プライベート・ナイやん 2-8 余計なお世話!
2005年3月16日「うさんぎさん。昨日は大変だったようですね」
カバンを机に置きながら、須川先生は呟いた。
「おはようございます・・呼吸器がピーピーピーピー・・」
「それにしても、ついてないですね。うさぎさんは」
「ここんところ最近、そうです」
「イナカ救急病院のバイトの件は?」
「あと数ヶ月で、副院長から許可が出るかと」
須川先生は立ったまま何やら考えていた。
「でもなあ、ユウキ」
「は・・」
「あんなまともに挿管もできなくて、救急病院のお手伝いなんて・・」
「す、すみません。動揺してて」
「あのな・・うさぎさん。もういいじゃないか?」
「?」
「よく考えてみなよ。俺達がここの病院へ送られた理由を」
「・・・」
「君とは大学は違うが、要するに不要だから送られてきたわけだ。まあ医者だからクビにはならないけどな」
「・・・」
「そこんとこは医局に感謝だよ」
彼はため息をつきながら去っていった。
彼の言いたいことは分かる。まして基本もできないような僕が、救急を学びに行きたいなど・・。場をわきまえてないと思われて当然だ。
しかし・・まだ30歳くらなのに、もう見切りをつけられていいものか。そこで自分までが見切りをつけたらおしまいだ。
まだ終わりじゃない。
詰所から連絡。
『ハマさんの家族さんが』
「あの偉そうな家族?ダメだよ。今は・・」
何も用事はない。
「う・・もうすぐ行くから」
今度もいきなりやってきて・・何を申し立てるつもりだ。
文句があるなら、相手になってやる。
詰所へ入った。
「じゃ、先生。呼びますね」
「ああ」
入ってきたのは・・あの背広男ではなく、ジャージ姿の中年男性だ。頭はボサボサだ。
「ユウキ・・先生?」
「ええ」
「この前来ました、長男の弟です・・」
「次男さんってことですね」
「はい」
うってかわって礼儀正しそうな人だった。
「うちの母親なのですが」
「ハマさんは、僧房弁・・」
「うちで看ようかと」
「えっ?」
思ってもみなかった返事だった。
「うちは貧乏なのですが・・・でもいろいろと家族と話し合いました」
「そうですか・・」
「兄はいつもああなんです。金さえあれば何とかなるって」
「い、いえ。そんなことは」
十分当たっていた。
「親の面倒を看るには兄のほうが、経済的に余裕があるので・・それで私は兄に相談など任せてました」
「・・・」
「ですが私自身、これまで母に何かと迷惑かけたこともありまして」
「・・・」
「恩返しをしなきゃいかんと・・くくく」
次男は泣き出した。
「ハマ・・お母さんと会われるのは何年ぶりで?」
「くく・・それが・・6年も」
「6年もですか・・」
「会ったら、母に相手にもされんだろうことは、十分覚悟の上で参りました」
し、しかし、相手にされんかったら家で看れんだろうが。
「看護婦さん・・ハマさんをこっちへ」
「はい・・」
「くくく・・」
「次男さん。僕も次男さんなら、安心して任せそうな気がします」
「くくく・・」
彼は男泣きに泣いていた。
真後ろにメガネ事務長が微かに泣いていた。
「何?事務長!」
「はっ?ああ!あの」
「?」
「次男さんの車・・表の・・ヒック」
事務長失格だな・・。
「私の車が・・くく・・何を?」
「ララ・・ライトがつけっ放しのようで」
「け、消しに行きます!くく!げほっ!」
次男は勢い余って吐いた。
「うわっ?」
それは僕のズボンをパンツごと濡らした。
「うそやろ・・」
「げほっ!げほっ!ああ、しんど!」
次男はポケットティッシュを取り出し、チーンとひとかみした。
ハマさんが車椅子で運ばれてきた。
「か、母さん!」
