プライベート・ナイやん 2-16 デンジャー・ゾーン
2005年4月1日約束の時間に早く着きすぎ、面接する病院の周辺を転々とした。村を車で飛び出したのは久しぶりだった。
都会の空気が汚いのか・・。喉がイガイガする。うがいでもしたいような心境だ。
面接は昼。日曜日ではあるが喜んで会ってくれるという。まあ開業医なら土日も関係ないか・・。
朝どこで食べるか迷ったが、結局マクドナルドのドライブスルー。
『ご注文を』
「イソジンガーグルのM」
『いそじ・・?』
「あ!ああ!ごめん!エッグマフィンのセット!」
『お飲み・・』
「コーラ!」
『ちなみにアップルパ』
「いらん!」
マイクを背後に、キキッと窓口へ寄せた。
『ありがとうございました。気をつけて行ってらっしゃいませ!』
気をつけて、か・・。
約束の10分前に到着。10分前行動は最低の礼儀だ。
しかし、この10分がまた長いのだ・・。
入り口は開いており、待合には何人かいる。受付のオバサンが笑顔で対応してきた。
「診察券は?」
「いや、それは・・」
「今日はどうされたんですか?」
「約束がありまして」
「・・コホン。ここを待ち合わせの場所に使われては困ります」
「へっ?」
「ここは病院なんですよ」
「し、知ってますって」
こちらが話す隙を与えない。
「おひきとりください」
「あの、院長先生を・・」
「院長先生を呼び出して、何の用が?」
「約束をしているんです」
「・・・業者さん?」
「医師です」
「いし?」
廊下の向こうから、事務員らしき人が泣きそうな顔で走ってきた。
「どうもどうも!はあ!はあ!こらっ!」
事務員はおもむろに受付を怒鳴った。
「何を考えとんねや!」
彼は一喝したあと、僕のほうを振り向いた。
「ユウキ先生。さ、こちらへ!」
僕は彼に続いた。
受付のオバサンは固まっていた。
「では、こちらの院長室へ・・」
大広間に通された。
「ユウキ先生。どれくらいかかりましたか?」
「数時間ですかね」
「すうじかん・・ああ、数時間ね!なるほど!お昼はまだですよね」
「え、ええ」
彼は内線を押し、何やらぶつぶつ注文を始めた。
「ユウキ先生。肉と魚、どちらがよろしいでしょうか?」
「肉・・・?魚・・・?」
「・・・・・」
「まあどっちでも」
「かしこまりました!では両方で」
院長室の大きな椅子と机。その真向かいのソファに僕は腰掛けている。あちこちに本棚があり、絵や写真が飾ってある。隅にはゴルフクラブ。
これに外人の裸のカレンダーがあれば、うちの大学医局そのものだな・・。
「こんにちは!」
威勢のいい声ととともに、やや小柄な中年が入ってきた。パジャマの上に白衣を着ている。
「事務長。外来は薬のみにしとけ」
彼は白衣のエリを正した。
「ユウキ先生。はじめまして」
彼は名刺を差し出した。
「どうですか?」
「?」
「そちらの病院は?」
「うちの病院・・療養病棟が中心でして」
「りょうよう?うん、うちにも療養はある。一般病棟と混合でね」
「・・・」
「先生の希望は?」
「希望・・」
「院に行かれるとか、開業されるとか」
「で、ではオフレコで」
「?いいよ」
「大学は正直、戻りたくないです。開業は資金がないし」
「ま、その年で開業は早すぎるしね」
本題になかなか入らないな・・。
「つまり先生は、勤務医として働きたいわけだな・・臨床を?」
「え、ええ」
「臨床医でやってくわけだね」
「い、今はそのつもりです・・」
「心カテでずっと食べてはいけないしな。カテ年齢というのがあってな。バリバリできるのは40歳代までだろう」
「?」
「腕で食っていく臨床医は不安定だ。自分の牙城を持たないと」
いきなり大胆な話し方だ。しかし、ひきつけるものがある。不安定な情勢で育った僕らに、<確かな>道徳は魅力的に映るのだ。
「その点、君にはチャンスがある」
「チャンス・・」
「私もね、もうそろそろ勇退を考えていてね」
「え、ええ」
「もちろんすぐではない。だが、最近体の調子も思わしくなくてな」
「そうですか・・」
だが、ソファの前のテーブルのカレンダーには予定がぎっしり詰まっている。<コンペ>、<中国>・・?
