外来のイスを腰でキーキー廻しながら、時間をつぶしていた。
そのたびに両膝が机の端にガツン、ガツンと当たる。

「・・・まだ?」
「問診表をまだ書いてまして・・」
横のナースがつぶやいた。先日行方不明になったことのある、あの若い太ったナースだ。

だが落ち込みの影響からか、彼女はどことなくやせ気味だった。
頬の丸さが違う。

「ここでええんかいな!」
いきなりカーテンを開けて、30代の体育会系男性が入ってきた。
Tシャツと腹巻だ。

「痛いんや。ここが」
彼は自分の左わき腹を押さえた。

「ここ・・?」
僕の手を近づけたとたん、彼は僕の同じ場所をいきなり突付いてきた。不意打ちだ。

「ぎゃあ!」
「そや!ここやここ!」
「な、なにを・・」
「ここがな、いきなり痛くなったんや!」
「今も・・」
「当たり前やがな!痛くなかったら病い・・・ん?」

彼は僕をじっと見つめた。

「ははあ、今日の当番の先生は、なんや。うさぎさんや!」
「なっ・・?」
「散髪屋の良治が、寂しそうにしとったで」
「りょうじ?」
「そろそろ髪も伸びとるやろうから、またトラ刈りにしたらなあかんってな!わははは!いたっ、たた・・・・・・」

彼は自ら腹圧をかけ、よけい痛がった。

「尿は出ます?」
「してきた」
「・・・レントゲンと、採血・・」
「採血・・・血?血を取んの?」
「ええ」
「いやこわ!」

目をギラギラさせた若者は周りをキョロキョロ見回した。

僕は放射線室まで歩いた。

中では若い技師が、相変わらず複数の男性達と活発に喋っている。事務員に、卸(おろし)の業者に・・。彼女はそこそこ美人で人気があるという噂はあった。

「はっ?おはようございます!」
卸の業者がいちはやく気づき、礼をした。20代の小太り男性。
「いつも造影剤を使用していただき、ありがとうございます!」

「技師さんよ」
「はい」
先ほどの笑顔は一瞬で消え、事務的な表情になった。
「レントゲンと・・腹部のCTを」
「はい」

野郎たち4人は、1人ずつゆっくり消えだした。

病院ではとにかく若い女の周囲にこういったヤカラたちが群がる。僕にはうっとうしい光景だ。

卸が彼女に何やらメモを渡している。コンパか何かの待ち合わせだろう。彼ら業者は、こういった離れ業を見事にやってのける。

彼女はCT室に入っていった。卸と僕の2人に。

「ユウキ先生。今日は患者さんは・・」
「見りゃわかるだろ?1人しか来てないよ」
「今日はたまたま・・」
「昨日はゼロだよ」
「・・・」

沈黙が続いた。

腹部レントゲンで、左尿管上部・・?とおぼしき部位に、数ミリの結石像が映った。あと軽度、麻痺性イレウス様にガスの貯留。二ボーが少数あるが、大腸どまりだ。

「少なくとも、ここに1個あるな」

採血では白血球が軽度増加のみ。

CTを待つ間、僕は卸と再び喋った。

「君ら、ここの若いコ1人だけを奪い合うんでなく・・・」
「はい」
「もっとほかにもいるよ」
「え?」
「若いコは他の仕事場にもいるよ」
「というと・・」
「外来に1人、復帰したコがいる。まだハタチくらいだ」
「ええっ?ホントー?」

彼は『バカボン』ばりに声を張り上げた。

「先生。そんなかわいい子がいるとは自分・・」
「(かわいいと言ったか?)外来のカーテンの向こうにいる。物品請求か何か口実にして、行ってきたら?」
「行こうかなあ・・」

彼はワクワクしはじめたようだ。

「業者さん。やっぱ若いコのほうがいいだろ?だから教えたんだよ」
「ありがとうございます!そりゃ若いコのほうが自分は!」

ムスッとした表情で技師さんはフィルムを持ってきた。
「腎臓にも残ってます・・・何をニヤついて?」
卸の心は、ここにあらずだった。

患者が出てきた。
「さ、次は何をしまんの?」
「痛み止めを打つのと、あとでDIPという造影写真を」
「また写真を撮りまんのか!ヒエーッ!」

僕は卸を外来まで連れて行った。
カーテンを開け、案内した。

「ここから入って。さあさあ」
「先生。ここまでしてもらってすみません」
「じゃ!」

DIPでは、左の尿管が一部途切れて造影されていた。さっきの石の部分だ。部分的な閉塞か。下に落ちるのは時間の問題と思われる。入院までさせなくてもよさそうだ。

「どうです?」
患者は横になっていたが、少し楽そうだ。
「ウソのように楽になったわい!」
「痛み止めが効いたか、石が落ちたか・・」

カーテンの向こうから、業者がゆっくり出てきた。
「先生・・」
「元気ないな」
「そりゃないです」
「は?」
「いくらなんでも・・」
「今DIPして、造影剤使ったよ」
「ああ!ありがとうございます!」

彼は反射的に大きくおじぎをした。

そそくさと戻っていく彼を尻目に、技師が腕組みしてやってきた。
「あいつ!若い女の子って聞いたらすぐ・・!」
「動物みたいだな」
「やっぱり若いコのほうがいいんですか?」
「なるほどな・・森高の歌」
「はあ?」
「<私がオバサンになっても>だよ」
「私はまだオバサンじゃありません!」

彼女は逆ギレして、怒って戻っていった。

外来婦長があわてて出てきた。

「ユウキ先生。何かあったんですか?」
「え?ああ、彼女?」
「またコンパするのかしら」
「そのようで」
「先生もコンパに誘われたの?」
「いや」
「?」

僕は右手でこめかみのネジを廻すしぐさをした。
「誘われたとしても・・」
「はあ?」

「しょせんは欠席(結石)だ」

こうして退屈な日々が続いた。僕の脳細胞は次第に風化していく・・。

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