プライベート・ナイやん 2-1 逆ギレ
2005年3月1日早朝。いつものように宿舎を出る。病院は目と鼻の先。
「おはようございます・・」
田んぼで仕事するオバサンに挨拶するも・・返事がない。どうやら意図的な何かを感じる。
外来を通り過ぎると、ナースに呼ばれた。いつものおせっかい中年ナースだ。
「ちょっとちょっと先生!」
「何です?」
「今日は先生の外来日じゃないけど」
「患者?」
「老人ホームで経管栄養してる人」
「そんな人は大勢いるよ」
「・・のうちの1人がね。嘔吐して」
「多いな。こんなのばっかり」
しぶしぶ診察室のベッドへ。高齢の女性が寝かされている。
「ホームの方がここまで運んできまして」
「いつ?」
「2時間前かな」
「当直のドクターは?」
「当直は、アルバイトの教授さんで」
「教授?どこの?」
「病理学研究室の・・」
「呼ばなかったのかい?」
「わ、わたしはそんな、偉い人を起こすなんて」
「あのなあ・・」
診察すると、四肢が冷たい。SpO2も測定できない。それにしても、これはほったらかしすぎだ。点滴もせず・・。ホームの職員はそそくさと帰ったようだし。
みんな無責任だ。だが、怒りのやり場がない。みなそれぞれ事情を抱えているらしい。
僕自身、この暇な病院に来たときは細かいことで怒ったこともあったけど・・・今はもう慣れた。陰では「丸くなった」と言われてるらしい。真の意味は違うのに。
「・・じゃ、指示はこれ。病棟に上げようよ」
「あああ!あたしは泊まりだったから!」
「何?今から帰るの?じゃ、日勤に申し送りしてよ」
「日勤は今日は人数が少ないんです!」
「関係ないだろ?」
「先生!若いナースの子が精神的に病んで、それからもう大変なんですよ!私達!」
例の若い太ったナースが登院拒否をして、もう1ヶ月。自宅療養ということらしいが・・。
「かわいそうにねえ、あの子も」
「僕のせいなのか?」
「じゃないけど、ちょっとしたショックでパニックになる子もいるんです!」
「パニック発作を持ってるなんて、全然知らなかったよ」
「先生はもうちょっと!女性の気持ちを考えて!」
彼女はブツクサ言いながら更衣室へ入っていった。
結局僕が詰所へ連絡し、患者の迎えに来てもらった。
迎えに来たナースが、メモを読み上げた。
「ユウキ先生。昨日の夜9時頃、ハマさんの長男さんが来まして」
「うん。それで?」
「病状がどうなっているのかお聞きしたいと」
「夜の9時になあ・・何考えてんだ?」
「さあ。それは私達ナースには・・」
「はいはい!」
一緒にストレッチャーを運び、カルテを一覧した。
「ハマさんは弁膜症は進行してるけど、まあそれなりに落ち着いてるな・・」
「長男さんが連絡を欲しいと」
「なんだい。偉そうに・・。それにしてもこの長男は・・1年ぶりくらいに来たんだろ?」
「はあ」
「岡山か。ま、確かに遠いけど・・実の親なんだろ?」
「そ、そりゃそうでしょうね」
「実の親なのに・・・はっ?」
「?」
そういや、僕も4ヶ月ほど両親と連絡を取っていない。
「じゃ、早速連絡差し上げるとするか!これは・・会社?」
書いてるのは会社の番号。その通りに電話した。
『はい。株式会社・・』
「浜口さんを」
『は?社長ですか?』
「え、ええ。たぶんその人」
『どちら様で・・どういったご用件でしょうか?』
「山の上病院のユウキといいます。用件は・・」
間もなく≪社長≫が出た。
『はい、もしもし』
「失礼します。主治医の・・」
『ああああ、こりゃどうも』
1年ぶりに聞く声だ。
『いやね、この1年何にも説明がなかったでしょう?おたくから』
「・・・・」
しょっぱなからなんて失礼な・・。
『どうですか?病状のほうは』
「弁膜症のほうは、検査上徐々に進行はみられていますが・・心不全への進行は認めてないようです」
『じゃあ、数年はもつということですな?』
「は?そこまでは」
『ま、任せます』
そうだ。この家族には1つ言わないといけないことが。
「浜口さん。これは以前、説明したことなんですが」
『何の話です?』
「転院の件です」
『転院?わたしは、そちらの病院を希望してるのだが』
「で、ですが・・入院期間があまりに長期になりまして」
『やれやれ。どういうことかな?こら!入るな!』
「うわ?」
『ああ、失礼。こっちの話です』
