あれから数日・・。

わが医局は今日も平和で変化のない日々を送っていた。
みな各人がお互い干渉することなく、パソコンをいじっている。

僕はパソコンがないので、医学書読んだり引き出しを意味もなく
開けたり・・。これってヤバイ兆候だな。そういや、家に帰ったら
冷蔵庫をよく開けたりもしてるな。何もないのに。

「うさぎさん、どうでしたか?」
「はい?」
消化器の須川先生が、仕切り板ごしにまたからかってきた。
「患者さんはここへ戻ってきますか?」
「いえ。たぶん戻らないでしょうね。うちはそっち向きの病院ではないし・・」
「うさぎさんもボケてくる一方ですか?」
「でも先生、かなり活気に満ち溢れてましたよ」
「うさぎさんも、そこへ行きたいですか?」
「いや、行きたいとまでは・・」
「うさぎさん、よかったらバイトに行ったらいいじゃないですか」
「バイト・・」
「募集しているのを知らないんですか?」
「知りませんでした」
「やっぱり先生はうさぎさんですね」
彼は自分の引き出しから、コピーした用紙を持ってきた。

『研修、アルバイト大歓迎。アルバイトは朝〜次の日の朝まで』
とある。詳細は連絡の上・・。威圧感は感じていたがいろいろ学ばせて
もらえそうな気がする。というか、ずっと今の病院で働き続けたら・・
須川先生たちには失礼だが、使い物にならなくなる。

内線連絡。外来が1人来た。

1週間前からしつこい咳。若い、ひょろっとした男性。

「胸が痛い?どこの?」
「右の胸・・背中かな」
「どんなときに?」
「深く息を吸ったとき」
「もしかして・・」
「えっ?えっ?」
「いえ、じゃあ胸部レントゲンと胸部CTを」
「気胸ですかね」
「え?どうして僕の考えてることを・・」
「今まで2回、なったもんで」
それでか。心臓が飛び出るかと思った。

SpO2 99%。呼吸音は、左右差ないような。
右心不全症状はなさそう。肺高血圧らしき所見なし、と。

念のため心電図も。いったん病棟へ。

「あ、来た」
ナースが1人、待っていた。
「ユウキ先生、いいですか」
「どこからでもどうぞ」
「?・・ハマさんですね。弁膜症の人」
「ああ」
「話しかけても返事がないときがあって・・」
「毎日?」
「日に数回ですね」
「すぐもとにもどる?」
「そうですね。1分くらいかな」
「調べたほうがいいな・・」
「ま、年が年ですもんね」

医療従事者の口から、よくそんな言葉を・・。

「じゃ、モニターを。あ、そうか。うち、ないんだよな」
「え?検査ですかぁ」
「ホルター心電図、頭部スィーリィー!」
「頭部CTでしょう?」
「そうだよ。脳波はうちでは・・」
「国が持っていきました」
「あ、そう。ふつうの心電図もとっておいて」
「採血は?」
「今から項目を書く」
「じゃなくて。血管がないので、私たちではできません」
「ないこと、ないだろ」
「無理です。ぜんぜん見当たらないし」
「副院長のときは、婦長自ら粘ってやってるじゃないか」
「さ、さあ。私はたまたまリーダーしてるだけなので」

採血して、また外来へ。

「結果はまだ?」
カーテンを覗き込むと、例の太った若いナースが歌を口ずさんでいた。
「♪たえ〜まなくそそぐあいのなを〜」
「・・・」
「♪えいえ〜んと、よぶこ〜とが、でき〜たならぁ〜」
「・・・」
まだ気づいてないようだ。
「♪こと〜ばではつたえることがどうしても」
「できなかあった!」
「きゃあ?」
「やさしさの!意味を知れ!」
「け、結果はまだです!」
彼女は罰が悪そうにその場で固まった。
「まだか。放射線のやつ・・」

僕は放射線部にゆっくり入った。
最近入ってきた若い女の子が時々代理で撮影している。
誰かと何やら話しているぞ。ちょっと、聞き耳を・・。

「いっつも急かすなっちゅうの!」
「(?)」
「お前が急かしたって、こっちはまだ別の撮影があるっちゅうのに!」
いったい誰に言ってるんだ?まさか、こやつも・・。この『お前』とは
もちろん僕のことを指している。

向かいに立っているのは、フィルムを補充してくる若い業者(上杉くん)だ。
このまま、聞き耳うを・・。

「けっこうヒマなのよ!」
「ケケケ・・」
「カッコいい先生だったら、話は別よ!上杉さんみたいな!」
「キキキ・・」
あのなあ・・。

僕はわざとらしく、開いてる入り口をノックした。
「あの〜」
「え?あ、はいはい!」
それまで悪魔のような顔をしていた女は、一瞬にして天使の笑顔をふりまいた。
女は怖い。若い人だけに限らんし。

「写真は・・」
「はい!もうすぐですよっ!ウフフフ」
「(何がウフフフ、だよ。サザエさんかよお前は!)」
「気胸の疑いって伝票にありましたねっ」
「そうでなければいいが」
「先生、一回みんなでパアッとやりましょう!」
「いや、僕は・・」
「えっ?どうしてどうして?先生この前、みんなで行こうって?」
「うん。かもしれないが・・」

出来てたフィルムを袋に入れてもらい、外来へ。

本人の前で、シャーカステンヘ。
「気胸、今回も起こしてます」
「ホントだ。今度は右か」
「写真・・分かるので?」
「ええ。もう何回も説明を」
「そっか」
「僕って、かなり被曝してますよね」
「・・・で、そのたびドレーンを?」
「そうです。副院長先生が」

そうか。うちで何度もしてるのか。
国立病院時代のカルテを見ていなかった。

「じゃあ先生、僕入院しますから、早いとこ・・」
「・・いや、しかし」
「え?」
「今後の再発を考えると、単にドレーンを入れるのはどうかと」
「え?でも肺の外に出た空気を、外に出さなきゃ・・」
「うん。でもそれでまたドレーン抜いたとしても」
「再発するのはね、仕方ないっしょ」
「すまないけど。呼吸器外科へ行きましょう」
「げか?」
「呼吸器外科で、胸腔鏡下でブラを切除してもらいましょう」
「そ、そのほうがいいんですか・・」
「イナカ救急病院へ紹介します」
「そこは・・いいとこなんですか?」
「そう信じてます」

今度はきちんとフィルムを添付し、タクシーで行ってもらうことになった。

「すまないけど、この手紙を」
「?これは・・」
「院長あてなのですが。ついでに事務に出してもらったら」
「わかりました」

タクシーは去っていった。

そう。その手紙には「バイト行かせて依頼」の内容が書いてある。

しかしながら・・こんな僕が雇ってもらえるんだろうか。

どうか願いが届きますように。チリンチリン・・。

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