「正直、君のように束縛を嫌う人間はな。あのな、怒らんで聞いてくれよ。君の医局では・・生きていけん」
「・・・」
「医局に入ったなら、その医局の方針に従うべきだ。当然だ。これが侍の時代なら、君はとっくに打ち首だ」
「・・・」
「君主に仕えるのが嫌なら、とっとと医局を辞めればいい。だが・・」
「?」
「最近、君の大学医局から何人もの医者が辞職したのは知ってるか?」
「いえ。全然・・」
興味ない。
「彼らの行く先に待っているものは何だ?」
「さあ・・」
「一体、誰が守ってくれる?」
「さあ・・」
「それこそ雑巾のように使われて、それこそ!もう使えなくなるまでだ!」
彼は異様に興奮していた。
「そうなりたくはないはずだ!」
「そ、そりゃ・・」
「なら、自分を生かすための道を確保するんだ!」
「・・・」
「救急ABCのAは、気道の確保だろ?」
何だそれ・・。講演会やこういったリーダー格の話はいろいろと聞いたが・・。
ギャグのセンスがいっこうに感じられない。これでは外来患者も退屈だろうな・・。
「まあいい!君!昼ごはんは?」
「それはまだ・・」
「今日はな。大事なお客さんも来ておるのだ!」
「お客?」
「じゃ!事務長!案内を!」
僕は事務長のあとをつけ、別の部屋の入り口まで通された。
「ユウキ先生。ここでこれから昼食です」
「けっこう声が聞こえますね」
「ナース達ですね。注意しておきます」
「い、いいですって!ところでゲストというのは・・」
「それは・・」
「秘密です?」
「わ、私の口からはとても・・」
彼はガチャッとドアを開けた。
都会の空気が汚いのか・・。喉がイガイガする。うがいでもしたいような心境だ。
面接は昼。日曜日ではあるが喜んで会ってくれるという。まあ開業医なら土日も関係ないか・・。
朝どこで食べるか迷ったが、結局マクドナルドのドライブスルー。
『ご注文を』
「イソジンガーグルのM」
『いそじ・・?』
「あ!ああ!ごめん!エッグマフィンのセット!」
『お飲み・・』
「コーラ!」
『ちなみにアップルパ』
「いらん!」
マイクを背後に、キキッと窓口へ寄せた。
『ありがとうございました。気をつけて行ってらっしゃいませ!』
気をつけて、か・・。
約束の10分前に到着。10分前行動は最低の礼儀だ。
しかし、この10分がまた長いのだ・・。
入り口は開いており、待合には何人かいる。受付のオバサンが笑顔で対応してきた。
「診察券は?」
「いや、それは・・」
「今日はどうされたんですか?」
「約束がありまして」
「・・コホン。ここを待ち合わせの場所に使われては困ります」
「へっ?」
「ここは病院なんですよ」
「し、知ってますって」
こちらが話す隙を与えない。
「おひきとりください」
「あの、院長先生を・・」
「院長先生を呼び出して、何の用が?」
「約束をしているんです」
「・・・業者さん?」
「医師です」
「いし?」
廊下の向こうから、事務員らしき人が泣きそうな顔で走ってきた。
「どうもどうも!はあ!はあ!こらっ!」
事務員はおもむろに受付を怒鳴った。
「何を考えとんねや!」
彼は一喝したあと、僕のほうを振り向いた。
「ユウキ先生。さ、こちらへ!」
僕は彼に続いた。
受付のオバサンは固まっていた。
「では、こちらの院長室へ・・」
大広間に通された。
「ユウキ先生。どれくらいかかりましたか?」
「数時間ですかね」
「すうじかん・・ああ、数時間ね!なるほど!お昼はまだですよね」
「え、ええ」
彼は内線を押し、何やらぶつぶつ注文を始めた。
「ユウキ先生。肉と魚、どちらがよろしいでしょうか?」
「肉・・・?魚・・・?」