びっくりした。誰かが勝手に入ってきたんだろうか。
「事務長からも話があったと思いますが、入院期間は2年近く・・」
『だから?放り出すんですか?』
「そそ、そんなことは言ってません」
『自分で身の回りのこともできない老人ですよ。せっかく慣れた病院なのに』
「・・・」
『私の家からも近い。もっと遠い病院へ移すつもりですか?』
「いくつか候補はありまして」
『前にも聞いた。だがどこも遠すぎる!』
彼はだんだん感情的になってきた。
『病院ってのは、地域のために尽くすのが使命でしょうが!』
「病院としての立場上、どうしても・・」
『はあ?何を言ってるんだ?あんたは?』
「通常3ヶ月〜半年のサイクルが限界なんです」
『わしはな、そんな話は聞いてなかった!』
「できれば、もう1度当院へお越しいただいて、事務側と話を・・」
『ならんならん!昨日も遠方からはるばるやって来たというのに!どれだけ仕事をロスしたか!』
「ですが・・」
『ああもう!しつこいな!』
仕事第一人間か・・。
『じゃ、今度の日曜日!』
「に、日曜日?」
『その日しか来れませんよ!』
「日曜日・・」
『学会でもあるんですか?』
「そ、それはないけど・・」
『昼の1時から2時まで。それなら何とか調整がつく!』
「で、では・・」
『全く、何を考えとんのか・・!友人の医者が何人でもおるから、彼らとも相談してみる!』
何をだ?
後味の悪い電話だ。
「看護婦さん。今度の日曜日の昼、ムンテラします」
「はあ?日曜日に?」
「家族がそのときしか来れないって言うから・・」
モニターを見ると、さっき入院した患者の血圧が・・60/40mmHg。
「・・いつからああなの?来たときはまだ100台あったけど」
「え?」
そのナースも初めてモニターを見たようだ。
「SpO2の表示も出てないぞ?」
僕は病室へ走った。
患者は下顎呼吸だ。今にも溺れてしまいそうだ。
「これは・・・そ、挿管の準備だ!」
「え?」
ナースがボケた。
「挿管だよ!そ・う・か・ん!」
「・・・え?するの?」
「バカ!当たり前だろ!」
「バ、バカ?」
しかし・・挿管すること自体、僕も久しぶりだった。
うまくいけばいいが。
「おはようございます・・」
田んぼで仕事するオバサンに挨拶するも・・返事がない。どうやら意図的な何かを感じる。
外来を通り過ぎると、ナースに呼ばれた。いつものおせっかい中年ナースだ。
「ちょっとちょっと先生!」
「何です?」
「今日は先生の外来日じゃないけど」
「患者?」
「老人ホームで経管栄養してる人」
「そんな人は大勢いるよ」
「・・のうちの1人がね。嘔吐して」
「多いな。こんなのばっかり」
しぶしぶ診察室のベッドへ。高齢の女性が寝かされている。
「ホームの方がここまで運んできまして」
「いつ?」
「2時間前かな」
「当直のドクターは?」
「当直は、アルバイトの教授さんで」
「教授?どこの?」
「病理学研究室の・・」
「呼ばなかったのかい?」
「わ、わたしはそんな、偉い人を起こすなんて」
「あのなあ・・」
診察すると、四肢が冷たい。SpO2も測定できない。それにしても、これはほったらかしすぎだ。点滴もせず・・。ホームの職員はそそくさと帰ったようだし。
みんな無責任だ。だが、怒りのやり場がない。みなそれぞれ事情を抱えているらしい。
僕自身、この暇な病院に来たときは細かいことで怒ったこともあったけど・・・今はもう慣れた。陰では「丸くなった」と言われてるらしい。真の意味は違うのに。
「・・じゃ、指示はこれ。病棟に上げようよ」
「あああ!あたしは泊まりだったから!」
「何?今から帰るの?じゃ、日勤に申し送りしてよ」
「日勤は今日は人数が少ないんです!」
「関係ないだろ?」
「先生!若いナースの子が精神的に病んで、それからもう大変なんですよ!私達!」
例の若い太ったナースが登院拒否をして、もう1ヶ月。自宅療養ということらしいが・・。
「かわいそうにねえ、あの子も」
「僕のせいなのか?」
「じゃないけど、ちょっとしたショックでパニックになる子もいるんです!」
「パニック発作を持ってるなんて、全然知らなかったよ」
「先生はもうちょっと!女性の気持ちを考えて!」
彼女はブツクサ言いながら更衣室へ入っていった。
結局僕が詰所へ連絡し、患者の迎えに来てもらった。
迎えに来たナースが、メモを読み上げた。
