プライベート・ナイやん 2-6 村のオキテ
2005年3月11日「この手紙は・・!」
封を切って、乱暴に手紙を取り出した。
『 ユウキ先生 御侍史
お久しぶりです。ユウキ先生。山の上病院での居心地はいかがですか?僕は今、大阪の南方の病院であくせく働いています。忙しいですが、かなり充実しています
』
松田先生だ。
以前、大学にいたときにお世話になった。噂では、院生だったのを中途で退学し、大学病院も去ったと。約1年前に、僕のところにFAXが来た。民間病院で充実しているとのことだった。要は、僕にも大学を辞めて民間病院へ来いとのことだったが・・。
大学を離れるなんて、そんな勇気はない。
たしかに大学医局の人事はうっとうしい。年功序列、女性や既婚は優先で、独身の僕らは将棋の『歩』だ。
裏返して強くなる『歩』ならいいんだが・・。寝返ることにしか値しない。
『
さてそれに関連してですが、以前もFAXでお伝えしたとおり・・真田事務長から先生へのラブコールの件ですが・・覚えていらっしゃいますでしょうか?
先生のご活躍は、この遠方の病院にもコダマして聞こえてきます。できれば僕も先生と一緒に仕事できたらと思います
』
どうしたんだ?この先生。大学のときはもっと硬派で、僕らを雑巾のように扱っていたのに・・。丸くなったのか?
『
早い返事を、お待ちしています。僕自身、開業のことも考えていまして、私の後継として民間病院に入局していただければ、一番ありがたいです
』
なんだ、それ・・。ヤだよ。おいしくない話に決まってる。
『 その場合、年収は1600万から1800万で考慮していただける、とのことです』
こ、この数字は何だ・・。今の勤務先の2倍はあるじゃないか。
ま、でも今の生活にそんなに不満はない。不安はあるけど。
僕は畳に寝っころがった。
間もなく、ドアを強く叩く音が響いた。びっくりして飛び起きたほどだ。
「は、はい!」
すりガラスの内側から、外の人影に叫んだ。
「真向かいの、ムカイでーす!」
「ああ、開けます!」
ドアを開けると、そこには大家族がずらっと並んでいた。赤ん坊を抱っこしたおばさんもいる。中年の男性が真ん中で仁王立ち。
「あんな!先生!」
長男はうってかわって血相が変わった。
「?」
「夜遅くにな、車ブンブンふかしたりやな!電気パッパッつけたりやな!」
「は?」
「非常に目ざわりやねん!」
家族一同、大きくうなずいた。僕は純真な赤ん坊の目を見つめていた。
「車をブンブン・・?ああ、夜食とかの買出しに隣の町まで」
「そんななあ、あんた!買い物なんか夕方までに終わらしておくもんやって!」
「じゃ、じゃあ車はゆっくり走らせて・・」
「アカンアカン!こっちはすぐ気づく!」
何でこんなことまで言われなきゃいけないんだ・・。
「あんた、医者やろ?常識も人一倍あるはずやで!」
「医者と常識は・・」
「ほお?なんや?こらあ!」
長男はけんか腰だ。
「なんならこらあ、おたくの院長に言うたろか!」
嫁とおぼしき人が歩み寄った。
「赤ん坊とかおりまんねん。夜の9時にはもう寝かさんと、下手したら朝まで泣き通しやねん!」
「で、では・・」
「あんたんとこの部屋の明かりがまぶしいさかい、かすかにうちにも光が入んねん!」
僕の部屋はカーテンはしてはいるが・・。それでも光が漏れているというのか。
「せやから、うち、うち・・・・こんなことは言いたくないけども・・・うああ」
嫁は泣き崩れた。
「おうおう、かわいそうに」
長男が肩を持った。
「先生。あんた、職員からもいろいろ聞いてるんやで!」
「な、何を?」
僕は鋭く反応した。
「職員の若い子にあだ名で呼んだりやな、患者さんの家族を怒らせたりやな・・!社長さんやで!社長!」
「あだ名でなんか、呼んでません!あれは・・」
周囲に少しずつ、人だかりができてきた。ほおかんむりをしているバアさん、駄菓子屋のおばちゃんたち・・。
「買い物?やったら、うちに来たらええものを」
駄菓子屋のおばちゃんが、頭に針を何本もつけたまま歩いてきた。
「最近、そういや買いに来んなと思ったら・・」
みんな、そのおばちゃんに注目した。
「あんなコンビニとかわけのわからん、心のこもってない店なんか行ったら・・・不経済や!不経済!」
「ほうや!ちゃんと聞いとけ!」
長男は水を得た魚のようだった。
賞味期限が切れても売り続ける店よりは、マシだろが?