次男が身を乗り出した。
「母さん!母さん!」
「?」
ハマさんは・・いかにも身に覚えのないような素振りをした。
「・・・?」
「俺、俺!たつひろ!たっちゃん!」
「はあ・・」
「分かる?分かるだろ?」
「・・・」
メガネをかけなおし、ハマさんはじっと彼を見つめた。
彼女は痴呆が軽度ある。物忘れが心配だ。しかし、人忘れは悲しすぎる。
「何しにきたん?あんた」
ハマさんは平然と答えた。
「え?分かるの?」
「たつひろ?」
「おお!」
「何の用?」
「連れて帰るよ!」
「どこへ?」
「俺のうち!家!」
何に感動したのか、周囲のナースたちも泣き出した。
『それは秘密です』じゃないぞ。
「嫁はおるんか?」
「え?」
「あの嫁はまだおるんか?家に?」
「嫁・・ああ。嫁さんは元気だよ」
「ならいかん!」
「何だって?」
「あの嫁はいかん!」
「か、母さ・・」
「もどせ!」
彼女は怒り出した。
「この車椅子、戻せ!」
ツルツルーッ、と車椅子は戻っていった。
「次男さん。まあ、少しずつ話し合って・・」
「え、ええ・・でも会えてよかった」
「母は強し、ですねえ・・」
「はは!そうですな!はは!」
受けすぎだ。
「はは!では私はいったんこれで・・」
「また決まったら教えてください」
「はい・・じゃあ先生も」
「?」
「お母さん、大事にしてくださいな!」
「なっ・・?」
「すつれいしまーす!」
次男は帰っていった。
「何ですかあの人。ちょっと失礼じゃありません?」
婦長が腕組みしていた。
「いや・・」
「?」
「しょせんは人間だ」
「はあ?」
これは『ロボコップ2』の最後のセリフから借用した。
医局に戻ると、もう話は伝わっていた。
「うさぎさん。お母さんをお大事にね。おしめ交換してもらったら?」
よ け い な お せ わ !
カバンを机に置きながら、須川先生は呟いた。
「おはようございます・・呼吸器がピーピーピーピー・・」
「それにしても、ついてないですね。うさぎさんは」
「ここんところ最近、そうです」
「イナカ救急病院のバイトの件は?」
「あと数ヶ月で、副院長から許可が出るかと」
須川先生は立ったまま何やら考えていた。
「でもなあ、ユウキ」
「は・・」
「あんなまともに挿管もできなくて、救急病院のお手伝いなんて・・」
「す、すみません。動揺してて」
「あのな・・うさぎさん。もういいじゃないか?」
「?」
「よく考えてみなよ。俺達がここの病院へ送られた理由を」
「・・・」
「君とは大学は違うが、要するに不要だから送られてきたわけだ。まあ医者だからクビにはならないけどな」
「・・・」
「そこんとこは医局に感謝だよ」
彼はため息をつきながら去っていった。
彼の言いたいことは分かる。まして基本もできないような僕が、救急を学びに行きたいなど・・。場をわきまえてないと思われて当然だ。
しかし・・まだ30歳くらなのに、もう見切りをつけられていいものか。そこで自分までが見切りをつけたらおしまいだ。
まだ終わりじゃない。
詰所から連絡。
『ハマさんの家族さんが』
「あの偉そうな家族?ダメだよ。今は・・」
何も用事はない。
「う・・もうすぐ行くから」
今度もいきなりやってきて・・何を申し立てるつもりだ。
文句があるなら、相手になってやる。
詰所へ入った。
「じゃ、先生。呼びますね」
「ああ」
入ってきたのは・・あの背広男ではなく、ジャージ姿の中年男性だ。頭はボサボサだ。
「ユウキ・・先生?」
「ええ」
「この前来ました、長男の弟です・・」
「次男さんってことですね」
「はい」
うってかわって礼儀正しそうな人だった。
「うちの母親なのですが」
