「挿管チューブ!」
「どこだったっけ・・」
「おい!」

ナースは消えていった。

「みゃ・・脈は・・」

脈は触れる。徐脈ではない。

別の中年ナースが現れた。
「どうしたんですか?」
「呼吸が止まりそうなんだ!」
「部屋の担当ではないんだけど・・」
「急変だぞ!急変!」
「え?でも・・息はしてるし」
「この呼吸を見ろよ!下顎呼吸だろ?」
「かがくこ?」
「あのな・・」

さっきのナースが挿管チューブを持ってきた。

「それだけ?他にもいるだろ?」

そ、そうだ。僕は我に返った。

「あ、アンビューだよ。アンビューが先に要るんだった!」
「え?今度はアンビュー?」
ナースは不機嫌そうにまた部屋を出た。

アンビューを両手で持ち、頻呼吸で何度も押す。
「じゃ、喉頭鏡をちょうだい」
「はい・・」
ナースは慣れない手つきで喉頭鏡を手渡した。

「何だよこれ。電気つかないぞ。お約束かよ!」
僕は思わず弾き飛ばした。
「緊急なのに!もう少し素早く動くとか!」
イライラが募っていた。

喉頭鏡で喉の奥を覗くが・・。

「くそっ。痰で全然見えない。痰を吸って!」
「はあ・・」
ナースは無愛想にチューブを口腔へ入れた。
「ガーガー!」
患者が暴れ、唾液が吐き出された。
「うわ!」
僕の顔面に血痰が少量飛んだ。

「出血したのかよ?まったく・・」
ただ、僕自身もパニックに陥っていた。

「ダメだ。全く見えない。出血のせいで」
あたりをつけて、挿管チューブをおそるおそる挿入。

「ここが真ん中だから、そのまま・・」
周囲のナースは手を休ませていた。
「ボケッとしないでくれよ!」
と怒鳴ったが、反応なし。

「入った!・・かな?」
カフにエアー注入、聴診器で確認するが・・。グ〜という音。
「ダメだ!食道だ!やり直し!」
僕は完全に取り乱していた。両手が震えた。

「くそっ・・・!ここか?ここか・・!」
視野は全く確保できない。
「よし。今度は入ったかな・・」
聴診器。またグ〜という音。

「ダメだ!入ってない!くそ!」
周囲のナースは呆れ返っていた。
「先生。脈が遅くなってますけど」
「うう!ボボ、ボスミン!」
「点滴が外れてますが」
「い、入れなおしを」
「血管がありません!」
「あ、ああ・・」
「・・・・・」
「う・・」

アンビューに切り替えた。

「す、すまないが・・どど、ドクターを」
「はあ?何ですか?」
「ほ、他のドクターを」
「どうするんですか?」
「ほ、他の・・」
「だから!どうするんですか!」
「よ、呼んでほしい」

ナースはプイッと方向転換し、詰め所へと走った。

5分後、消化器の須川先生が現れた。
「うさぎさん、おはよう!」
「せ、先生・・」
「うさぎさん取りが、うさぎさんになってますね」
「?先生。どうしても挿管が」
「うさぎさんでも入らないんですか?」
「・・・」
「じゃ、うさぎさん。そこをどいてください」
「・・・」
「早く!」

彼は真剣な表情になり、僕と交代した。

「まず、肩枕を。ナース!」
ナースは肩枕を準備。患者の頭を十分に後屈。
「吸引!・・・・チューブ、貸してくれ!」
彼は自分で喉頭鏡下をずり上げながら吸引。

「・・・入れるぞ・・・はい。ナース、このスタイレットを抜いて!」
カフエアーが注入、聴診器でも音が無事に確認された。

「じゃ、ナース。アンビューしてるから、固定を!」
「ありがとうございました!」
周囲のナースは深々と頭を下げた。

須川先生は1度ため息をついて、僕の横を通り過ぎた。

「ま、こんな事もあるってよ・・ユウキ」
僕は感謝しないといけないのに、悔しさが隠せないのが余計悔しかった。

やがて人工呼吸器が運ばれ、設定の上開始した。

だが、信じられない。

自分に自信がない。

恐ろしい。

医者なのにだ。

僕はこれから、どうなる・・?

これしき1回の経験で、僕は簡単にブルーサイドに落ち込んだ。

やがて家族が駆けつけた。娘にあたる中年女性。

「あ、これ機械ですか?」
「ええ」
「すると、これが人工呼吸?」
「そうです。あまりに急だったので」
「でもここまでしなくても・・」
「?」
「高齢やのに」
「でも息が止まりそうだったので」
「私が来るのを待っておいて欲しかったのに」

何を言ってるんだ・・・

「待てませんでした」
「これ、途中で外せないんですか?」
「いけませんよ!そんなこと!」

思わず大声が出た。

「じゃ、このまま植物状態なんですか?」
「な・・なんて事を!」
「いや、そのね。植物状態なんだったら、単なる延命なんでしょ?」
「基礎の疾患が改善すれば、呼吸器を外せることだって」
「それはいつになったら分かるんですか?」
「そんなの!分かりませんよ!」

医師失格と言われておかしくないほどの勢いで、僕は言葉を叩きつけた。

僕はまだ自分を中心に回っていた。

なぜだ・・

なぜ・・。

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