プライベート・ナイやん 2-20 潜入捜査(アンダーカバー)
2005年4月5日大学医局の人事は相変わらず一方的だが、自分は納得できてなかった。まあ納得する人事自体、存在しないわけだが。しょせん、人事(じんじ)は人事(ひとごと)なのだから。
ただ、実際に評判が良くて希望が持てるなら、自分をなんとか説得させることもできる。しかし病院の本当の評判なんて、どこで聞いていいものやら・・。
座禅を組んでやっとひらめいた。
僕は再び車を街へ走らせ、名誉教授の息子の病院の近くを通りかかった。玄関前をかすめると、不意にゴージャスな外車に出くわした。
「や、やべ!」
反射的に医者と思い込み、ハンドルがこじれた。少しジグザグしながらも体勢を立て直した。
「見つかりたくないな・・!」
病院の裏通りを回り、ゆっくり徐行。ふと気づき、車を停めた。
「ここにしよう・・」
僕はゆっくり歩いた。休日の昼どき。
「こんにちは」
チリンチリンとドアが開く。店の中には2人ほどの客がイスに座っている。横に1つ空いている。
「どうぞ!」
空いた席に案内された。上着を預け、着席。横の2人の客は常連っぽいオジサンたちだ。
「・・まいど!で、どのように?虎刈り?」
「いや。それだけは・・!」
「なんか・・虎刈りの跡があるようだけど」
「田舎の散髪屋で無理やり・・」
「そうでっか。じゃ、少し控えめで?」
「お願いします」
散髪屋だ。隠れた情報屋。すべての情報の終着駅。
ここでの情報入手を期待した。
テレビでは「いいとも」の総集編をやってる。いかにもだ。
NHKののど自慢も、独特な雰囲気がある。前川清とか歌ってたら最高だ。
「今日は会社、休み?」
老練の職人が話しかけた。頭を熱いタオルで拭き拭き。
「は、はい」
「不景気で、困るね」
「ええ。そうですね」
「結婚は?」
「し、してません」
「親孝行せな、いかんでえ」
なんでこんな話に・・。
洗髪を終え、ハサミでの単調な刈りが始まった。
「す、すみませんが・・」
「ん?」
「さ、最近胃の調子が悪くて」
「そりゃいかんな。来る店、間違えたんちゃうか?わっはは」
「病院へ行こうかと」
「近所に病院・・あるんだろ?」
「さ、最近この近くへ越してきまして」
「ほう?」
じいさんの手が止まった。
「どこに?」
「こ、ここの近く」
「だから、どこ?住所」
「え・・?え、駅の近く」
「はあはあ、そうか。ここからは遠いな。じゃあ駅前の病院へ」
「この近くの病院でしたら、どこか・・」
「この近く?わざわざこの近くでなくても」
「か、帰りに寄りたいと」
「日曜日でっせ。今日は」
横で髪を刈っているおばさんがこちらを向いた。
「ああ、近くのあそこだったら日曜でも診てくれるよ」
「そうですか・・」
「あたしも血圧でかかっててね」
「そうなんですか」
「薬だけもらいに行ってる」
「薬だけ?」
「どうせね。行ってもやることはおんなじ。変わりない?それだけ」
オバサンは冷めていた。
「自宅で血圧を・・?」
僕は要らないことを聞いた。
「ああ、あるよ。昼にいつも測ってる」
「起床後30分と寝る前のほうが・・」
「え?そうなの?」
また要らんことを・・。
話題を変えよう。
「や、やさしい先生なんでしょうか」
「院長先生?あたしゃガキの頃から知ってるよ!」
「へえ・・」
「以前はホント、評判が良かったんだよ」
「へえ・・」
「でもね」
いきなりまた洗髪だ。頭を後ろから押され、お湯が注がれた。
このせいで、聴覚を奪われた。
「・・・ってことが、あって・・・・以来・・・・そりゃもう回りは・・・・ってなくらいで」
待ってくれ・・!全然聞こえんぞ!
