プライベート・ナイやん 2-18 抵抗性
2005年4月4日医局に出勤するなり、からかわれた。
「やあ!フリーエアーはどうだったの?」
神経内科の先生が微笑んだ。
「ちょっとこっちも驚いたよね」
僕は赤面したまま席についた。
「副院長も呆れてたよ」
「でしょうね・・」
「ま。これから気をつければいいんじゃない?」
「はい」
この件になると、僕はもうタジタジだ。
「でも先生。関西はいいよね」
「は?」
「僕の出身の関東はさ。都心にバイトがなかなか見つからなくって」
「そうなんですか」
「郊外なら見つかるんだけどね。でもかなり遠いんだ。3,4時間以上かかるのも当たり前」
「そんなにですか・・」
「関西はいいよね。交通の便が行き届いていて」
「大阪の街は、ブレードランナーですから」
「何?ブレードランナーって?」
関東の人間は単純に反応する。
「街、廃墟や人種があふれかえった街なんです」
「へえ?そうなの」
「ちょっと変わったところでして」
「君も変わってるじゃん」
「はあ・・」
外来へ呼ばれた。定期の受診で来た患者。50代女性。高血圧と糖尿病。
「口がいやしいて、いけませぬわい」
かなり太って小柄な女性は、ニヤニヤしながら呟いた。
「今日の血糖は320mg/dlか・・食事してないんですよね」
「ああ。してないよ。だってこの前そうしろって・・」
「でもコーヒーは飲んできたとか?」
「ああ!それは飲んだ」
「砂糖入り?」
「ああ」
「・・・先月のHbA1cは8.5%・・・前回が8.2%だから・・だんだん悪くなってる」
「ありゃりゃ!」
「食事を制限するか、今の薬を増やすかですね・・」
「インシュリンは絶対せんぞ!」
彼女は一瞬、食ってかかった。
「今の薬がベイスン・・オイグルコン(SU剤)か」
SU剤は肥満を助長することもあるが、けっこう食べる人でもあるし真偽のほどは分からない。
SU剤はインスリンを放出する膵臓にムチを叩いて、インスリンを無理に出させる。税金をどんどん増やす、この国みたいだ。国民同様、膵臓も疲れてくる。この出すぎたインスリンが糖をその分体内に取り込ませるため、当然体は太ってくる。まあ血糖が下がってくるならいいのだが・・。
この人は下がってない。肥満を促進するだけのようだ。
「オイグルコンはやめて、アクトスにします」
「それ何?」
「インスリン抵抗性改善薬」
「はあはあ」
糖尿病の1割はインスリンが膵臓から出ないタイプ<1型>だが、残り9割の<2型>が外来受診の大半を占める。
<2型>の特徴は2つで、
?インスリン抵抗性;インスリンの作用する相手の臓器(肝臓や筋肉)で受け取りがうまくいかない(感受性の低下)→膵臓がインスリンを過剰に分泌(高インスリン血症)→膵臓(β細胞)が疲れる→その結果として・・
?インスリン分泌不全を引き起こす。つまりインスリンが足りないので血糖が上がる。
前者の<インスリン抵抗性>を改善するための薬・・が、先ほどのアクトスだ。
「じゃ、そういうことで。足や顔が腫れるようなら(約7%の確率)受診を。次回は肝臓の血液検査を」
言い残し、外来をあとにした。以前販売されていたインスリン抵抗性改善剤、<ノスカール>の販売が中止になった後でもあり、大変気を使う。
メガネ事務長が廊下で待っていた。
「ちわ!お疲れ様です!」
彼の横に、僕と同年代くらいの男性が立っている。
潔癖症かと思うくらい、見事な着こなしだ。
「ユウキ先生。新しい事務員です」
「はい?あ、こりゃどうも」
「品川といいます。よろしくお願いします」
僕らは握手した。
「じゃ・・」
僕は病棟へ歩いていったが、品川氏は後ろから追いかけてきた。
「ユウキ先生!」
「は、はい?」
「救急病院でアルバイトを?」
「ま、まだ許可は出てませんけど」
「救急病院から電話がありまして。赤井先生という・・」
「な、何かおっしゃってました?」
「副院長にお会いしたいと」
「ま、無理でしょうね・・」
「私がなんとかしましょうか?」
「え?」
こんな若い衆に、そんな役は無理だろうに・・。
「私が副院長と話してみます」
「マジ?でも・・」
彼は少し微笑んで、事務室へ戻っていった。
病棟へ続く階段では・・外来の若いナースが立って、男どもと話をしている。男ども・・MR、卸の業者たち。事務員も何人か混じる。
ナースはいっそう痩せており、あらん限りの若さとフェロモンを振りまいていた。
「あの・・通してくれる?」
口説きに夢中だった男達はやっと我に返り、道を開けた。
後ろに視線を感じ、サッと振り向いた。
MRの男が1人、こっちを指差している。何か陰口でも言ってるんだろう。MRは指をサッと引っ込めた。
「あ・・ああ!」
「何、感じてんだよ。スカタン!」
医局へ戻ると、内線が鳴っていた。
「もしもし?」
「品川です。いけました」
「いけました?」
「さっきの話です」
「バイト?」
「来週からさっそく」
「え?いいの?」
「副院長先生も同意を」
あんだけ反対していた副院長が納得・・?
