プライベート・ナイやん 2-10 おらこんな村やだ!
2005年3月25日代表者会議。医局からは当番制で今回は僕。
事務長が始める。
「アー、じゃあ始めますね。何からにしようかな・・」
ローカルな会議だ。
「人工呼吸器が1人、ついてますね。ユウキ先生の患者さん」
「ええ、そうです」
僕は答えた。
「これは・・今後も必要で?」
「肺炎を起こして呼吸不全、それで呼吸器がつきました。離脱はなかなか難しいと」
「うーん・・・うちの場合は、基本的にマルメなもんで」
「病院が自腹を切らないといけないのは分かってるんですが・・」
分かってるんだが・・そこはヒトゴトだ。病院の経営など心配してるわけがない。
医者になってまだ5,6年。経営者の立場など理解できるはずもない。
「どうですかねえ。神谷先生」
事務長は副院長に振ってきた。大人のやり方だ。
「うん?なに?」
どうやら聞いてなかったようだ。事務長はまた最初から説明した。
「ほほう。そうか?いや、そうだったな・・」
彼はしばらく下を向いていた。
「じんこうこきゅうき、じんこうこきゅうき!か!」
彼は開業医上がりでこの病院にスカウトされており、人工呼吸管理の「じ」の字も知らない。
「ユウキ君」
「はい」
「なんとか、機械だけ外れないものか?」
「ウィニングを試みてはいるのですが、なかなか・・」
「ウィニング・・」
何も分かってないようだ・・。
事務長はため息をついた。
「村長からの直々の提案なのですが・・この方を他院へ転院させるという方針で。ユウキ先生。すみませんがそれで・・」
「どこへ?」
「そ、それは・・どこか他の病院へ」
「どこか?家族さんはうちの病院の近所なんですよ」
「ま、そこは分かっていただくとして。他院に移ったら、面会のときはそこへ出向いてもらうんですよ」
「だけど。家族は1人で、その人車椅子だし」
「いや、そうですけど」
「遠方の病院に移すのは可愛そうですよ」
「そ、そうなんですけど!」
彼は僕を制した。
「うちは療養病棟主体なんですよね。状態が落ち着いている方の入院するところなんです!」
「・・・」
「ま、そりゃその方も落ち着いていてリハビリしてたんですけど・・その。何ですか?ごえん?誤嚥して肺炎になったんですよね」
「そうですよ」
「そうなって一般的な治療が必要になった方は、即よそへ移すよう、今後取り計らう方向でと!」
カン(判決)!
医局のベランダから夕日を見ていた。
医者が何人も病院にいながら、医療ができないなんて。これでは、ただの番人だ。
そこにいるだけでいい、という意味の。
でも実際、そういった立場を良しとして絶えずぬるま湯につかっている医者は大勢いる。
僕もそりゃ、正直楽なほうがいいに決まっている。しかし、そこまでまだ年を取っていないのだ。
こういう相談を医局にしても・・・無理だろうな。
たぶん
『まあ、そこで当分ゆっくり羽でものばしたまえ』
医局長はそう言うだろう。
それに、医局長・・・医局長の顔は、もう見たくない。
このまえ面接に来たとき、間違った帰り道教えてしまったし・・・。
医局の人事にしばられ、ただひたすらもがいている自分がいた。
「あ、もう5時だ。帰ろう」
これでいいのか・・。
振り向くと、窓のところに消化器の須川先生が立っていた。
「うさぎさん、お別れですね」
「は?」
「人事でね。来月大学へ戻れと」
「戻る?」
「大学の助手が1人、亡くなってね。どうしてか教えてくれないけど」
「じゃあ先生は、助手として・・」
「ノーノー。先生。大学の助手って、『その他』なんだよ」
「ええ?ソナタ?」
「ま、俺もこのままここにいたら、脳みそ腐ってまうしな・・」
そういえば彼の机の上、パソコンがなくなっている。
「須川先生。僕が唯一話できる先生でしたのに」
「うさぎ先生には、村の人たちがついてるよ」
「先生。僕、嫌です。こんな村」
「いいじゃないか。空気も澄んでるし」
「なんか田舎の人ほど、人間味がないような」
「駄菓子屋のばあさんが悲しむよ」
「・・・」
「救急病院のバイトは?」
「近々、副院長に申請します。けど・・」
「?」
「自分につとまるかどうか・・」
「うさぎさん」
「はい」
「恋愛でも何でもどうだと思うが・・余り者に、福はなし!」
聞きなれた言葉だが、胸に響いた。
「そ!そうですね!余らないようにがんばります!」
深々とおじぎし、実質的に最後の挨拶を交わした。
彼は去って行った。
不思議と唄が、唇からこぼれ出た。
「余りか・・・・アマリ・・・アマリール(糖尿病の薬)が・・・・♪ア〜マ〜リ〜・・・ルガ〜、あたためて〜、あげよ〜う」
全く関係のない歌だった。