「・・・2回も今まで・・・・なわけよ」
洗髪が終わったら、彼女はもう沈黙で仕事していた。
重要なことを聞き逃した。
「びょ、病院の経営も大変なんですかね・・」
するとオバサンはまた振り向いた。
「それがアンタ、けっこう・・・」
また聴覚を奪われた。ドライヤーがブイ−ンと当てられたのだ。
「・・・からどうすんのって・・・・!お医者さんも次から次・・・」
ドライヤーが終わった頃には、彼女はまた単調に仕事に入っていた。
僕のほうはトニックも終わり、仕上げの段階だった。
「ま、最近はどこも苦しいってこっちゃ!」
後ろのじいさんが要約した。
「あんたらが、時代を引っ張っていかんとな!」
「時代を引っ張る・・」
「そうじゃ」
「ですが」
「?」
「引きずられるのはゴメンです」
大した内容も聞きだせず、店を後にした。
しかしニュアンスから大筋は読めたような気がする。
経営が思わしくない。医者が次々と辞めている・・たぶん非常勤の医者なんだろう。
だが、病院ならどこででも聞く話だ。
車に乗ろうとしたら、薬局があった。調剤薬局ではなく、ふつうの薬局だ。
「ごめんください」
「らっしゃい」
「PL顆粒ってありますか?」
もちろん意図的に聞いた。
「PL?PLはここでは出せないよ。病院に行かないと」
「病院・・この近くの?」
「ああ。この近くのそこなら日曜日でもやってる」
「そうですか・・自分はここの者ではないのですが」
「?」
「いい病院なんでしょうか?」
なんて聞き方を・・。
「うーん・・」
薬剤師は少し考えていた。
「なんか、経営が行き詰って・・・探してるようやね」
「は?」
「買い取り先をね」
「買い取り・・」
「でも、どこも買ってくれないみたいだね。そりゃそうだ。訴訟を何件も抱えりゃ」
「訴訟・・」
「あ。ここだけの話だよ!軽い病気なら診てもらってもいいと思うが」
「え、ええ」
「アンタ、新聞読まんのか?」
「ここの人間ではないので」
「説明もせずカテーテル検査したり、不必要な処置とかしたり・・大阪ではけっこう有名だよ」
「マジですか」
「マジ」
それにしても、ペラペラ喋ってくれる薬剤師だな。職務失格だ。
商売敵だからか。
「へえ・・じゃ、後任も見つかりませんね」
「大学に頼んだら、そこは何とかなるみたいだよ」
「・・・」
「次の院長を据えて、管理なんとか?者っていうのにすれば、借金だってうまく転嫁できる」
「恐ろしいですね・・」
「ね!だからPLはやめて、うちのにしたら?」
僕は適当な風邪薬を買った。
だろうな。そういう事だろうと思った。でも商売ガタキって、いろいろ情報持ってるんだな。
明日、大学へ電話しよう。
ただ、実際に評判が良くて希望が持てるなら、自分をなんとか説得させることもできる。しかし病院の本当の評判なんて、どこで聞いていいものやら・・。
座禅を組んでやっとひらめいた。
僕は再び車を街へ走らせ、名誉教授の息子の病院の近くを通りかかった。玄関前をかすめると、不意にゴージャスな外車に出くわした。
「や、やべ!」
反射的に医者と思い込み、ハンドルがこじれた。少しジグザグしながらも体勢を立て直した。
「見つかりたくないな・・!」
病院の裏通りを回り、ゆっくり徐行。ふと気づき、車を停めた。
「ここにしよう・・」
僕はゆっくり歩いた。休日の昼どき。
「こんにちは」
チリンチリンとドアが開く。店の中には2人ほどの客がイスに座っている。横に1つ空いている。
「どうぞ!」
空いた席に案内された。上着を預け、着席。横の2人の客は常連っぽいオジサンたちだ。
「・・まいど!で、どのように?虎刈り?」
「いや。それだけは・・!」
「なんか・・虎刈りの跡があるようだけど」
「田舎の散髪屋で無理やり・・」
「そうでっか。じゃ、少し控えめで?」
「お願いします」
散髪屋だ。隠れた情報屋。すべての情報の終着駅。
ここでの情報入手を期待した。
テレビでは「いいとも」の総集編をやってる。いかにもだ。
NHKののど自慢も、独特な雰囲気がある。前川清とか歌ってたら最高だ。
「今日は会社、休み?」
老練の職人が話しかけた。頭を熱いタオルで拭き拭き。
「は、はい」
「不景気で、困るね」
「ええ。そうですね」
「結婚は?」
「し、してません」
「親孝行せな、いかんでえ」
なんでこんな話に・・。
洗髪を終え、ハサミでの単調な刈りが始まった。
「す、すみませんが・・」
「ん?」
