「あれ?」

どうやら僕とアパムだけが、とある部屋に入り込んでいる。

「こおら!」
怒声を浴びた。僕らは部屋を出た。

カテーテルの部屋だ。放射線技師の部屋へ逃げる。
ガラス張りの中から皆、カテーテルを観察。
数人は中に入って、なにやら補助をしている。

「お先!」
ヒロスエ似はいつの間にか防護服を羽織り、中に入った。

カテーテルは・・大柄な医者が1人でやってる。さっき怒声を浴びせた人だ。
あの声は以前、赤井先生との面接のときに聞いたな。

透視画面では、前下行枝の造影画面が何度もプレイバックされていた。
7番以降の99% with delay(造影遅延)ってところか・・。閉塞に近い狭窄だ。

「今度のトライでいけるかな?」
観戦中のドクター1人がつぶやいた。
「これまでの2回は、どれも50%までしか改善しなかった。で、再狭窄だ」
「ステントは・・?」
僕は思わず聞いた。
「ステントを入れてもだよ。画面見りゃ、分かるだろ?」
「はい・・」
「血管内皮の細胞・血栓が内側にかなり入り込んでいるんだ。なんせ危険因子が
多い患者なんだよ」

今、ちょうどバルーンで拡張しているとこのようだ。

「さ。そろそろニューデバイスの準備だ」
彼は画面を見てつぶやいた。
「研修医?」
「ユ、ユウキといいます。よろしくお願いします」
「ああ、バイト?」
「はい」
「バイトか・・。きちんとやってくれよ!」
「は、はい」
「あの病変、分かるか?偏心性プラークだ。動脈硬化・血栓が一方の内腔に偏ってる」
「ええ」
「その盛り上がった部分だけ取り出したいよな?」
「そうですね。DCAとかで・・」
「そうだ。今からDCAをやるとこだ」

院長は1人で操作している。インターベンションを1人でできる施設は限られる。

透視画面。冠動脈内の一部分を、カッターの歯が往復、行き来している。
カットされた粥腫(じゅくしゅ)という動脈硬化の<カス>は・・・カッター近くの部分に貯められる。

『ステント用意』
沖田院長のアナウンスがこちらへ流れた。

「ユウキ先生。君のいたところはDCAしたら、そこで終わりか?」
再び彼が問いただした。
「そうですね。そうだったと思います」
「うちでは更にその上に、ステントを追加するんだ」
「臨床試験・・?」
「そうだ。常に新しいことをしなきゃな。循環器は!」

ステントが挿入され、カテは終了した。

ヒロスエ似が入ってきた。
「沖田院長は引き上げられたわ。アパム!お茶準備した?」
「ひっ・・」
「バカ!早く準備してよ!で、ユウキ先生?」
「はい?」
「病棟へ上がってからの指示を!」
「点滴の?」
「そう。へパリンやACT(凝固時間)の?」
「そうよ。主治医は救急で忙しいらしくて」
「ACT・・・これはやはりドクターが?」
「採血でACTを測定するわけでしょ?当然ドクターがするのよ!」
「だ、誰が・・?」

彼女は防護服を脱いだ。下の白衣に、どことなく下着が透けているような・・・。

「何?血でも飛んでる?」
「い、いや!その!採血は誰がするのか・・」
「循環器で決めて」
「循環器でって・・・?」
「相談して確認して」
「僕はまだ、グループの人間自体・・!」

「それは僕が言っておく」
後ろから赤井先生がやってきた。

「ユウキ先生は、晩は介護のほうに回ってもらう」
「介護・・・」
彼女は一瞬けげんな顔をしたが、すぐ思い出したようだ。
「今日の介護当番は、ユウキ先生なのね」
彼女は納得して部屋を出た。

「赤井先生。どうもすみません」
「前にも言ったが。夜の病院内の人手は足りてる」
「・・・」
「みんな、泊り込むしね」
「重症の患者さんが・・」
「いや。いなくても」
「?」
「お互いライバルだから」

そんな理由で?

みんな・・帰ってからすることないのか?

「ま、みな目的があって来てるから」
赤井先生は続けた。
「金でも名誉でもなく・・・」

意味深な言葉を最後に、彼は出て行った。

引き続きレジデントたちが引き上げていく。
「急げ急げ!」
今度は何だ?

ついていくとカンファレンス・ルームだ。
この建物自体が老朽化しているのか・・・壁がすごく汚れている。
まあどうでもいいことなんだろう。

「始めて」
最前列の赤井先生が進行係か。

壇上ではレジデントが自信たっぷりに立っている。
「お願いします」
電気が消された。

『血管炎』
というタイトルのスライドだ。

「血管を大きさで分類しますと、?大型・・大動脈とその分枝、?中・小型・・筋型動脈と表現されます?最小・・つまり末梢の・・細小動脈・毛細血管など。スライドお願いします」

そうか。カンファレンス・・勉強会なんだな。

「具体的には?高安病、側頭動脈炎、?PN、川崎病、?コラーゲン疾患に続発の血管炎。ANCA関連血管炎」
「トピックスですね」
赤井先生がつぶやく。

「では今回はこの<ANCA関連血管炎>について・・・スライドを」

ANCA(アンカ)・・聞いたことはあるが・・。経験ないな。

「ANCAというのは何か。好中球の細胞質の抗原・・・に特異的な抗体。ま、好中球を狙う抗体ってことですね」

つまり<敵>だ。

自分を攻撃する病気は膠原病が浮かぶ。しかしこの血管炎は、内臓のあらゆる血管を攻撃するのだ。

あ(な)んか・・・気になるな。

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