事務長が始める。
「アー、じゃあ始めますね。何からにしようかな・・」
ローカルな会議だ。
「人工呼吸器が1人、ついてますね。ユウキ先生の患者さん」
「ええ、そうです」
僕は答えた。
「これは・・今後も必要で?」
「肺炎を起こして呼吸不全、それで呼吸器がつきました。離脱はなかなか難しいと」
「うーん・・・うちの場合は、基本的にマルメなもんで」
「病院が自腹を切らないといけないのは分かってるんですが・・」
分かってるんだが・・そこはヒトゴトだ。病院の経営など心配してるわけがない。
医者になってまだ5,6年。経営者の立場など理解できるはずもない。
「どうですかねえ。神谷先生」
事務長は副院長に振ってきた。大人のやり方だ。
「うん?なに?」
どうやら聞いてなかったようだ。事務長はまた最初から説明した。
「ほほう。そうか?いや、そうだったな・・」
彼はしばらく下を向いていた。
「じんこうこきゅうき、じんこうこきゅうき!か!」
彼は開業医上がりでこの病院にスカウトされており、人工呼吸管理の「じ」の字も知らない。
「ユウキ君」
「はい」
「なんとか、機械だけ外れないものか?」
「ウィニングを試みてはいるのですが、なかなか・・」
「ウィニング・・」
何も分かってないようだ・・。
事務長はため息をついた。
「村長からの直々の提案なのですが・・この方を他院へ転院させるという方針で。ユウキ先生。すみませんがそれで・・」
「どこへ?」
「そ、それは・・どこか他の病院へ」
「どこか?家族さんはうちの病院の近所なんですよ」
「ま、そこは分かっていただくとして。他院に移ったら、面会のときはそこへ出向いてもらうんですよ」
「だけど。家族は1人で、その人車椅子だし」
「いや、そうですけど」
「遠方の病院に移すのは可愛そうですよ」
「そ、そうなんですけど!」
彼は僕を制した。
「うちは療養病棟主体なんですよね。状態が落ち着いている方の入院するところなんです!」
「・・・」
「ま、そりゃその方も落ち着いていてリハビリしてたんですけど・・その。何ですか?ごえん?誤嚥して肺炎になったんですよね」
「そうですよ」
「そうなって一般的な治療が必要になった方は、即よそへ移すよう、今後取り計らう方向でと!」
カン(判決)!
医局のベランダから夕日を見ていた。
医者が何人も病院にいながら、医療ができないなんて。これでは、ただの番人だ。
そこにいるだけでいい、という意味の。
でも実際、そういった立場を良しとして絶えずぬるま湯につかっている医者は大勢いる。
僕もそりゃ、正直楽なほうがいいに決まっている。しかし、そこまでまだ年を取っていないのだ。
こういう相談を医局にしても・・・無理だろうな。
たぶん
『まあ、そこで当分ゆっくり羽でものばしたまえ』
医局長はそう言うだろう。
それに、医局長・・・医局長の顔は、もう見たくない。
このまえ面接に来たとき、間違った帰り道教えてしまったし・・・。
医局の人事にしばられ、ただひたすらもがいている自分がいた。
「あ、もう5時だ。帰ろう」
これでいいのか・・。
振り向くと、窓のところに消化器の須川先生が立っていた。
「うさぎさん、お別れですね」
「は?」
「人事でね。来月大学へ戻れと」
「戻る?」
「大学の助手が1人、亡くなってね。どうしてか教えてくれないけど」
「じゃあ先生は、助手として・・」
「ノーノー。先生。大学の助手って、『その他』なんだよ」
「ええ?ソナタ?」
「ま、俺もこのままここにいたら、脳みそ腐ってまうしな・・」
そういえば彼の机の上、パソコンがなくなっている。
「須川先生。僕が唯一話できる先生でしたのに」
「うさぎ先生には、村の人たちがついてるよ」
「先生。僕、嫌です。こんな村」
「いいじゃないか。空気も澄んでるし」
「なんか田舎の人ほど、人間味がないような」
「駄菓子屋のばあさんが悲しむよ」
「・・・」
「救急病院のバイトは?」
「近々、副院長に申請します。けど・・」
「?」
「自分につとまるかどうか・・」
「うさぎさん」
「はい」
「恋愛でも何でもどうだと思うが・・余り者に、福はなし!」
聞きなれた言葉だが、胸に響いた。
「そ!そうですね!余らないようにがんばります!」
深々とおじぎし、実質的に最後の挨拶を交わした。
彼は去って行った。
不思議と唄が、唇からこぼれ出た。
「余りか・・・・アマリ・・・アマリール(糖尿病の薬)が・・・・♪ア〜マ〜リ〜・・・ルガ〜、あたためて〜、あげよ〜う」
全く関係のない歌だった。
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