あれ?」
僕は気づいた。事務長がいない。
「おい?」
病院玄関まで出た。
だが、車がない。
さてはあいつ、帰ったな!
「ビショップ・・いや、事務長のバカー!」
すると右後方からブルルーンと車がやってきた。『山の上病院』専用救急車。
「乗ってください!」
「おう!」
僕は倒れるように乗り込んだ。車は逃げるように走り出した。
『フォースは君とともに・・』
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