プライベート・ナイやん 1-21 セルフ・コントロール
2005年2月1日「では、少しまだ来られてないようですが・・そろそろ」
会議室では長いすがコの字型に並べられ、15人ほどが座っている。
司会のメガネ事務長をはじめ、病棟婦長、主任、検査技師・・。
ドクターは副院長とあと1人。その1人はローテーションで、今回は僕の番。
「感染対策委員会から。主任さん」
「はい」
中年ナースの主任が人差し指でメガネを補正した。事務長が受け答え。
「今月は、MRSAが7名、緑膿菌が5名でした」
「先月はそれぞれ5名と3名ですか」
「増えてます」
「職員の手洗いの徹底を」
「やってるんですが・・」
「まあ、仕方ないですけどね。老人ホームからの転院があると、どうしても
運んできたりで・・」
まあ、お互い様というところもある。
「何かありますか?ユウキ先生」
何気なく外を見ていた僕に、副院長が名指しした。
「せっかくの機会だ。本音でぶつかってみたまえ」
何か・・・そうだな、聞いてみよう。本音を出していいのなら。
「MRSAと、緑膿菌・・多剤耐性の割合はどうでしょうか?」
「たざい・・何?」
事務長が眉をしかめた。
「耐性菌ですよ。なかなか薬が効きにくいやつ」
「ほう、それは・・初耳ですね?」
「話題になってるよ」
「それが出ると、どうなるんですか?」
「それが出て、もしホントに感染したら・・治療がしにくい」
「薬が効きにくいんですね?」
「そうそう」
「では、どのように予防を?」
「どのようにって・・・そうだな。こういった感染は、スタッフかの白衣・手から
移ることが多いらしい」
「ドクターとナース?」
「ええ」
なんか、法廷ものみたいになってきたぞ。
「でもスタッフは全員、手袋つけて1人1人仕事にあたってますよね?」
「1人に対して1手袋とは限らない場合も」
「は?意味がよく・・」
「たとえばね、4人部屋の場合。1人の患者の痰を吸引しますよね。で、横の患者の
痰の吸引にとりかかる」
僕は身振りで説明した。
「吸引チューブはきちんと代えてます!」
病棟婦長が嫌々つぶやいた。
「そうなんだけど。でも手袋はそのままだったりする」
「そうなんですか?」
「実際多いよ。大変なのは分かるが、手袋の箱が部屋に1つでは・・」
「私は毎日、きちんと呼びかけてます!」
「でも現に守れてないのをどうするか、この場で・・」
「失礼な!」
婦長は顔面を紅潮させた。
本音で話し合っていいんだろ?
事務長は軽く咳払いした。
「ま、ユウキ先生。彼女らも日ごろ、かなり大変だということです」
「丸くおさめないでくれよ」
「手袋代もコストかかりますし」
「あのな・・」
「そこはまあ、ドクターとナースサイドで話し合って」
「おいおい」
「医療のことはお任せするとして」
「・・・」
結局何も進展がないまま、会議は進んだ。
医局では相変わらずみんなパソコンに熱中していた。
僕はぐったりして戻ってきた。
「うさぎさん、今日はどうしたんですか」
須川先生がまたロボットみたいに話しかけてくる。
「こんな片田舎の病院で、余計なパワーは要りませんよ」
「先生、鋭いですね。実はちょっと反抗したんです」
「うさぎさんも、早く反抗期を越えてくださいね」
「反抗期?」
「そ。反抗しても、自分が潰れるだけ」
「・・・」
「流れにそって泳ぐ、僕たちはメダカの子」
わけがわからん・・・。
中年男性患者から電話。ホルター心電図の結果説明だ。
『もしもし。ユウキです』
『こんにちは』
『結果説明ね』
『はい。よかったですか?』
『運動時に動悸があるってことで、24時間心電図をとりましたが・・』
『ほうほう。そうですか』
『まだ説明してませんよ』
『ああ、そうでんな』
『1日の総脈拍数が99850・・・脈拍は最大が104で最小が58、不整脈は心室性期外収縮が20。最大脈拍のときのST変化はなし、か。これといったものはないですね』
『9万・・・も脈が出るんですか?』
『10万近くですね。1日の脈のトータルは10万前後が正常ですから』
『そうか。じっとしといてよかった』
『?』
『じっとしといたから、異常なしですんだ』
『え?うそ?』
『嘘なんか言いませんがな!』
『言ったじゃないですか。いつもどおり運動しておいてくれって!』
『はあ・・』
『そうか。だから異常がなかったのか、とも言えるな・・』
