プライベート・ナイやん 2-19 エゴ
2005年4月4日 彗星のごとくやってきた事務員のおかげもあって、僕は救急病院のアルバイトにようやくありつけた。
バイトを数日後に控え、ちょっぴり予習中。今までの知識の確認のため、本を読む。
内科認定医の資格を取るため勉強していたが、肝心の<症例>が少ない。これまでの病歴要約がある程度充実してないと試験は受けられないのだ。ひとおおりの疾患を経験してないと無理、ということだが・・。
どうしても「血液疾患」が足りない。貧血が合併した疾患はいろいろ受け持ったが、血液病名が主体の疾患は・・だいいち呼吸器・循環器科には回ってこない。
というわけで、試験は断念することにした。
気が楽になり、純粋な勉強をする自由が与えられたわけだ。
だが・・・。
何を勉強したらいいのか。今さら教科書を1からというのも何だし。現場で学ぶものだと思うし。だが予備知識がないと・・。
試行錯誤しながら、数ページ目を通した。
「勉強してる。一体どうしたの?」
神経内科の高橋先生がまたからかってきた。
「ねね、どうして?」
「バイトに行けるようになったもんで」
「へえ、そうなの」
「その予習をば、と」
「そんなさ、下手な小細工しないでいいじゃん!」
あのなあ・・。
「ボロは隠しても、絶対バレるもんだって!」
「そ、そういうわけでは・・」
「物好きだね。先生。別にいいけど」
「技術も欲しいし・・」
「それって、僕らへのあてつけ?」
「いえ!そんなわけじゃ!」
「僕らさ、けっこうこういう生活が楽で嬉しいわけ」
「・・・」
「お金もそこそこ入ってさ。夜勤もストレスもないし。無責任でいられるじゃん」
「・・・」
「大学医局に感謝っていうのはソコなんだよね」
大学医局に感謝か・・。確かに大学医局は医局員を守ってくれる。言い分も聞いてくれる。既婚者も優遇してくれる。
内線が鳴った。
「ユウキです」
「品川です!」
「あ!この間はどうも・・」
「名誉教授の息子さんから」
「ああ!はい!」
思わずかしこまった。
「ユウキ先生だね?」
院長の声だ。
「今、いいかね?」
あれから2週間経つ。返事を聞いてもおかしくはない。
「い、院長先生・・」
「救急病院にバイトに行くんだって?」
「ええ。決まりました」
「決まった?君の大学医局の人事も確かめずにか?」
「人事とは・・?」
「君の大学の医局の教授にも相談したが・・ま、君がうちの病院に勤務するのは許可する、ということだ」
何を言ってるんだ、この人?
「院長先生。自分は先生の病院には・・」
「君が決めるんじゃない。大学が決めたんだ」
「決まったって、そんな・・」
「ええい!もうしつこい!」
彼は怒鳴り散らした。
「文句があるのか?そうか。なら医局に言うがいい!」
「そ、そうですね・・」
「上司のせっかくの配慮を、君は踏みにじるのか?自分のエゴを通すのが大事か?」
「そ、そん」
「何様だと?こら、おい!」
これではヤクザだ。
「院長先生・・」
「大学に言うのは好きにしろ。だが自分の立場がますます不利になるだけだ。そんなことはするな!」
「・・・」
「まあ、私も言い過ぎのところはある。だがこういった事情は、君1人の都合では決められんのだ。冷静にな!」
「・・・」
「うちの場合、生活はまず問題ないぞ。おそらく年1200万は固いだろう。余裕を持った生活があってこそ、ゆったり物事を考えられるんだ!」
電話を切っても、ウツの傾向が続いた。
「失礼します」
医局に品川氏が入ってきた。
「今・・いいですか。誰もおられないので」
「ええ」
彼は僕の横に腰掛けた。
「先生の医局は、私も知ってまして」
「え?」
「優秀な先生がいましたよね。数年前・・」
「野中?」
「いえ。そんな名前では・・」
「まあいいや。ちょっと今は大学の話は・・」
「名誉教授の息子さんの病院ね。私も知ってます。内容もだいたい予想はつきます」
彼は余裕の表情だった。何もかも知ってるような顔だ。
「後継者問題ですよ。ユウキ先生」
「後継者・・そうだな。そうなるんだよな」
「おいしい話ではあります。でも、そういった話は絶対、トゲがあるもんです」
「でしょうね」
「詳しい事情は話せませんが・・・」
「でもなあ。大学には逆らえないし」
「断ればいいんですよ」
「こ、断る?」
「ええ。先生は人が良すぎます」
「僕が?」
「ビシッと断言すれば、向こうは何も言いませんよ」
なんか、自信がわいてきた。この男には、不思議な力がある。
