プライベート・ナイやん 2-5 詮索
2005年3月9日 駐車場では1台のセダンに、もう1台の軽が突っ込んでいる。
「夜勤のナースの方の車にですね・・」
メガネ事務長が後ろからやってきた。
「車が当たってたんです。ナースの方が帰ろうとしたら気づいて」
「そりゃ・・・そうでしょうなあ」
車の左後ろ半分はややへこんでいる。低速で突っ込んだんだろう。
僕は軽の中を覗いた。既に警察官が何人か調査を・・もう終わったようだ。中に中年の女性らしき人があたかも眠っているように運転席に座っている。うつむいたような姿勢だ。
「あ!先生!お疲れ様です!」
警察官が敬礼した。
「あ?ああ!」
ついつい僕もピシッと敬礼した。周囲の警察官2人もつられた。
「実はですね・・」
警察官は説明を始めた。
「家族や村の人たちの話を聞きますと・・」
「ええ」
「昨日の夜、1人で飲んでいたそうなんですよね」
「1人・・」
「あ、この人知らないか。先生」
「し、知りませんよ」
「去年ほら、祭りの炊き出しを中心になって仕切ってた・・知りませんか?」
「さ、さあ・・」
この村にはプライベートという文字はない。
「でね、先生。おそらくその帰りに、この方は気分が悪くなって・・」
「ええ」
「ここに車を止めた」
「なるほど」
「病院へ行こうとしたが・・」
「ふんふん」
そばの若い警官がメモをとっている。
「行けなかった」
「それは・・なぜ?」
「苦しかったから!じゃないでしょうか」
「・・・そうなんですか」
みんな唖然とした。
「いやいや!そこで先生にお伺いしたいわけです」
「あ、その・・死因?」
「そうです!」
「うーん・・・」
「どうですか!死後硬直はもう始まってますが」
「死後硬直は、たしか亡くなって1時間もしたら起こるんですよね」
「え、ええ」
僕は亡くなった方を見回した。
「・・・・・何が考えられるかなあ・・」
「さ。どうでしょう」
難しいな。
「突発的なものかも」
「というと?」
「脳出血とか、ザー(くも膜下出血)とか・・」
「ふむふむ」
「心筋梗塞・・」
「ふむふむ」
「不整脈・・」
若い警官が必死で書きとめている。
「頭部CTを撮影しましょうかね」
僕は警官に勧めた。
「ほお、それで分かるんですか」
「いやいや。出血の除外くらいはできるんじゃないかと」
死体を運ぶため準備が始まった。
病院へ戻る途中、調剤薬局の人が現れた。
「あれ?あんた・・先生やったの?」
「え、ええ・・」
「花粉症はどない?」
「え?」
「ほら、以前ここの薬局で花粉症の薬を!」
「・・でしたかね」
「で?車で亡くなってた人は、何だったの?」
「さ、さあ・・」
田舎モンの口は軽い。口を閉ざすのが一番。
「はい。写真です」
放射線技師がCTフィルムを差し出した。
シャーカステンにかける。
脳が全体的に黒っぽい・・いやいや、low densityぎみと表現。
出血凝固塊のようなものは見られないな。そもそも脳に左右差がない。延髄の一部である、橋(きょう)は・・・
うちのCTにそこまで要求するのは無理か。よく確認できない。
「どうでしょうか」
さきほどの警官が歩み寄った。
「所見をどうぞ」
「目立った出血、梗塞のエビデンスは・・」
「エビ?」
「しょ、証拠です。証拠」
「ほお・・では脳は関係ないと?」
いろいろと頭に浮かんでくる。
「け、けど・・てんかん発作ということもあるかな」
「ふうん?」
なんか、教授回診してるような雰囲気だ。
「てんかんのひどい発作が起きた可能性も」
「てんかん・・・」
「癲癇ですね。これも脳が起源で起こります」
「ふむ。それなわけですか」
「いや、そこまでは・・」
警官は1歩ずつ、僕に歩み寄ってくる。鼻息が荒い。
「じゃあ・・・何が一番考えられるんですか?」
「ほかにも・・・やはり心筋梗塞とか」
「やはり?」
「肺血栓塞栓症・・・でも肺高血圧があったりとか・・・弁膜症・・」
「・・・」
「動脈瘤・・」
僕もこんがらがってきた。
「消化器系の病名もあるわけですか?」
警官が僕を見据えたまま聞いてきた。
「消化器・・・潰瘍の穿孔・・・膵炎・・・」
「ま、そんなとこですかな」
どんなとこだ?
「心筋梗塞がやっぱ、多いでんな?」
「ありえますね・・夜中ならなおさら」
「はいはい!ではそういうことで」
警官はやたらと時計を気にし始めた。
「じゃ、先生。この書類に記入を・・」
「はい」
「そこにサインを」
「ええ」
「ここも」
「ええ」
彼らはゆっくり引き上げていった。
既往が何もない人でもあって、いろいろと考えられたが・・経験が多くなるほど、病名だけはいろいろと浮かんでくるものだ。
すっきりしないまま、宿舎へ戻った。また駄菓子屋のおばちゃんだ。今度は自転車。
ギギー・・・!!!!