「そういやあんた。ゴミの日の袋も前日に出しよんな?」
また別のじいさんが喋ってきた。
「ゴミは当日の朝!それがここの掟や!」
「え?別に前日でも・・」
「あかんあかん!くっさいゴミ、前の日に投げ入れられたらアンタ!村田のネコや野良犬が出てきてむしりよる!」
村田って誰だ・・?
「何言いよんねん?じいさんよ!」
どうやら、その村田って人っぽい若い衆のようだ。
「俺のネコの、どこがノラやねん?おお?」
若い衆は後ろに2人従え、腹巻したじいさんに詰め寄った。
「ノラとは言うておらん!」
「言うたやないかあ!こらあ!」
あたりがざわめいてきた。どうやらここは・・引き上げたほうがよさそうだ。
しかし、僕の後ろも人だかりだ。入り口は入れそうにもない。
なんとか人ごみを掻き分けて、病院のほうへと向かった。
夜間帯になっており、正面は閉まっている。裏口から入り、医局へ。当直医は当直室にこもっているようだ。
しばらくここにいよう。
僕はそこで返事をしたためた。
「拝啓、土門さん・・いや、松田先生・・自分は」
『
自分はまだ、とても民間でやっていけるほどの体力・知力・自信がありません。しばらく考えたいと思います。確かに今住んでいるこの地に、僕はなじめそうもありません。楽園に行きたいです・・
』
病院のすぐ外、ポストにゆっくり入れ、手を放した。
「あ、ああっ!入ってしもた!」
ついついしてしまうリアクションだ。
騒ぎが収まったのか、前方の大通りを人ごみが横に通り過ぎていく。
夢も心もない村だ。
封を切って、乱暴に手紙を取り出した。
『 ユウキ先生 御侍史
お久しぶりです。ユウキ先生。山の上病院での居心地はいかがですか?僕は今、大阪の南方の病院であくせく働いています。忙しいですが、かなり充実しています
』
松田先生だ。
以前、大学にいたときにお世話になった。噂では、院生だったのを中途で退学し、大学病院も去ったと。約1年前に、僕のところにFAXが来た。民間病院で充実しているとのことだった。要は、僕にも大学を辞めて民間病院へ来いとのことだったが・・。
大学を離れるなんて、そんな勇気はない。
たしかに大学医局の人事はうっとうしい。年功序列、女性や既婚は優先で、独身の僕らは将棋の『歩』だ。
裏返して強くなる『歩』ならいいんだが・・。寝返ることにしか値しない。
『
さてそれに関連してですが、以前もFAXでお伝えしたとおり・・真田事務長から先生へのラブコールの件ですが・・覚えていらっしゃいますでしょうか?
先生のご活躍は、この遠方の病院にもコダマして聞こえてきます。できれば僕も先生と一緒に仕事できたらと思います
』
どうしたんだ?この先生。大学のときはもっと硬派で、僕らを雑巾のように扱っていたのに・・。丸くなったのか?
