外来。

朝11時に1人、やってきた。30代男性。みぞおちの痛み。

「薬下さい」

診察室に座るなり、その男性は呟いた。

「俺の予想では、たぶん胃やと思うから」
「横になって。看護婦さん。熱は?」

新人ナースはタタタと走ってきた。口にアメを含んでいることぐらい分かる。

「なぬでひょうか」
「熱は?熱!」
「何も・・」
「さっさと測定を!」

それと少し気づいた。このナース、以前にもまして・・
だんだん痩せてきているようだ。ホッペが膨らんでいない。アメの影響は別として。

気のせいか、少し魅力があるように見えた。

いかんいかん。田舎の生活に慣れてしまって、女の見分け方まで狂ったか。

熱は37.2℃。微熱だ。何かはあるってことだ。

「みぞおち・・・ここですね?」
僕は軽く押した。
「押したほうが痛い?」
「いんや」
「胃カメラ・・」
「ん?胃カメラ?それはいい」
「いいって・・」
「胃カメラは俺、アレルギーがあって」
「どんなアレルギーなんだよ・・」

頭を抱えた。

「ま、先生。よう効く胃薬でも出しといてえな!」
「でもその場所は、胃というより・・」
「なんや?」
「十二指腸や膵臓・・酒は?」
「そ、そりゃ少しはな」
「3合くらい?」
「ま、そんなところ」

全然少なくないぞ。

「血液検査をさせてください。腹部のレントゲンも」
「金ないねん」
「は?」
「給料日前で、金がないねん」
「ないって、そんな・・」
「安くしてえな」

無理に決まってるだろ。

「困ったな・・」
「わしもや」
「仮に今日、胃薬出したとして」
「おう」
「夜中に悪化して救急車、ってこともあり得ますよ」
「な、なんやねん。脅しかそりゃ?」

立場上、言っておく必要がある。

「先生。そんな言い方はないでっしゃろ!おう?」

彼はベルトを締めながら立ち上がった。

「患者さんが苦しんでんのにやなあ!こら!」
「だってそっちが一方的に・・」
「一方的にとは何ぞや?う・さ・ぎ・さ・ん!」
「な、なにを・・?」
「あんたも大人なんやから、お互い常識を持とうや!」
「なに・・?」
「あんた、この村じゃけっこう非常識やって有名やで」

夜間の買い物時のエンジンふかし、ゴミ出しのタイミング、つきあいの悪さ。

早朝の<村民大清掃>にも参加していないことで注意されたこともある。

だがそれが何だ?

「おい!院長呼べ!院長!」
「院長は名義だけです。副院長ならいますが」
「おお。それでええ!」

副院長が降りてきた。彼は少し驚いた。

「おう。誰かと思ったら」
「あれ?神谷先生?」

どうやら知り合いのようだ。

「神谷先生・・なんでここにおりまんの?」
「ああ、わしか。転勤でな」
「転勤ってあんた。開業してたんと違いまっか?」

彼の開業した病院は多額の借金のため、数年前に潰れていた。

「なんだ?なぜわしを呼び出した?」
副院長は僕を見下ろした。患者は足元にすがった。

「なあ先生。こいつ、ひどいねん」
「何だ、今度は」
「わしが胃薬くれって言うたら、今日の夜中に悪くなるって、脅しよんねん!」
「この・・!」

副院長は僕を睨み付けた。

「だって・・検査を拒否されますし」
「お前はもういい!下がれ!」
聞き耳を持たず、副院長は代わりに診察室を陣取った。

「出ろ!」
「く・・」
「患者に対してその態度で、救急のアルバイトなんか許可できるか!」

一番言われたくないことだった。

「出ろと言っている!」

僕はしぶしぶ廊下へ出た。数分後、患者は出てきた。

「副院長先生は、すんなり薬出してくれたぞ。へっへ」
彼はそう言い残し、処方箋片手に院外薬局へと歩いていった。

外来婦長がまた後ろに立っていた。
「先生。いつものセリフは?」
「はあ?なんだよ」
「しょせんは○○・・とか」
「あんな態度!」
「先生。あの方は地主さんの息子さんで」
「それが何だよ?」
「この病院の土地も関わっているんです」
「・・・だから?」
「いえ、その。大事なビップだって」
「VIP?」
「先に言っとくべきだったわね」

VIP?そんなの関係あるかよ。

VIP・・VIPoma・・『すげえよビップ、ドクターKが無医村に』・・?水様性下痢、?低カリウム、?胃無酸症

なんとか思い出せた。認定医試験を意識して、最近少し勉強しているのだ。

「何をニヤニヤしてるんですか?先生」
新人ナースが覗き込んだ。

「関係な・・・・う!」
「?」

こ、この目の狂いではなかった・・・!

彼女は、彼女は・・!

久しぶりに感じる動悸。

な、何だ?これは・・・この感情は?

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