「いつ電話しようかな・・」
「ユウキ先生。今ですよ!今!」
「今日は駄菓子屋に寄って」
「さあ!これで!」
彼は受話器を外し、ゼロ発信を押した。
「品川・・さんだよね。なんでそこまで?」
「ま、時期が来たらまた言いますよ」
「?」
僕は大学医局へ電話した。
「じゃ、私はこれで・・」
事務員は引き上げた。
「あ?もしもし!秘書さん。暑くなるね、これから・・・医局長、いる?」
『お待ちください・・』
「・・・」
『やあ。先生。この前教えてもらった道・・あれはちょっとヒドいんじゃないか?』
「先生。名誉教授の息子さんの病院の件・・」
『ふむふむ!かけなおす!』
いきなり電話が切られ・・・また鳴ってきた。今度は僕の携帯だ。
「もしもし」
「ふむ、で?」
「先生。無理です」
「でももう、人事は決まったんだよ」
「僕は希望はしてませんし」
「とりあえず、だよ。勤務して不服ならまた相談・・」
「先生。近くで救急のバイトに行くんです。いきなり個人病院勤務は・・」
「どうして?そこにも救急は来るよ」
「そ、そういう問題ではなくて」
「君がそうやってわがまま通すことで、また他の医局員に迷惑がかかるんだよ」
「なっ・・」
「医局も君を評価してるし」
ウソつけ。
「医局長・・」
「何だ?用はそれだけ?」
「行けません」
「ちゃんと理由があるのなら別だよ。だが、君の言い分では十分な理由にはならん。異動の時期はまた知らせる!」
電話は切られた。
「ダメか・・」
自分にまだ自信も持てていないのに、いきなり個人病院の後継者の準備か。
だがどういった病院なのか・・自分で暴く権利はある。
だがどうやって・・?情報を集める?大学の医局員らは疎遠だし、インターネットは自分、やってないし。
1時間以上悩んだ。
ポクポクポクポク・・・
一休さんの如く、瞑想の時間は続く・・・。
ポクポクポクポク・・・
外はやがて暗くなっていく。
ポクポクポ・・チ−ン!
僕は目を見開いた。
ポン!
『一休!』『一休!』『一休!』
『は〜い。あわてないあわてない。一休み、一休み・・・』
<CM>
バイトを数日後に控え、ちょっぴり予習中。今までの知識の確認のため、本を読む。
内科認定医の資格を取るため勉強していたが、肝心の<症例>が少ない。これまでの病歴要約がある程度充実してないと試験は受けられないのだ。ひとおおりの疾患を経験してないと無理、ということだが・・。
どうしても「血液疾患」が足りない。貧血が合併した疾患はいろいろ受け持ったが、血液病名が主体の疾患は・・だいいち呼吸器・循環器科には回ってこない。
というわけで、試験は断念することにした。
気が楽になり、純粋な勉強をする自由が与えられたわけだ。
だが・・・。
何を勉強したらいいのか。今さら教科書を1からというのも何だし。現場で学ぶものだと思うし。だが予備知識がないと・・。
試行錯誤しながら、数ページ目を通した。
「勉強してる。一体どうしたの?」
神経内科の高橋先生がまたからかってきた。
「ねね、どうして?」
「バイトに行けるようになったもんで」
「へえ、そうなの」
「その予習をば、と」
「そんなさ、下手な小細工しないでいいじゃん!」
あのなあ・・。
「ボロは隠しても、絶対バレるもんだって!」
「そ、そういうわけでは・・」
「物好きだね。先生。別にいいけど」
「技術も欲しいし・・」
「それって、僕らへのあてつけ?」
「いえ!そんなわけじゃ!」
「僕らさ、けっこうこういう生活が楽で嬉しいわけ」
「・・・」
「お金もそこそこ入ってさ。夜勤もストレスもないし。無責任でいられるじゃん」
「・・・」
「大学医局に感謝っていうのはソコなんだよね」
大学医局に感謝か・・。確かに大学医局は医局員を守ってくれる。言い分も聞いてくれる。既婚者も優遇してくれる。
内線が鳴った。
「ユウキです」
「品川です!」
「あ!この間はどうも・・」
「名誉教授の息子さんから」
「ああ!はい!」
思わずかしこまった。
「ユウキ先生だね?」
院長の声だ。
「今、いいかね?」
あれから2週間経つ。返事を聞いてもおかしくはない。
「い、院長先生・・」
「救急病院にバイトに行くんだって?」
「ええ。決まりました」
「決まった?君の大学医局の人事も確かめずにか?」
「人事とは・・?」
「君の大学の医局の教授にも相談したが・・ま、君がうちの病院に勤務するのは許可する、ということだ」
何を言ってるんだ、この人?