とけたたましく鳴り響く、ブレーキ。
「また買いにきてよ」
「ええ」
「あの人、何やったの?」
「は?」
「亡くなったのは、なして?」
「さ、さあ」
「お医者さんでも分からんのかの」
「えっ・・ええ」
「原因不明、なんやな?」
「い、いや・・」
「じゃあ何?」
しつこいなあ・・。
「じゃ、おやすみなさい」
僕は宿舎へ入った。
入って鍵をかけ・・・ポストの中身を確認。
「こ、これは・・・!」
<つづく>
「夜勤のナースの方の車にですね・・」
メガネ事務長が後ろからやってきた。
「車が当たってたんです。ナースの方が帰ろうとしたら気づいて」
「そりゃ・・・そうでしょうなあ」
車の左後ろ半分はややへこんでいる。低速で突っ込んだんだろう。
僕は軽の中を覗いた。既に警察官が何人か調査を・・もう終わったようだ。中に中年の女性らしき人があたかも眠っているように運転席に座っている。うつむいたような姿勢だ。
「あ!先生!お疲れ様です!」
警察官が敬礼した。
「あ?ああ!」
ついつい僕もピシッと敬礼した。周囲の警察官2人もつられた。
「実はですね・・」
警察官は説明を始めた。
「家族や村の人たちの話を聞きますと・・」
「ええ」
「昨日の夜、1人で飲んでいたそうなんですよね」
「1人・・」
「あ、この人知らないか。先生」
「し、知りませんよ」
「去年ほら、祭りの炊き出しを中心になって仕切ってた・・知りませんか?」
「さ、さあ・・」
この村にはプライベートという文字はない。
「でね、先生。おそらくその帰りに、この方は気分が悪くなって・・」
「ええ」
「ここに車を止めた」
「なるほど」
「病院へ行こうとしたが・・」
「ふんふん」
そばの若い警官がメモをとっている。
「行けなかった」
「それは・・なぜ?」
「苦しかったから!じゃないでしょうか」
「・・・そうなんですか」
みんな唖然とした。
「いやいや!そこで先生にお伺いしたいわけです」
「あ、その・・死因?」
「そうです!」
「うーん・・・」
「どうですか!死後硬直はもう始まってますが」
「死後硬直は、たしか亡くなって1時間もしたら起こるんですよね」
「え、ええ」
僕は亡くなった方を見回した。
「・・・・・何が考えられるかなあ・・」
「さ。どうでしょう」
難しいな。
「突発的なものかも」
「というと?」
「脳出血とか、ザー(くも膜下出血)とか・・」
「ふむふむ」
「心筋梗塞・・」
「ふむふむ」
「不整脈・・」
若い警官が必死で書きとめている。
「頭部CTを撮影しましょうかね」
僕は警官に勧めた。
「ほお、それで分かるんですか」
「いやいや。出血の除外くらいはできるんじゃないかと」
死体を運ぶため準備が始まった。
病院へ戻る途中、調剤薬局の人が現れた。
「あれ?あんた・・先生やったの?」
「え、ええ・・」
「花粉症はどない?」
「え?」
「ほら、以前ここの薬局で花粉症の薬を!」
「・・でしたかね」
「で?車で亡くなってた人は、何だったの?」
「さ、さあ・・」
田舎モンの口は軽い。口を閉ざすのが一番。
「はい。写真です」
放射線技師がCTフィルムを差し出した。
シャーカステンにかける。
脳が全体的に黒っぽい・・いやいや、low densityぎみと表現。
出血凝固塊のようなものは見られないな。そもそも脳に左右差がない。延髄の一部である、橋(きょう)は・・・
うちのCTにそこまで要求するのは無理か。よく確認できない。
「どうでしょうか」
さきほどの警官が歩み寄った。
「所見をどうぞ」
「目立った出血、梗塞のエビデンスは・・」
「エビ?」
「しょ、証拠です。証拠」
「ほお・・では脳は関係ないと?」
いろいろと頭に浮かんでくる。
「け、けど・・てんかん発作ということもあるかな」
「ふうん?」
なんか、教授回診してるような雰囲気だ。
「てんかんのひどい発作が起きた可能性も」
「てんかん・・・」
「癲癇ですね。これも脳が起源で起こります」
「ふむ。それなわけですか」
「いや、そこまでは・・」
警官は1歩ずつ、僕に歩み寄ってくる。鼻息が荒い。
「じゃあ・・・何が一番考えられるんですか?」
「ほかにも・・・やはり心筋梗塞とか」
「やはり?」
「肺血栓塞栓症・・・でも肺高血圧があったりとか・・・弁膜症・・」
「・・・」
「動脈瘤・・」
僕もこんがらがってきた。
「消化器系の病名もあるわけですか?」
警官が僕を見据えたまま聞いてきた。
「消化器・・・潰瘍の穿孔・・・膵炎・・・」
「ま、そんなとこですかな」
どんなとこだ?
「心筋梗塞がやっぱ、多いでんな?」
「ありえますね・・夜中ならなおさら」
「はいはい!ではそういうことで」
警官はやたらと時計を気にし始めた。
「じゃ、先生。この書類に記入を・・」
「はい」
「そこにサインを」
「ええ」
「ここも」
「ええ」
彼らはゆっくり引き上げていった。
既往が何もない人でもあって、いろいろと考えられたが・・経験が多くなるほど、病名だけはいろいろと浮かんでくるものだ。
すっきりしないまま、宿舎へ戻った。また駄菓子屋のおばちゃんだ。今度は自転車。
ギギー・・・!!!!
とけたたましく鳴り響く、ブレーキ。
「また買いにきてよ」
「ええ」
「あの人、何やったの?」
「は?」
「亡くなったのは、なして?」
「さ、さあ」
「お医者さんでも分からんのかの」
「えっ・・ええ」
「原因不明、なんやな?」
「い、いや・・」
「じゃあ何?」
しつこいなあ・・。
「じゃ、おやすみなさい」
僕は宿舎へ入った。
入って鍵をかけ・・・ポストの中身を確認。
「こ、これは・・・!」
<つづく>
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