6畳の部屋のど真ん中に、小さなふとん。
部屋の片隅には洗面台、小さな机。
もう1度視線をふとんに戻す。
信じられないが・・こんな小さなふとんで寝ている人間とは一体。
とたん、ふとんがモゾモゾふくらみ動き始めた。
「ふ!ふんぎっ!ふんぎっ!」
いきなり小さな手が2本飛び出し、ふとんが揺り動かされた。
「ふんぎ!ふんぎ!ふんぎ!」
赤ん坊じゃないか・・。
ひたすら泣きちぢる赤ん坊。50センチくらいしかない。
それをどうしろというのだ?
介護の話は聞いてはいたが、まさか赤ん坊とは・・。
そんな経験、ない。
机の上に「育児ノート No. 11」とマジックで書いたノートがある。
そこには1ページ区切り、当直日誌スタイルで細かい情報が書かれていた。
ちなみに昨日は・・
『天気・晴れ。夜7時より頻回に大泣き。咽頭所見は正常。リンパ節腫脹なし』
小児科の診察かよ。いきなり。
『ミルク回数は早朝まで5回。量はそれぞれ、100、120・・・直後に嘔吐あり。嘔吐症?下痢はなし』
飲ませすぎでは?
『風呂では泣かず』
風呂になんて入れれるかよ、スカタン!
だいいち、ミルクの作り方すら分からんのに・・。
近くに「ミルクの作り方」のシートが置いてある。他、「泣き続けるとき」「小児病院問合せ先」などなど・・。
どうやらこれは、あの病院のレジデントたちが結束して作り上げた資料のように思える。
「ふんぎ!ふんぎ!ふんぎ!」
頭の禿げ上がった、いやまだ生えそろっていない頭の赤ん坊は、身動きも十分できないままひたすら手足を
ばたつかせていた。
『泣き続けるとき』のシートを見ると・・。
『以下のものが考えられる。?空腹、?病気・外傷』
これだけ?横には少し説明が。
『空腹・・・ミルク。沖田家では原則として2時間は空けて、1回につき低分子蛋白のミルクを。ミルクの場所は・・』
僕はシートを見ながら台所に立った。
ダメだ。哺乳瓶とミルクの場所が分かっても・・。
『理解不可能なら母親に問い合わせるか、ビデオを』
隅にあるビデオと書いてある箱の中に、さらに「研修医用」とある箱がある。3本あるがいずれもタイトルが書いていない。
嫌な予感だな。当直室にこういったビデオはよく置いてある。たいていAVなんだよな・・。
おそるおそる再生。
後ろでは相変わらず赤ん坊が大泣き。
ずっと聞いてると鬱になりそうだ。
ビデオに映し出されたのは・・この部屋だ。
ビデオカメラからの録画のようで、日付はそう遠くない2ヶ月前のものだ。
カメラは机から映されており、白衣の太った男性がこちらを向いてる。
「レジデントの矢倉です。新任早々ですが、先生方のご依頼でこのビデオを作製しました。これからもずっと、よろしくお願いいたします」
この先生、この前・・辞めたばっかりのドクターだ。2ヶ月の命だったか。
しかしビデオの彼は意気揚々としており、やる気に満ちている。
「台所。ここで、ミルクを作ります。慣れれば簡単。哺乳瓶に、水。あ、水道水はダメ」
日誌をパラパラめくると、週に3度も当番をしていた彼のやつれ具合がわかる。
記録上、彼はどうやら一睡もでてなかったようだ。
この赤ん坊のために。
しかし・・なぜこうも毎日、母親が不在なんだ?夜のバイトか?医者で夜のバイト・・。
ま、どっかの民間病院の寝当直なんだろな。だったらそこまで赤ん坊、連れていけよな。
そこまで言えないか・・。
マニュアル通りにミルクを作り、赤ん坊をおそるおそる抱えた。風船のような軽さだ。
自分が父親になると、これを毎日しないといけないのか?
気が重い。
赤ん坊を膝に乗せ、ゆっくりと哺乳瓶の先を近づけた。
「ふんげ!ふんげ!ふんげ!」
赤ん坊の泣く勢いは増すばかりで、とてもミルクを飲める態勢ではない。
「こうしたときは、そうすれば・・」
マニュアル本を取るため手を伸ばそうとした、そのとき。
赤ん坊が膝から転げ落ちた。
「ああっ!ごごめん!」
おもわず謝った。
2回転して畳に落ちた赤ん坊は一瞬静かになった。
しかし泣きは再びリセットされ、また大泣きが始まった。
「ぎゃあ〜〜〜〜〜ぎゃあ〜〜〜〜〜」
マニュアル本には
『ぎゃあぎゃあの泣き声になると予後不良。徹夜で付き合うべし。ひたすら抱き続けるべし』
僕は悟り、立ち上がって赤ん坊をゆすり続けた。
「ああ、ごめんごめん!」
「ふげ!ふげ!ふぎゃあ!ふげあ!ふげあ!」
耳をつんざく泣き声だ。
友人の医者・ナースでできちゃった婚をした人間は多い。当然、若くしてゴールしている。
しかしこのような生活が待っているのか。自由も何もないな。一瞬の快楽が一生の後悔に・・。
気が重い。
「ふんげ!ふんげ!ふん・・・」
少し泣き止んだようだ。というか、泣き疲れか。
チャンスとばかりに、さきほどの哺乳瓶を近づける。
「ふんふん・・・・ふ!ふ!」
赤ん坊は乳首の部分にしゃぶりついた。それも貪欲に。
「ふひ!ふひ!ふひ!」
どうやら少しずつ飲んでいっているようだ。ビデオの親切な描写も大いに助かった。
ビデオは再生を続けている。
『飲み終わったら、次はゲップ・・』
ポケットの携帯が振動している。コールだ。救急病院からか。
「もしもし。ユウキです」
「外来受付です」
「今コールがあったようで」
「ああ。わし事務当直です。よろしゅう」
「何かあった?」
「弘田先生が、夜間の人を診察中で」
「で?」
「先生に相談があると。変わります」
アパムが外来を診てくれている。有難いというか、心配というか・・!