「院長先生。自分は先生の病院には・・」
「君が決めるんじゃない。大学が決めたんだ」
「決まったって、そんな・・」
「ええい!もうしつこい!」
彼は怒鳴り散らした。
「文句があるのか?そうか。なら医局に言うがいい!」
「そ、そうですね・・」
「上司のせっかくの配慮を、君は踏みにじるのか?自分のエゴを通すのが大事か?」
「そ、そん」
「何様だと?こら、おい!」
これではヤクザだ。
「院長先生・・」
「大学に言うのは好きにしろ。だが自分の立場がますます不利になるだけだ。そんなことはするな!」
「・・・」
「まあ、私も言い過ぎのところはある。だがこういった事情は、君1人の都合では決められんのだ。冷静にな!」
「・・・」
「うちの場合、生活はまず問題ないぞ。おそらく年1200万は固いだろう。余裕を持った生活があってこそ、ゆったり物事を考えられるんだ!」
電話を切っても、ウツの傾向が続いた。
「失礼します」
医局に品川氏が入ってきた。
「今・・いいですか。誰もおられないので」
「ええ」
彼は僕の横に腰掛けた。
「先生の医局は、私も知ってまして」
「え?」
「優秀な先生がいましたよね。数年前・・」
「野中?」
「いえ。そんな名前では・・」
「まあいいや。ちょっと今は大学の話は・・」
「名誉教授の息子さんの病院ね。私も知ってます。内容もだいたい予想はつきます」
彼は余裕の表情だった。何もかも知ってるような顔だ。
「後継者問題ですよ。ユウキ先生」
「後継者・・そうだな。そうなるんだよな」
「おいしい話ではあります。でも、そういった話は絶対、トゲがあるもんです」
「でしょうね」
「詳しい事情は話せませんが・・・」
「でもなあ。大学には逆らえないし」
「断ればいいんですよ」
「こ、断る?」
「ええ。先生は人が良すぎます」
「僕が?」
「ビシッと断言すれば、向こうは何も言いませんよ」
なんか、自信がわいてきた。この男には、不思議な力がある。
「いつ電話しようかな・・」
「ユウキ先生。今ですよ!今!」
「今日は駄菓子屋に寄って」
「さあ!これで!」
彼は受話器を外し、ゼロ発信を押した。
「品川・・さんだよね。なんでそこまで?」
「ま、時期が来たらまた言いますよ」
「?」
僕は大学医局へ電話した。
「じゃ、私はこれで・・」
事務員は引き上げた。
「あ?もしもし!秘書さん。暑くなるね、これから・・・医局長、いる?」
『お待ちください・・』
「・・・」
『やあ。先生。この前教えてもらった道・・あれはちょっとヒドいんじゃないか?』
「先生。名誉教授の息子さんの病院の件・・」
『ふむふむ!かけなおす!』
いきなり電話が切られ・・・また鳴ってきた。今度は僕の携帯だ。
「もしもし」
「ふむ、で?」
「先生。無理です」
「でももう、人事は決まったんだよ」
「僕は希望はしてませんし」
「とりあえず、だよ。勤務して不服ならまた相談・・」
「先生。近くで救急のバイトに行くんです。いきなり個人病院勤務は・・」
「どうして?そこにも救急は来るよ」
「そ、そういう問題ではなくて」
「君がそうやってわがまま通すことで、また他の医局員に迷惑がかかるんだよ」
「なっ・・」
「医局も君を評価してるし」
ウソつけ。
「医局長・・」
「何だ?用はそれだけ?」
「行けません」
「ちゃんと理由があるのなら別だよ。だが、君の言い分では十分な理由にはならん。異動の時期はまた知らせる!」
電話は切られた。
「ダメか・・」
自分にまだ自信も持てていないのに、いきなり個人病院の後継者の準備か。
だがどういった病院なのか・・自分で暴く権利はある。
だがどうやって・・?情報を集める?大学の医局員らは疎遠だし、インターネットは自分、やってないし。
1時間以上悩んだ。
ポクポクポクポク・・・
一休さんの如く、瞑想の時間は続く・・・。
ポクポクポクポク・・・
外はやがて暗くなっていく。
ポクポクポ・・チ−ン!
僕は目を見開いた。
ポン!
『一休!』『一休!』『一休!』
『は〜い。あわてないあわてない。一休み、一休み・・・』
<CM>
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