「ハマさんは、僧房弁・・」
「うちで看ようかと」
「えっ?」
思ってもみなかった返事だった。
「うちは貧乏なのですが・・・でもいろいろと家族と話し合いました」
「そうですか・・」
「兄はいつもああなんです。金さえあれば何とかなるって」
「い、いえ。そんなことは」
十分当たっていた。
「親の面倒を看るには兄のほうが、経済的に余裕があるので・・それで私は兄に相談など任せてました」
「・・・」
「ですが私自身、これまで母に何かと迷惑かけたこともありまして」
「・・・」
「恩返しをしなきゃいかんと・・くくく」
次男は泣き出した。
「ハマ・・お母さんと会われるのは何年ぶりで?」
「くく・・それが・・6年も」
「6年もですか・・」
「会ったら、母に相手にもされんだろうことは、十分覚悟の上で参りました」
し、しかし、相手にされんかったら家で看れんだろうが。
「看護婦さん・・ハマさんをこっちへ」
「はい・・」
「くくく・・」
「次男さん。僕も次男さんなら、安心して任せそうな気がします」
「くくく・・」
彼は男泣きに泣いていた。
真後ろにメガネ事務長が微かに泣いていた。
「何?事務長!」
「はっ?ああ!あの」
「?」
「次男さんの車・・表の・・ヒック」
事務長失格だな・・。
「私の車が・・くく・・何を?」
「ララ・・ライトがつけっ放しのようで」
「け、消しに行きます!くく!げほっ!」
次男は勢い余って吐いた。
「うわっ?」
それは僕のズボンをパンツごと濡らした。
「うそやろ・・」
「げほっ!げほっ!ああ、しんど!」
次男はポケットティッシュを取り出し、チーンとひとかみした。
ハマさんが車椅子で運ばれてきた。
「か、母さん!」
次男が身を乗り出した。
「母さん!母さん!」
「?」
ハマさんは・・いかにも身に覚えのないような素振りをした。
「・・・?」
「俺、俺!たつひろ!たっちゃん!」
「はあ・・」
「分かる?分かるだろ?」
「・・・」
メガネをかけなおし、ハマさんはじっと彼を見つめた。
彼女は痴呆が軽度ある。物忘れが心配だ。しかし、人忘れは悲しすぎる。
「何しにきたん?あんた」
ハマさんは平然と答えた。
「え?分かるの?」
「たつひろ?」
「おお!」
「何の用?」
「連れて帰るよ!」
「どこへ?」
「俺のうち!家!」
何に感動したのか、周囲のナースたちも泣き出した。
『それは秘密です』じゃないぞ。
「嫁はおるんか?」
「え?」
「あの嫁はまだおるんか?家に?」
「嫁・・ああ。嫁さんは元気だよ」
「ならいかん!」
「何だって?」
「あの嫁はいかん!」
「か、母さ・・」
「もどせ!」
彼女は怒り出した。
「この車椅子、戻せ!」
ツルツルーッ、と車椅子は戻っていった。
「次男さん。まあ、少しずつ話し合って・・」
「え、ええ・・でも会えてよかった」
「母は強し、ですねえ・・」
「はは!そうですな!はは!」
受けすぎだ。
「はは!では私はいったんこれで・・」
「また決まったら教えてください」
「はい・・じゃあ先生も」
「?」
「お母さん、大事にしてくださいな!」
「なっ・・?」
「すつれいしまーす!」
次男は帰っていった。
「何ですかあの人。ちょっと失礼じゃありません?」
婦長が腕組みしていた。
「いや・・」
「?」
「しょせんは人間だ」
「はあ?」
これは『ロボコップ2』の最後のセリフから借用した。
医局に戻ると、もう話は伝わっていた。
「うさぎさん。お母さんをお大事にね。おしめ交換してもらったら?」
よ け い な お せ わ !
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