『では、どのように・・』
『そんなの、やり直しですよ!』
僕としたことが、またイライラしてしまった。こんなヒマな病院にいるのに、
こんな些細なことで・・。人間がより小さくなったんだろうか。
オーベンがいたり教育病院で研修していた頃っていうのは、仕事の指導は
もちろん、礼儀作法的なものまで学ぶ機会が多かった。しかし民間のほうへ
出ると、とやかく干渉されることが少なくなる。
それに慣れてしまうと、わがままが増長した人間に成り下がってしまう。
人間、能力まで自己管理できなくなってしまえば<そこまで>だ。
そうだ。それこそ耐性菌に・・ならないように、今後気をつけよう。
職場の会議よりも、自分の中での反省会が重要だ。そうだ。これからそうしよう。
なんなら陪審員付きでもいい。
1人で食堂にいると、電話がかかってきた。
『事務ですが、ユウキ先生はそこに?』
「私ですが」
『イナカ救急病院からです』
「お!」
『イナカ救急の、赤井』
この前の、あざやかな手技を見せてくれた先生だ。
彼はぼそ、ぼそと喋るのが特徴だ。
「ははは、はい!」
『バイトの件。手紙見た』
「は、はい!」
『さっそくお願いを』
「そ、そうですか!どうもあり・・」
『丸1日。当直つきで週2回。平日と日曜日』
「?週に2回?日曜日も?」
『君んとこの副院長にも連絡した』
根回しが早いこと・・。
「でも・・うちの副院長がOKを?」
『そっちを平日1日休むかわりに給料を減俸、という条件で成立した』
「(なんだそれ、勝手に・・)」
『では来週から』
「あ、あの・・」
プッ、と電話は無常にも切れた。
週に2回。丸1日が2日。大丈夫かな。
だが、新しいことをどんどん吸収できるチャンスだ!
そして自己管理(セルフ・コントロール)のできる人間に!
「おし!」
僕は立ち上がって、食堂を去ろうとした。
「ちょっとにいちゃん!」
厨房から声が。
「食器、ちゃんとここへ戻してもらわな!」
「は、はい」
セルフサービスだった。
会議室では長いすがコの字型に並べられ、15人ほどが座っている。
司会のメガネ事務長をはじめ、病棟婦長、主任、検査技師・・。
ドクターは副院長とあと1人。その1人はローテーションで、今回は僕の番。
「感染対策委員会から。主任さん」
「はい」
中年ナースの主任が人差し指でメガネを補正した。事務長が受け答え。
「今月は、MRSAが7名、緑膿菌が5名でした」
「先月はそれぞれ5名と3名ですか」
「増えてます」
「職員の手洗いの徹底を」
「やってるんですが・・」
「まあ、仕方ないですけどね。老人ホームからの転院があると、どうしても
運んできたりで・・」
まあ、お互い様というところもある。
「何かありますか?ユウキ先生」
何気なく外を見ていた僕に、副院長が名指しした。
「せっかくの機会だ。本音でぶつかってみたまえ」
何か・・・そうだな、聞いてみよう。本音を出していいのなら。
「MRSAと、緑膿菌・・多剤耐性の割合はどうでしょうか?」
「たざい・・何?」
事務長が眉をしかめた。
「耐性菌ですよ。なかなか薬が効きにくいやつ」
「ほう、それは・・初耳ですね?」
「話題になってるよ」
「それが出ると、どうなるんですか?」
「それが出て、もしホントに感染したら・・治療がしにくい」
「薬が効きにくいんですね?」
「そうそう」
「では、どのように予防を?」
「どのようにって・・・そうだな。こういった感染は、スタッフかの白衣・手から
移ることが多いらしい」
「ドクターとナース?」
「ええ」
なんか、法廷ものみたいになってきたぞ。
「でもスタッフは全員、手袋つけて1人1人仕事にあたってますよね?」
「1人に対して1手袋とは限らない場合も」
「は?意味がよく・・」
「たとえばね、4人部屋の場合。1人の患者の痰を吸引しますよね。で、横の患者の
痰の吸引にとりかかる」
僕は身振りで説明した。
「吸引チューブはきちんと代えてます!」
病棟婦長が嫌々つぶやいた。
「そうなんだけど。でも手袋はそのままだったりする」
「そうなんですか?」
「実際多いよ。大変なのは分かるが、手袋の箱が部屋に1つでは・・」
「私は毎日、きちんと呼びかけてます!」
「でも現に守れてないのをどうするか、この場で・・」
「失礼な!」
婦長は顔面を紅潮させた。
本音で話し合っていいんだろ?