「せせ、ここ、こんばん、は・・」
「弘田先生。すまないな。今はミルク・・・ところで何?」
「こ、呼吸が苦しいという・・・58歳の男性・・」
「呼吸が?それで・・?」
「血液ガス・・・酸素65mmHg、二酸化炭素85mmHg」
「ムチャクチャ悪いじゃないか?」
「さ、酸素はもう10リットル・・」
「そんな状態で酸素の大量投与?やめてくれよ!」
僕の大声で驚いた赤ん坊は、再び泣き出した。
「ああくそ!せっかくやっと飲み・・」
「ひ・・?」
「他にドクターはいないのか?」
「だだ、だれも・・」
「赤井副院長は、常時何人も待機してるって・・!」
「そ、それが・・」
「どうしよっかな・・弘田先生は挿管はしたことは?」
「い、いや・・・」
そうだよな。だから連絡してきたようなものか。
赤ん坊、泣いてるけど・・。
僕は赤ん坊に問いかけた。
「すまないが、10分。いや、20分・・!」
「ふんぎ!ふんぎ!ふんぎ!」
「どうしても救わないといけない患者が!」
「ふげえ!ふげえ!ふげえ!」
「だから、外出許可を・・!」
「ぎゃあ!ぎゃあ!ぎゃあ!」
ダメだ。とても放っては行けない。
ピンチの連続だ。
落ち着け!落ち着け!ベイビー!
・・・ビーマイベイビービマイベイビーイーマイベイビー!
部屋の片隅には洗面台、小さな机。
もう1度視線をふとんに戻す。
信じられないが・・こんな小さなふとんで寝ている人間とは一体。
とたん、ふとんがモゾモゾふくらみ動き始めた。
「ふ!ふんぎっ!ふんぎっ!」
いきなり小さな手が2本飛び出し、ふとんが揺り動かされた。
「ふんぎ!ふんぎ!ふんぎ!」
赤ん坊じゃないか・・。
ひたすら泣きちぢる赤ん坊。50センチくらいしかない。
それをどうしろというのだ?
介護の話は聞いてはいたが、まさか赤ん坊とは・・。
そんな経験、ない。
机の上に「育児ノート No. 11」とマジックで書いたノートがある。
そこには1ページ区切り、当直日誌スタイルで細かい情報が書かれていた。
ちなみに昨日は・・
『天気・晴れ。夜7時より頻回に大泣き。咽頭所見は正常。リンパ節腫脹なし』
小児科の診察かよ。いきなり。
『ミルク回数は早朝まで5回。量はそれぞれ、100、120・・・直後に嘔吐あり。嘔吐症?下痢はなし』
飲ませすぎでは?
『風呂では泣かず』
風呂になんて入れれるかよ、スカタン!