「さ、最近胃の調子が悪くて」
「そりゃいかんな。来る店、間違えたんちゃうか?わっはは」
「病院へ行こうかと」
「近所に病院・・あるんだろ?」
「さ、最近この近くへ越してきまして」
「ほう?」
じいさんの手が止まった。
「どこに?」
「こ、ここの近く」
「だから、どこ?住所」
「え・・?え、駅の近く」
「はあはあ、そうか。ここからは遠いな。じゃあ駅前の病院へ」
「この近くの病院でしたら、どこか・・」
「この近く?わざわざこの近くでなくても」
「か、帰りに寄りたいと」
「日曜日でっせ。今日は」
横で髪を刈っているおばさんがこちらを向いた。
「ああ、近くのあそこだったら日曜でも診てくれるよ」
「そうですか・・」
「あたしも血圧でかかっててね」
「そうなんですか」
「薬だけもらいに行ってる」
「薬だけ?」
「どうせね。行ってもやることはおんなじ。変わりない?それだけ」
オバサンは冷めていた。
「自宅で血圧を・・?」
僕は要らないことを聞いた。
「ああ、あるよ。昼にいつも測ってる」
「起床後30分と寝る前のほうが・・」
「え?そうなの?」
また要らんことを・・。
話題を変えよう。
「や、やさしい先生なんでしょうか」
「院長先生?あたしゃガキの頃から知ってるよ!」
「へえ・・」
「以前はホント、評判が良かったんだよ」
「へえ・・」
「でもね」
いきなりまた洗髪だ。頭を後ろから押され、お湯が注がれた。
このせいで、聴覚を奪われた。
「・・・ってことが、あって・・・・以来・・・・そりゃもう回りは・・・・ってなくらいで」
待ってくれ・・!全然聞こえんぞ!
「・・・2回も今まで・・・・なわけよ」
洗髪が終わったら、彼女はもう沈黙で仕事していた。
重要なことを聞き逃した。
「びょ、病院の経営も大変なんですかね・・」
するとオバサンはまた振り向いた。
「それがアンタ、けっこう・・・」
また聴覚を奪われた。ドライヤーがブイ−ンと当てられたのだ。
「・・・からどうすんのって・・・・!お医者さんも次から次・・・」
ドライヤーが終わった頃には、彼女はまた単調に仕事に入っていた。
僕のほうはトニックも終わり、仕上げの段階だった。
「ま、最近はどこも苦しいってこっちゃ!」
後ろのじいさんが要約した。
「あんたらが、時代を引っ張っていかんとな!」
「時代を引っ張る・・」
「そうじゃ」
「ですが」
「?」
「引きずられるのはゴメンです」
大した内容も聞きだせず、店を後にした。
しかしニュアンスから大筋は読めたような気がする。
経営が思わしくない。医者が次々と辞めている・・たぶん非常勤の医者なんだろう。
だが、病院ならどこででも聞く話だ。
車に乗ろうとしたら、薬局があった。調剤薬局ではなく、ふつうの薬局だ。
「ごめんください」
「らっしゃい」
「PL顆粒ってありますか?」
もちろん意図的に聞いた。
「PL?PLはここでは出せないよ。病院に行かないと」
「病院・・この近くの?」
「ああ。この近くのそこなら日曜日でもやってる」
「そうですか・・自分はここの者ではないのですが」
「?」
「いい病院なんでしょうか?」
なんて聞き方を・・。
「うーん・・」
薬剤師は少し考えていた。
「なんか、経営が行き詰って・・・探してるようやね」
「は?」
「買い取り先をね」
「買い取り・・」
「でも、どこも買ってくれないみたいだね。そりゃそうだ。訴訟を何件も抱えりゃ」
「訴訟・・」
「あ。ここだけの話だよ!軽い病気なら診てもらってもいいと思うが」
「え、ええ」
「アンタ、新聞読まんのか?」
「ここの人間ではないので」
「説明もせずカテーテル検査したり、不必要な処置とかしたり・・大阪ではけっこう有名だよ」
「マジですか」
「マジ」
それにしても、ペラペラ喋ってくれる薬剤師だな。職務失格だ。
商売敵だからか。
「へえ・・じゃ、後任も見つかりませんね」
「大学に頼んだら、そこは何とかなるみたいだよ」
「・・・」
「次の院長を据えて、管理なんとか?者っていうのにすれば、借金だってうまく転嫁できる」
「恐ろしいですね・・」
「ね!だからPLはやめて、うちのにしたら?」
僕は適当な風邪薬を買った。
だろうな。そういう事だろうと思った。でも商売ガタキって、いろいろ情報持ってるんだな。
明日、大学へ電話しよう。
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