翌日外来へ行くと・・案の定、例の患者がいた。

「ててて・・」
待合室の椅子に、だるそうに座っている。昨日、胃薬を処方した副院長が側に立っている。

「ふーん・・・ふん」
副院長は患者の腹部をタッチしながら、何やら呟いている。
「ふうむ・・ふむ」

僕は別件で外来に呼ばれていた。

「めまいの方が今」
「ここへ呼んで」

中年のおばさんが入ってきた。

「おはようございます、先生」
「ええ、おはようございます」
「目がグルグル回るような・・」
「回転性・・」
「そうです。横揺れじゃなく」
「意識を失ったりとか・・」
「ここに来る前、ありました。夫の話だと・・数分?」

失神したってことか。失神は帰してはいけない。オーベンから教わった。

オーベンか・・。懐かしい響きだな。

「検査目的で、入院しましょう」
「え?」
「原因が分からない段階で、また再発があったら・・」
「そ、そんなに悪いんですの?」
「そのほうが安全かと」
「入院はちょっと・・」

なんだ。また断るのか。

「僕はそう思うんですが」
「うーん・・・そんなに悪いんですか」
「悪いとかそういう意味ではなくって!」

結局患者の希望で、まず検査をということになった。

そうだな。検査してからの説明でもよかった。こんないきなりな説明なんかしちゃ・・患者をビビらせるだけだ。

落ち着け、ユウキ。

患者に当たるのは、卑怯な医者だけのすることだ。

「心電図、採血、頭部CT、脳波に・・」
「そ、そんなにですか?」

結局患者を不安にさせた。

外に出ると、腹痛の患者はまだ椅子に座っている。
新人ナースがやってきた。

「ユウキ先生。副院長は用があるので、代理で診て欲しいと」
「なにっ・・・あいつ!」

患者を腹部レントゲンへ。
「レントゲンが終わったら、採血と点滴を。メニューは・・」
カルテに書き込んでいると、ナースは覗き込んだ。

なぜか緊張して、ペンがぎこちなく進んだ。
「レントゲンはざ、座位にしてと・・臥位もいちおう。胸部も、とと!」
「どうしたんですか?先生」
「い、いや別に・・」
「フフッ」

まぶしい笑顔まで見せた。痩せただけで、ここまで変われるとは・・。この変身ぶりを伝えられないのが残念だ。

外来婦長がスケベそうに見ていた。
「どう?先生」
「は?」
「彼女・・痩せてなんかキレイになってない?」
「なな!なってないなってない!」
「そ、そこまで言わんでも・・」
「しし、失神の人の検査はあ!」
「そんな、慌てんでも」

失神の患者さんは心電図、採血、頭部CTも異常なし。脳波もこれといったものはなし。

「TIAと、不整脈は否定できないな・・」
「ちーあいえー?」
患者はすぐそばにいた。
「TIAとは、一過性の脳虚血発作というやつです。脳に血液が短時間流れない」
「まあ、こわい」
「MRIで今度調べましょう。MRAもついでに。ホルターも・・」
「近いうち、来ますので」
「やっぱ入院はダメですか?」
「はい」

彼女はキッパリ断言した。とりあえず帰宅。

「先生。腹痛の方のレントゲン」
新人ナースがフィルムを持ってきた。
「どど、どれどれ」
「これです。あっ・・」
彼女の指が、僕の指に触れた。

「わわ!ちょっと!」
「すす、すみません!」
「たく・・・はあはあ」
「先生、息が・・」
「ふう・・・ん?」

胸部レントゲンで映っているガス像・・。右の横隔膜の真下にある。

「フリーエア!消化管穿孔だ!」
僕は副院長に電話した。
「消化管穿孔だと思います。外科のある病院へ・・!」
「そ、そうか。じゃ、あとを頼む」

僕は患者に説明、救急車を呼んだ。救急隊はすぐにかけつけた。

「救急隊です。どちらへ搬送を?」
「イナカ救急病院」
「了解しました!」

搬送先は僕が決めた。ただし目的は他にもあった。

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