だいいち、ミルクの作り方すら分からんのに・・。
近くに「ミルクの作り方」のシートが置いてある。他、「泣き続けるとき」「小児病院問合せ先」などなど・・。
どうやらこれは、あの病院のレジデントたちが結束して作り上げた資料のように思える。
「ふんぎ!ふんぎ!ふんぎ!」
頭の禿げ上がった、いやまだ生えそろっていない頭の赤ん坊は、身動きも十分できないままひたすら手足を
ばたつかせていた。
『泣き続けるとき』のシートを見ると・・。
『以下のものが考えられる。?空腹、?病気・外傷』
これだけ?横には少し説明が。
『空腹・・・ミルク。沖田家では原則として2時間は空けて、1回につき低分子蛋白のミルクを。ミルクの場所は・・』
僕はシートを見ながら台所に立った。
ダメだ。哺乳瓶とミルクの場所が分かっても・・。
『理解不可能なら母親に問い合わせるか、ビデオを』
隅にあるビデオと書いてある箱の中に、さらに「研修医用」とある箱がある。3本あるがいずれもタイトルが書いていない。
嫌な予感だな。当直室にこういったビデオはよく置いてある。たいていAVなんだよな・・。
おそるおそる再生。
後ろでは相変わらず赤ん坊が大泣き。
ずっと聞いてると鬱になりそうだ。
ビデオに映し出されたのは・・この部屋だ。
ビデオカメラからの録画のようで、日付はそう遠くない2ヶ月前のものだ。
カメラは机から映されており、白衣の太った男性がこちらを向いてる。
「レジデントの矢倉です。新任早々ですが、先生方のご依頼でこのビデオを作製しました。これからもずっと、よろしくお願いいたします」
この先生、この前・・辞めたばっかりのドクターだ。2ヶ月の命だったか。
しかしビデオの彼は意気揚々としており、やる気に満ちている。
「台所。ここで、ミルクを作ります。慣れれば簡単。哺乳瓶に、水。あ、水道水はダメ」
日誌をパラパラめくると、週に3度も当番をしていた彼のやつれ具合がわかる。
記録上、彼はどうやら一睡もでてなかったようだ。
この赤ん坊のために。
しかし・・なぜこうも毎日、母親が不在なんだ?夜のバイトか?医者で夜のバイト・・。
ま、どっかの民間病院の寝当直なんだろな。だったらそこまで赤ん坊、連れていけよな。
そこまで言えないか・・。
マニュアル通りにミルクを作り、赤ん坊をおそるおそる抱えた。風船のような軽さだ。
自分が父親になると、これを毎日しないといけないのか?
気が重い。
赤ん坊を膝に乗せ、ゆっくりと哺乳瓶の先を近づけた。
「ふんげ!ふんげ!ふんげ!」
赤ん坊の泣く勢いは増すばかりで、とてもミルクを飲める態勢ではない。
「こうしたときは、そうすれば・・」
マニュアル本を取るため手を伸ばそうとした、そのとき。
赤ん坊が膝から転げ落ちた。
「ああっ!ごごめん!」
おもわず謝った。
2回転して畳に落ちた赤ん坊は一瞬静かになった。
しかし泣きは再びリセットされ、また大泣きが始まった。
「ぎゃあ〜〜〜〜〜ぎゃあ〜〜〜〜〜」
マニュアル本には
『ぎゃあぎゃあの泣き声になると予後不良。徹夜で付き合うべし。ひたすら抱き続けるべし』
僕は悟り、立ち上がって赤ん坊をゆすり続けた。
「ああ、ごめんごめん!」
「ふげ!ふげ!ふぎゃあ!ふげあ!ふげあ!」
耳をつんざく泣き声だ。
友人の医者・ナースでできちゃった婚をした人間は多い。当然、若くしてゴールしている。
しかしこのような生活が待っているのか。自由も何もないな。一瞬の快楽が一生の後悔に・・。
気が重い。
「ふんげ!ふんげ!ふん・・・」
少し泣き止んだようだ。というか、泣き疲れか。
チャンスとばかりに、さきほどの哺乳瓶を近づける。
「ふんふん・・・・ふ!ふ!」
赤ん坊は乳首の部分にしゃぶりついた。それも貪欲に。
「ふひ!ふひ!ふひ!」
どうやら少しずつ飲んでいっているようだ。ビデオの親切な描写も大いに助かった。
ビデオは再生を続けている。
『飲み終わったら、次はゲップ・・』
ポケットの携帯が振動している。コールだ。救急病院からか。
「もしもし。ユウキです」
「外来受付です」
「今コールがあったようで」
「ああ。わし事務当直です。よろしゅう」
「何かあった?」
「弘田先生が、夜間の人を診察中で」
「で?」
「先生に相談があると。変わります」
アパムが外来を診てくれている。有難いというか、心配というか・・!
「せせ、ここ、こんばん、は・・」
「弘田先生。すまないな。今はミルク・・・ところで何?」
「こ、呼吸が苦しいという・・・58歳の男性・・」
「呼吸が?それで・・?」
「血液ガス・・・酸素65mmHg、二酸化炭素85mmHg」
「ムチャクチャ悪いじゃないか?」
「さ、酸素はもう10リットル・・」
「そんな状態で酸素の大量投与?やめてくれよ!」
僕の大声で驚いた赤ん坊は、再び泣き出した。
「ああくそ!せっかくやっと飲み・・」
「ひ・・?」
「他にドクターはいないのか?」
「だだ、だれも・・」
「赤井副院長は、常時何人も待機してるって・・!」
「そ、それが・・」
「どうしよっかな・・弘田先生は挿管はしたことは?」
「い、いや・・・」
そうだよな。だから連絡してきたようなものか。
赤ん坊、泣いてるけど・・。
僕は赤ん坊に問いかけた。
「すまないが、10分。いや、20分・・!」
「ふんぎ!ふんぎ!ふんぎ!」
「どうしても救わないといけない患者が!」
「ふげえ!ふげえ!ふげえ!」
「だから、外出許可を・・!」
「ぎゃあ!ぎゃあ!ぎゃあ!」
ダメだ。とても放っては行けない。
ピンチの連続だ。
落ち着け!落ち着け!ベイビー!
・・・ビーマイベイビービマイベイビーイーマイベイビー!
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