「品川さん・・ですか。ど、どうもありがとう」
「今後も何かあれば」
「え、ええ」
彼・・タダモノではない。<感受性>の低下した副院長の<抵抗性>を改善したのだ。
SU剤みたいに、ムチばかりではダメだな。1つ教わった。
しかし・・。
今(2005年)思うと、これが宿命の始まりだった。
「やあ!フリーエアーはどうだったの?」
神経内科の先生が微笑んだ。
「ちょっとこっちも驚いたよね」
僕は赤面したまま席についた。
「副院長も呆れてたよ」
「でしょうね・・」
「ま。これから気をつければいいんじゃない?」
「はい」
この件になると、僕はもうタジタジだ。
「でも先生。関西はいいよね」
「は?」
「僕の出身の関東はさ。都心にバイトがなかなか見つからなくって」
「そうなんですか」
「郊外なら見つかるんだけどね。でもかなり遠いんだ。3,4時間以上かかるのも当たり前」
「そんなにですか・・」
「関西はいいよね。交通の便が行き届いていて」
「大阪の街は、ブレードランナーですから」
「何?ブレードランナーって?」
関東の人間は単純に反応する。
「街、廃墟や人種があふれかえった街なんです」
「へえ?そうなの」
「ちょっと変わったところでして」
「君も変わってるじゃん」
「はあ・・」
外来へ呼ばれた。定期の受診で来た患者。50代女性。高血圧と糖尿病。
「口がいやしいて、いけませぬわい」
かなり太って小柄な女性は、ニヤニヤしながら呟いた。
「今日の血糖は320mg/dlか・・食事してないんですよね」
「ああ。してないよ。だってこの前そうしろって・・」
「でもコーヒーは飲んできたとか?」
「ああ!それは飲んだ」
「砂糖入り?」
「ああ」
「・・・先月のHbA1cは8.5%・・・前回が8.2%だから・・だんだん悪くなってる」
「ありゃりゃ!」
「食事を制限するか、今の薬を増やすかですね・・」
「インシュリンは絶対せんぞ!」
彼女は一瞬、食ってかかった。
「今の薬がベイスン・・オイグルコン(SU剤)か」
SU剤は肥満を助長することもあるが、けっこう食べる人でもあるし真偽のほどは分からない。
SU剤はインスリンを放出する膵臓にムチを叩いて、インスリンを無理に出させる。税金をどんどん増やす、この国みたいだ。国民同様、膵臓も疲れてくる。この出すぎたインスリンが糖をその分体内に取り込ませるため、当然体は太ってくる。まあ血糖が下がってくるならいいのだが・・。
この人は下がってない。肥満を促進するだけのようだ。
「オイグルコンはやめて、アクトスにします」
「それ何?」
「インスリン抵抗性改善薬」
「はあはあ」
糖尿病の1割はインスリンが膵臓から出ないタイプ<1型>だが、残り9割の<2型>が外来受診の大半を占める。
<2型>の特徴は2つで、
?インスリン抵抗性;インスリンの作用する相手の臓器(肝臓や筋肉)で受け取りがうまくいかない(感受性の低下)→膵臓がインスリンを過剰に分泌(高インスリン血症)→膵臓(β細胞)が疲れる→その結果として・・
?インスリン分泌不全を引き起こす。つまりインスリンが足りないので血糖が上がる。
前者の<インスリン抵抗性>を改善するための薬・・が、先ほどのアクトスだ。
「じゃ、そういうことで。足や顔が腫れるようなら(約7%の確率)受診を。次回は肝臓の血液検査を」
言い残し、外来をあとにした。以前販売されていたインスリン抵抗性改善剤、<ノスカール>の販売が中止になった後でもあり、大変気を使う。
メガネ事務長が廊下で待っていた。
「ちわ!お疲れ様です!」
彼の横に、僕と同年代くらいの男性が立っている。
潔癖症かと思うくらい、見事な着こなしだ。
「ユウキ先生。新しい事務員です」
「はい?あ、こりゃどうも」
「品川といいます。よろしくお願いします」
僕らは握手した。
「じゃ・・」
僕は病棟へ歩いていったが、品川氏は後ろから追いかけてきた。
「ユウキ先生!」
「は、はい?」
「救急病院でアルバイトを?」
「ま、まだ許可は出てませんけど」
「救急病院から電話がありまして。赤井先生という・・」
「な、何かおっしゃってました?」
「副院長にお会いしたいと」
「ま、無理でしょうね・・」
「私がなんとかしましょうか?」
「え?」
こんな若い衆に、そんな役は無理だろうに・・。
「私が副院長と話してみます」
「マジ?でも・・」
彼は少し微笑んで、事務室へ戻っていった。
病棟へ続く階段では・・外来の若いナースが立って、男どもと話をしている。男ども・・MR、卸の業者たち。事務員も何人か混じる。
ナースはいっそう痩せており、あらん限りの若さとフェロモンを振りまいていた。
「あの・・通してくれる?」
口説きに夢中だった男達はやっと我に返り、道を開けた。
後ろに視線を感じ、サッと振り向いた。
MRの男が1人、こっちを指差している。何か陰口でも言ってるんだろう。MRは指をサッと引っ込めた。
「あ・・ああ!」
「何、感じてんだよ。スカタン!」
医局へ戻ると、内線が鳴っていた。
「もしもし?」
「品川です。いけました」
「いけました?」
「さっきの話です」
「バイト?」
「来週からさっそく」
「え?いいの?」
「副院長先生も同意を」
あんだけ反対していた副院長が納得・・?
「品川さん・・ですか。ど、どうもありがとう」
「今後も何かあれば」
「え、ええ」
彼・・タダモノではない。<感受性>の低下した副院長の<抵抗性>を改善したのだ。
SU剤みたいに、ムチばかりではダメだな。1つ教わった。
しかし・・。
今(2005年)思うと、これが宿命の始まりだった。
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