「ユウキ先生。昨日の夜9時頃、ハマさんの長男さんが来まして」
「うん。それで?」
「病状がどうなっているのかお聞きしたいと」
「夜の9時になあ・・何考えてんだ?」
「さあ。それは私達ナースには・・」
「はいはい!」
一緒にストレッチャーを運び、カルテを一覧した。
「ハマさんは弁膜症は進行してるけど、まあそれなりに落ち着いてるな・・」
「長男さんが連絡を欲しいと」
「なんだい。偉そうに・・。それにしてもこの長男は・・1年ぶりくらいに来たんだろ?」
「はあ」
「岡山か。ま、確かに遠いけど・・実の親なんだろ?」
「そ、そりゃそうでしょうね」
「実の親なのに・・・はっ?」
「?」
そういや、僕も4ヶ月ほど両親と連絡を取っていない。
「じゃ、早速連絡差し上げるとするか!これは・・会社?」
書いてるのは会社の番号。その通りに電話した。
『はい。株式会社・・』
「浜口さんを」
『は?社長ですか?』
「え、ええ。たぶんその人」
『どちら様で・・どういったご用件でしょうか?』
「山の上病院のユウキといいます。用件は・・」
間もなく≪社長≫が出た。
『はい、もしもし』
「失礼します。主治医の・・」
『ああああ、こりゃどうも』
1年ぶりに聞く声だ。
『いやね、この1年何にも説明がなかったでしょう?おたくから』
「・・・・」
しょっぱなからなんて失礼な・・。
『どうですか?病状のほうは』
「弁膜症のほうは、検査上徐々に進行はみられていますが・・心不全への進行は認めてないようです」
『じゃあ、数年はもつということですな?』
「は?そこまでは」
『ま、任せます』
そうだ。この家族には1つ言わないといけないことが。
「浜口さん。これは以前、説明したことなんですが」
『何の話です?』
「転院の件です」
『転院?わたしは、そちらの病院を希望してるのだが』
「で、ですが・・入院期間があまりに長期になりまして」
『やれやれ。どういうことかな?こら!入るな!』
「うわ?」
『ああ、失礼。こっちの話です』
びっくりした。誰かが勝手に入ってきたんだろうか。
「事務長からも話があったと思いますが、入院期間は2年近く・・」
『だから?放り出すんですか?』
「そそ、そんなことは言ってません」
『自分で身の回りのこともできない老人ですよ。せっかく慣れた病院なのに』
「・・・」
『私の家からも近い。もっと遠い病院へ移すつもりですか?』
「いくつか候補はありまして」
『前にも聞いた。だがどこも遠すぎる!』
彼はだんだん感情的になってきた。
『病院ってのは、地域のために尽くすのが使命でしょうが!』
「病院としての立場上、どうしても・・」
『はあ?何を言ってるんだ?あんたは?』
「通常3ヶ月〜半年のサイクルが限界なんです」
『わしはな、そんな話は聞いてなかった!』
「できれば、もう1度当院へお越しいただいて、事務側と話を・・」
『ならんならん!昨日も遠方からはるばるやって来たというのに!どれだけ仕事をロスしたか!』
「ですが・・」
『ああもう!しつこいな!』
仕事第一人間か・・。
『じゃ、今度の日曜日!』
「に、日曜日?」
『その日しか来れませんよ!』
「日曜日・・」
『学会でもあるんですか?』
「そ、それはないけど・・」
『昼の1時から2時まで。それなら何とか調整がつく!』
「で、では・・」
『全く、何を考えとんのか・・!友人の医者が何人でもおるから、彼らとも相談してみる!』
何をだ?
後味の悪い電話だ。
「看護婦さん。今度の日曜日の昼、ムンテラします」
「はあ?日曜日に?」
「家族がそのときしか来れないって言うから・・」
モニターを見ると、さっき入院した患者の血圧が・・60/40mmHg。
「・・いつからああなの?来たときはまだ100台あったけど」
「え?」
そのナースも初めてモニターを見たようだ。
「SpO2の表示も出てないぞ?」
僕は病室へ走った。
患者は下顎呼吸だ。今にも溺れてしまいそうだ。
「これは・・・そ、挿管の準備だ!」
「え?」
ナースがボケた。
「挿管だよ!そ・う・か・ん!」
「・・・え?するの?」
「バカ!当たり前だろ!」
「バ、バカ?」
しかし・・挿管すること自体、僕も久しぶりだった。
うまくいけばいいが。
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