『
早い返事を、お待ちしています。僕自身、開業のことも考えていまして、私の後継として民間病院に入局していただければ、一番ありがたいです
』
なんだ、それ・・。ヤだよ。おいしくない話に決まってる。
『 その場合、年収は1600万から1800万で考慮していただける、とのことです』
こ、この数字は何だ・・。今の勤務先の2倍はあるじゃないか。
ま、でも今の生活にそんなに不満はない。不安はあるけど。
僕は畳に寝っころがった。
間もなく、ドアを強く叩く音が響いた。びっくりして飛び起きたほどだ。
「は、はい!」
すりガラスの内側から、外の人影に叫んだ。
「真向かいの、ムカイでーす!」
「ああ、開けます!」
ドアを開けると、そこには大家族がずらっと並んでいた。赤ん坊を抱っこしたおばさんもいる。中年の男性が真ん中で仁王立ち。
「あんな!先生!」
長男はうってかわって血相が変わった。
「?」
「夜遅くにな、車ブンブンふかしたりやな!電気パッパッつけたりやな!」
「は?」
「非常に目ざわりやねん!」
家族一同、大きくうなずいた。僕は純真な赤ん坊の目を見つめていた。
「車をブンブン・・?ああ、夜食とかの買出しに隣の町まで」
「そんななあ、あんた!買い物なんか夕方までに終わらしておくもんやって!」
「じゃ、じゃあ車はゆっくり走らせて・・」
「アカンアカン!こっちはすぐ気づく!」
何でこんなことまで言われなきゃいけないんだ・・。
「あんた、医者やろ?常識も人一倍あるはずやで!」
「医者と常識は・・」
「ほお?なんや?こらあ!」
長男はけんか腰だ。
「なんならこらあ、おたくの院長に言うたろか!」
嫁とおぼしき人が歩み寄った。
「赤ん坊とかおりまんねん。夜の9時にはもう寝かさんと、下手したら朝まで泣き通しやねん!」
「で、では・・」
「あんたんとこの部屋の明かりがまぶしいさかい、かすかにうちにも光が入んねん!」
僕の部屋はカーテンはしてはいるが・・。それでも光が漏れているというのか。
「せやから、うち、うち・・・・こんなことは言いたくないけども・・・うああ」
嫁は泣き崩れた。
「おうおう、かわいそうに」
長男が肩を持った。
「先生。あんた、職員からもいろいろ聞いてるんやで!」
「な、何を?」
僕は鋭く反応した。
「職員の若い子にあだ名で呼んだりやな、患者さんの家族を怒らせたりやな・・!社長さんやで!社長!」
「あだ名でなんか、呼んでません!あれは・・」
周囲に少しずつ、人だかりができてきた。ほおかんむりをしているバアさん、駄菓子屋のおばちゃんたち・・。
「買い物?やったら、うちに来たらええものを」
駄菓子屋のおばちゃんが、頭に針を何本もつけたまま歩いてきた。
「最近、そういや買いに来んなと思ったら・・」
みんな、そのおばちゃんに注目した。
「あんなコンビニとかわけのわからん、心のこもってない店なんか行ったら・・・不経済や!不経済!」
「ほうや!ちゃんと聞いとけ!」
長男は水を得た魚のようだった。
賞味期限が切れても売り続ける店よりは、マシだろが?
「そういやあんた。ゴミの日の袋も前日に出しよんな?」
また別のじいさんが喋ってきた。
「ゴミは当日の朝!それがここの掟や!」
「え?別に前日でも・・」
「あかんあかん!くっさいゴミ、前の日に投げ入れられたらアンタ!村田のネコや野良犬が出てきてむしりよる!」
村田って誰だ・・?
「何言いよんねん?じいさんよ!」
どうやら、その村田って人っぽい若い衆のようだ。
「俺のネコの、どこがノラやねん?おお?」
若い衆は後ろに2人従え、腹巻したじいさんに詰め寄った。
「ノラとは言うておらん!」
「言うたやないかあ!こらあ!」
あたりがざわめいてきた。どうやらここは・・引き上げたほうがよさそうだ。
しかし、僕の後ろも人だかりだ。入り口は入れそうにもない。
なんとか人ごみを掻き分けて、病院のほうへと向かった。
夜間帯になっており、正面は閉まっている。裏口から入り、医局へ。当直医は当直室にこもっているようだ。
しばらくここにいよう。
僕はそこで返事をしたためた。
「拝啓、土門さん・・いや、松田先生・・自分は」
『
自分はまだ、とても民間でやっていけるほどの体力・知力・自信がありません。しばらく考えたいと思います。確かに今住んでいるこの地に、僕はなじめそうもありません。楽園に行きたいです・・
』
病院のすぐ外、ポストにゆっくり入れ、手を放した。
「あ、ああっ!入ってしもた!」
ついついしてしまうリアクションだ。
騒ぎが収まったのか、前方の大通りを人ごみが横に通り過ぎていく。
夢も心もない村だ。
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