誰か・・早く!

(ハモリ→)ここから連れ出して!

「おはようございます」
村の生活に戻り、早朝いつも通り官舎を出る。

行きかう人民は一瞥するだけで、返事はない。

近くの畑でほお冠しているバアサンも、こちらを見ている。
こっちが向くと、そっぽを向く。田舎の人間は分かりやすい。
しかし視線が独特なのだ。無言の圧力とはこのことか。

この間のバイト先の病院の忙しさは一体・・。
まるで別次元の世界へタイムスリップしていたかのようだ。

いろんな収穫があった。赤ん坊にはたまげたが・・。
僕が気に入ったのは、病院全体にみなぎる躍動感だった。
それと・・。

あのヒロスエ似の子だ。年齢は推定26-27歳。のはずだ。
女医の一匹狼、というのはあまり絵にならないが、ルックス次第では
また別の趣だ。

わけのわからんことを考えながら、あっという間に病院の玄関。

「やあ、エア・ジョーダン!」
神経内科の高橋先生は僕をこう呼んでいた。
あのフリーエア騒動があって以来だ。

「高橋先生。それって・・マイケル・ジョーダンの別名ですね」
「そうだよ。面白いでしょ」
「はあ・・・」
「そろそろ医局で大リーグの試合だね」
「?」
「野茂の試合だよ。みんなで見るんだけど」

平和な医局だな・・。

「ま、先生も回診を早いとこ済まして、見に来れば?」
「え、ええ・・」

外来に呼ばれ、1人診察。

「さ、どうぞ!」
静寂にいきなり大きな声。

「ハッスルされてますね、先生」
新人ナースが濃い化粧で現れた。太っていた頃の面影はほとんどない。
後ろにまたヒマな事務員、卸業者を従えている。

「何だ?あんたら」
指摘すると彼らはまた散らばり始めた。
「あ、いいのにぃ」
「患者さんは?」
「トイレです」
「なんで呼んだとたん、トイレに行くんだよ・・?」

彼女の白衣の名札にプリクラが貼ってある。

「流行ってるね。それ」
「そうなの。ミーコ、プリクラ大好き」

何がミーコだよ。スカタン・・。

「横に1人写ってるな。中年のオバサン・・?」
「うん、これお母さん」
「おか・・?」
「お母さんとダイエーで買い物したときに撮ったの」
「あっそ・・」

気がつくと彼女は数センチの距離まで近づいていた。
目も逸らさず近づいてくるので、意識せざるを得ない。

「ふ、ふふ・・」
「ね。今度みんなで撮りましょうよ」
「な、なぬを?」
「みんなでカラオケ行って、プリクラ!」
「みんな?みんなって・・?あいつら?」
「みんないい人たちばかりよ!」

彼女の幼いところは中年男性に魅力だが、あまりの幼稚さにウンザリしていた。

「じゃあ来週ね」
「いきなり?」
「大蔵省は先生!」
「金は俺?」
「そうよ。たくさん貰ってるでしょう?」

後ろに聞き耳を立てている職員が数名。

「そんなに貰ってないって!」
「ウソ!あたしらの4倍はある!」
「知らないよそんなの!」
「お母さんも言ってたしぃ!」
「母さんがどうした!」
「どうして!ケチ!ドケチ!ケチ医者!」

彼女の顔つきが変わってきた。
僕は先日の悪夢を思い出した。

<バカ医者〜!>

あの赤ん坊の将来は、どうなるんだろうか・・。

「おはようごじゃいます!先生!」
「おわっ?」

気がつくと70代女性患者が1人ぽつんと座っている。
この人は話が長いので有名だ。

「お、おはようございます」
「どしたの?先生。デート?アイシュウ・デート?」
「アイシュウ・・ああ、哀愁デートね」

やるな、このバアサン。

「さて。今日はいつもと変わりなし・・?」
「うん。変わったことはこれといってないんじゃが」
「そうですか。ではいつもの薬・・」
「最近頭が痛くてな」

変わったこと、大ありじゃないか・・。

「どのへんが?」
「頭のてっぺん・・左端」
「打ったりは?」
「そんなんせいへん!あたしゃ生まれてこの方、怪我なんかしたことあらへん!」
「そうですか・・」
「空襲の時は大ヤケドしたがな」

してるじゃないか・・。
こんな会話が延々と続く。

誰か助けてくれ・・。

「じゃ、頭の写真を撮りましょうか」
「撮って何が分かるの?」
「出血とか骨折とか」
「ひっひっひ・・・!」
「?」
「ひっひっひ!先生。そんなあんた、悪くなっとったらここまでとても歩いて来れませんがな!」

確かにそうだ・・。

「看護婦さん。頭部2方向X-Pと頭部CT単純で。骨条件も」
新人ナースは硬直した顔で指示を受け取った。

「血液検査はせんでもよろしいのかな?」
バアサンは腕を差し出した。
「え、ええ。じゃ、しましょうか」
「ああ。なんやろか・・わしの予想では片頭痛やな」
「片頭痛はふつう、若い人ですよ」
「いや。わしには分かる」

頑固なバアサンだこと・・。

新人ナースは鬼の面になったまま部屋を出て行った。

卸業者がやってきた。
「ユウキ先生。お疲れ様です」
「なに?」
「彼女、ご機嫌斜めですね」
「片頭痛とか言ってるしね」
「いえ。彼女のほう・・」

ミーコか。

「今しがた、合コンの誘いを断られてしまって・・」
「すまんな。僕が怒らせたからだ」
「たしか先生にも誘いが・・」
「ああ。彼女がカラオケ行きたいとかなんとか」
「先生も残念でしょう?」
「いや別に」
「そ、そうなんですか?私はものすごく・・」
「他の病院でアポを取りなよ」
「いやあ。他の病院のスタッフはもう、見るも無残で・・」

なんだコイツ・・・。

「先生。先生のほうから直接一言・・」
「何だよ。君はナースか?」
「違います」
「ていうか、その言い方が・・」

女とアポを取るのが難しい時代になったものだ。

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