「・・・・・」
「まあどっちでも」
「かしこまりました!では両方で」
院長室の大きな椅子と机。その真向かいのソファに僕は腰掛けている。あちこちに本棚があり、絵や写真が飾ってある。隅にはゴルフクラブ。
これに外人の裸のカレンダーがあれば、うちの大学医局そのものだな・・。
「こんにちは!」
威勢のいい声ととともに、やや小柄な中年が入ってきた。パジャマの上に白衣を着ている。
「事務長。外来は薬のみにしとけ」
彼は白衣のエリを正した。
「ユウキ先生。はじめまして」
彼は名刺を差し出した。
「どうですか?」
「?」
「そちらの病院は?」
「うちの病院・・療養病棟が中心でして」
「りょうよう?うん、うちにも療養はある。一般病棟と混合でね」
「・・・」
「先生の希望は?」
「希望・・」
「院に行かれるとか、開業されるとか」
「で、ではオフレコで」
「?いいよ」
「大学は正直、戻りたくないです。開業は資金がないし」
「ま、その年で開業は早すぎるしね」
本題になかなか入らないな・・。
「つまり先生は、勤務医として働きたいわけだな・・臨床を?」
「え、ええ」
「臨床医でやってくわけだね」
「い、今はそのつもりです・・」
「心カテでずっと食べてはいけないしな。カテ年齢というのがあってな。バリバリできるのは40歳代までだろう」
「?」
「腕で食っていく臨床医は不安定だ。自分の牙城を持たないと」
いきなり大胆な話し方だ。しかし、ひきつけるものがある。不安定な情勢で育った僕らに、<確かな>道徳は魅力的に映るのだ。
「その点、君にはチャンスがある」
「チャンス・・」
「私もね、もうそろそろ勇退を考えていてね」
「え、ええ」
「もちろんすぐではない。だが、最近体の調子も思わしくなくてな」
「そうですか・・」
だが、ソファの前のテーブルのカレンダーには予定がぎっしり詰まっている。<コンペ>、<中国>・・?
「正直、君のように束縛を嫌う人間はな。あのな、怒らんで聞いてくれよ。君の医局では・・生きていけん」
「・・・」
「医局に入ったなら、その医局の方針に従うべきだ。当然だ。これが侍の時代なら、君はとっくに打ち首だ」
「・・・」
「君主に仕えるのが嫌なら、とっとと医局を辞めればいい。だが・・」
「?」
「最近、君の大学医局から何人もの医者が辞職したのは知ってるか?」
「いえ。全然・・」
興味ない。
「彼らの行く先に待っているものは何だ?」
「さあ・・」
「一体、誰が守ってくれる?」
「さあ・・」
「それこそ雑巾のように使われて、それこそ!もう使えなくなるまでだ!」
彼は異様に興奮していた。
「そうなりたくはないはずだ!」
「そ、そりゃ・・」
「なら、自分を生かすための道を確保するんだ!」
「・・・」
「救急ABCのAは、気道の確保だろ?」
何だそれ・・。講演会やこういったリーダー格の話はいろいろと聞いたが・・。
ギャグのセンスがいっこうに感じられない。これでは外来患者も退屈だろうな・・。
「まあいい!君!昼ごはんは?」
「それはまだ・・」
「今日はな。大事なお客さんも来ておるのだ!」
「お客?」
「じゃ!事務長!案内を!」
僕は事務長のあとをつけ、別の部屋の入り口まで通された。
「ユウキ先生。ここでこれから昼食です」
「けっこう声が聞こえますね」
「ナース達ですね。注意しておきます」
「い、いいですって!ところでゲストというのは・・」
「それは・・」
「秘密です?」
「わ、私の口からはとても・・」
彼はガチャッとドアを開けた。
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