事務長は軽く咳払いした。
「ま、ユウキ先生。彼女らも日ごろ、かなり大変だということです」
「丸くおさめないでくれよ」
「手袋代もコストかかりますし」
「あのな・・」
「そこはまあ、ドクターとナースサイドで話し合って」
「おいおい」
「医療のことはお任せするとして」
「・・・」
結局何も進展がないまま、会議は進んだ。
医局では相変わらずみんなパソコンに熱中していた。
僕はぐったりして戻ってきた。
「うさぎさん、今日はどうしたんですか」
須川先生がまたロボットみたいに話しかけてくる。
「こんな片田舎の病院で、余計なパワーは要りませんよ」
「先生、鋭いですね。実はちょっと反抗したんです」
「うさぎさんも、早く反抗期を越えてくださいね」
「反抗期?」
「そ。反抗しても、自分が潰れるだけ」
「・・・」
「流れにそって泳ぐ、僕たちはメダカの子」
わけがわからん・・・。
中年男性患者から電話。ホルター心電図の結果説明だ。
『もしもし。ユウキです』
『こんにちは』
『結果説明ね』
『はい。よかったですか?』
『運動時に動悸があるってことで、24時間心電図をとりましたが・・』
『ほうほう。そうですか』
『まだ説明してませんよ』
『ああ、そうでんな』
『1日の総脈拍数が99850・・・脈拍は最大が104で最小が58、不整脈は心室性期外収縮が20。最大脈拍のときのST変化はなし、か。これといったものはないですね』
『9万・・・も脈が出るんですか?』
『10万近くですね。1日の脈のトータルは10万前後が正常ですから』
『そうか。じっとしといてよかった』
『?』
『じっとしといたから、異常なしですんだ』
『え?うそ?』
『嘘なんか言いませんがな!』
『言ったじゃないですか。いつもどおり運動しておいてくれって!』
『はあ・・』
『そうか。だから異常がなかったのか、とも言えるな・・』
『では、どのように・・』
『そんなの、やり直しですよ!』
僕としたことが、またイライラしてしまった。こんなヒマな病院にいるのに、
こんな些細なことで・・。人間がより小さくなったんだろうか。
オーベンがいたり教育病院で研修していた頃っていうのは、仕事の指導は
もちろん、礼儀作法的なものまで学ぶ機会が多かった。しかし民間のほうへ
出ると、とやかく干渉されることが少なくなる。
それに慣れてしまうと、わがままが増長した人間に成り下がってしまう。
人間、能力まで自己管理できなくなってしまえば<そこまで>だ。
そうだ。それこそ耐性菌に・・ならないように、今後気をつけよう。
職場の会議よりも、自分の中での反省会が重要だ。そうだ。これからそうしよう。
なんなら陪審員付きでもいい。
1人で食堂にいると、電話がかかってきた。
『事務ですが、ユウキ先生はそこに?』
「私ですが」
『イナカ救急病院からです』
「お!」
『イナカ救急の、赤井』
この前の、あざやかな手技を見せてくれた先生だ。
彼はぼそ、ぼそと喋るのが特徴だ。
「ははは、はい!」
『バイトの件。手紙見た』
「は、はい!」
『さっそくお願いを』
「そ、そうですか!どうもあり・・」
『丸1日。当直つきで週2回。平日と日曜日』
「?週に2回?日曜日も?」
『君んとこの副院長にも連絡した』
根回しが早いこと・・。
「でも・・うちの副院長がOKを?」
『そっちを平日1日休むかわりに給料を減俸、という条件で成立した』
「(なんだそれ、勝手に・・)」
『では来週から』
「あ、あの・・」
プッ、と電話は無常にも切れた。
週に2回。丸1日が2日。大丈夫かな。
だが、新しいことをどんどん吸収できるチャンスだ!
そして自己管理(セルフ・コントロール)のできる人間に!
「おし!」
僕は立ち上がって、食堂を去ろうとした。
「ちょっとにいちゃん!」
厨房から声が。
「食器、ちゃんとここへ戻してもらわな!」
「は、はい」
セルフサービスだった。
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