行方不明になったナースは、結局自宅に戻っただけだった。
母親から病院に抗議の電話があったらしい。

またもや副院長に呼び出され、たらたらと講釈を聞かされるはめになった。
「医者という前に、人間性というものを何とかせんといかん」
「・・・」
「男女同権とはいえ、女性はかよわき、男が守ってしかるべきものだ」
「・・・」
「まったく、30にもなろうとしてる男が・・」
「そろそろ外来に」
「待て!わしの話はまだ終わってない!」
「・・・」
「そんな医者に、救急病院の当直を許可することなど、わしにはできん」
「先生、それだけは」
「わしは、お前を派遣してきた大学医局に対しても責任を負っている」

彼は机の引き出しから何枚か手紙のようなものを取り出した。3枚ある。

「これはお前には見せられんが・・勤務評定というやつだ。これまで勤務した
病院の」

各病院を勤務して別の病院に勤務する場合、一種の<病歴要約>のようなものが
封書で送られる。次の職場の医局は、その情報を大いに参考・活用する。

「ふむふむ・・・」

な、なんて書いてあるんだ・・。このやろう。

「ふむ?ふーん・・・おっはは」

何だ。面白いことでも書いてあるのか・・?

「ん!なるほどなるほど!」

彼は手紙をまた元に戻した。

「ま、これまでのお前の働きが物語っているように」
「・・・」
「上の人間に素直に従わんと、孤立してしもうて・・むやみに周囲に
あたったりする」
「そこまでは」
「救急病院でも何をしでかすか。だから許可はできん!」
「先生!どうか」
「どうにもこうにもならん!ならんならん!」

彼は立ち上がった。

「出て行け!」

僕は無言で立ち去った。
「(どうにもならんのは、あんたの背負った借金だろ!)」
医局へ戻ろうとしたが・・またからかわれるので素通り。

詰所も素通り。

検査室が静かそうなので、そこへ入った。音もなく、忍び込む。
定年間近のオッサン技師が旅行のパンフレットを読んでいる。
眼鏡越しにニヤニヤしている。

「マイアミ・・バイス?」
「うわっ!」
「そんなに驚かんでも・・」
「ああ、ビックリした。とと、ところで先生もやるねえ」

彼はパンフレットの間にエロ雑誌(死語)を挟んで読んでいたようだ。
一瞬の隠し技だったが、僕は見破ったぞ。

「ナース泣かせの憎い奴!」
「もうやめてくれって・・」
「あの女には手を出さんほうがいいよ」
「出してないっちゅうに!」
「豆腐屋の息子が手ぇ出したときは、母親が自宅までやってきてなあ」
「なにが豆腐屋だよ!」
「村中を敵に回して、その店はとうとう潰れた」
「あ、そ」
「あんたもこれから、大変だよな」
「村中を敵に?」
「もうなってるがね。ま、弱みを握られんように」
「・・・あんたもね」
「え?」
彼は隠した雑誌をパンフレットごと、ささーと膝のほうへ遠ざけた。

「ヘンなとこ握んなよな!ダッシュ!」
「・・・・(赤面)」
「ダッシュ!バンバンババン!」

僕は半泣きになりながら、検査室を出た。しばらくは、暗雲が立ち込めそうだ。

とうとうバイト行きは却下。ただし6ヶ月の「執行猶予」付きとなった。
半年間にまた問題を起こせば、永久に行かれない。

そして、あのナースの母親。僕の悪評は1日で村中に広まった。

村民を敵に回した僕の、孤独な戦いが始まろうとしていた。


♪さみしい〜・・時も かなしい〜時も
 いっつもあなたが〜目にう〜かあぶ〜

 ひとりの〜時もあいたい〜時も
 いっつもあなたは〜胸の〜中ぁ

 遠くはんなれていてんもたとえ別れていてん・・も
 この世のひっかりとともにい・・まぶしくうう
 あの日のあなたがああああィィィィィイイイイイイイイン

http://www.h3.dion.ne.jp/~asenten/botoms2.htm

<つづく>

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