プライベート・ナイやん 3-15 アレストだ!
2005年4月22日彼は僕の真向かいに座った。
「沖田先生。さきほどはお疲れ様でした」
「ウヌ?なにやつ」
「ゆ、ユウキです。さきほど・・」
ボケているのか?
「ああ。貴様か。家族の介護を・・」
やはりボケている。
「赤ん坊の介護は、非常に勉強になる」
「はい」
「なぜか?」
「それは・・」
「思い通りにならんからだよ。わっはは」
彼は豪快に笑い出した。
気がつくと、周囲には誰もいない。
みんな引き上げやがったな。ジェニーもそうか。
「お前らはまだ若くて分からんだろうが・・」
「独身です」
「家族を持つようになるとな。もう自分の意思だけでは行動できんのだ」
「な、なるほど・・」
「それも学ぶことだな」
赤ん坊の面倒とは関係ないような気がするんだが・・。
「ひょっとして山の上病院からか?」
「そ、そうです。僕が・・そうです」
「わしのことは何も聞いとらんか?」
「あ・・・!」
僕は先日の名誉教授の息子の病院を思い出した。
「うちの大学の名誉教授が、先生の名を」
「ああ。あいつか」
「・・・」
「なんと言ってた?」
「そ、その。大丈夫かなあと心配を」
「ほう?」
彼はアゴヒゲをしゃくった。
「あの冷酷でクールな男が・・?人の心配を?」
「え、ええ・・」
適当に言うんじゃなかった・・・。
「わしらは数十年、犬猿の仲だったが・・そうか」
「は、はい」
「なあに。今思えば、つまらんことだ」
僕のポケベルが振動した。しかし、切り出せない。
「あの男とわしは共同である実験をしていた。大学院での話だ」
「ええ・・」
「わしが主体でやって、彼は補佐だった。わしの実験だ」
「はい・・」
「ところが、わしが論文をじっくり暖めているときに・・・奴がそれを」
「盗み発表ですか?」
「そんなとこだ」
院長は天井を見上げタイムスリップ状態だった。
またポケベルだ。話題を変えないと・・。
「そ、そうですね」
「うむ?」
「名誉教授は在宅酸素(HOT)をしておられるようでして」
「そうか。肺気腫か何かか」
「で、思ったのですが・・・クールな先生がHOTとは、似合わないと」
「むう?クールが・・ホット?」
「・・・・」
「うわははははは!」
彼は腹を抱えて笑い始めた。
よほど日常がつまらないのだろう。一般に、ドクターたちの笑いの閾値は、低い。
病棟に入ると、チビ小森がいた。髪を後ろでくくっている。働き者の母さん、といった感じか。
「あ、さっきはありがと」
「さっき、ジェニーって言ってただろ?」
「え?ジェニー・・ああはい。ジェニーが何か?」
「いや、その。名前。ホントの名前は・・」
「あ。教えていいのかな?」
「いいじゃないか。名前くらい」
彼女はデレッとした表情になった。
「あー・・ひょっとして」
「な、なに」
「うそうそ。ところで先生は・・何年目?あたしは2年目」
「ご・・五年目だけど」
彼女は持っていたカルテを落とした。
「す!す!すみませんでしたっ!」
彼女は何度もお辞儀を繰り返した。
「い、いいって・・!」
「すみません!すみません!」
ため口はもう、慣れたって・・。
それ以後、彼女の口調は変わった。
「先生は循環器のほうも詳しいんですね」
「なんかいきなり丁寧語とはなあ・・」
「AS(大動脈弁狭窄症)の方がいまして。逆流も高度」
「苦手だな・・」
「心房細動があって、左心房に血栓がありまして」
おばあさんが寝ている。
「ASの場合、心不全になる前に手術しないとね」
「そうですね。今回は脱力感と痴呆で入院を」
「それって・・進行しすぎて虚血になったんじゃないのかい?」
「虚血?脳のですか?」
「だけじゃなく、全体。手足もあまり動かないっていう訴えが・・って書いてる」
おばあさんはピクリともしない。
「おい。この人、呼吸してるのか?」
「・・・」
彼女は聴診器を当てた。
「そういえば、体の色も悪いです・・」
「脈は触れるかな・・?おい。触れないぞ」
「ということは・・」
心肺停止?
戦慄が走った。
「沖田先生。さきほどはお疲れ様でした」
「ウヌ?なにやつ」
「ゆ、ユウキです。さきほど・・」
ボケているのか?
「ああ。貴様か。家族の介護を・・」
やはりボケている。
「赤ん坊の介護は、非常に勉強になる」
「はい」
「なぜか?」
「それは・・」
「思い通りにならんからだよ。わっはは」
彼は豪快に笑い出した。
気がつくと、周囲には誰もいない。
みんな引き上げやがったな。ジェニーもそうか。
「お前らはまだ若くて分からんだろうが・・」
「独身です」
「家族を持つようになるとな。もう自分の意思だけでは行動できんのだ」
「な、なるほど・・」
「それも学ぶことだな」
赤ん坊の面倒とは関係ないような気がするんだが・・。
「ひょっとして山の上病院からか?」
「そ、そうです。僕が・・そうです」
「わしのことは何も聞いとらんか?」
「あ・・・!」
僕は先日の名誉教授の息子の病院を思い出した。
「うちの大学の名誉教授が、先生の名を」
「ああ。あいつか」
「・・・」
「なんと言ってた?」
「そ、その。大丈夫かなあと心配を」
「ほう?」
彼はアゴヒゲをしゃくった。
「あの冷酷でクールな男が・・?人の心配を?」
「え、ええ・・」
適当に言うんじゃなかった・・・。
「わしらは数十年、犬猿の仲だったが・・そうか」
「は、はい」
「なあに。今思えば、つまらんことだ」
僕のポケベルが振動した。しかし、切り出せない。
「あの男とわしは共同である実験をしていた。大学院での話だ」
「ええ・・」
「わしが主体でやって、彼は補佐だった。わしの実験だ」
「はい・・」
「ところが、わしが論文をじっくり暖めているときに・・・奴がそれを」
「盗み発表ですか?」
「そんなとこだ」
院長は天井を見上げタイムスリップ状態だった。
またポケベルだ。話題を変えないと・・。
「そ、そうですね」
「うむ?」
「名誉教授は在宅酸素(HOT)をしておられるようでして」
「そうか。肺気腫か何かか」
「で、思ったのですが・・・クールな先生がHOTとは、似合わないと」
「むう?クールが・・ホット?」
「・・・・」
「うわははははは!」
彼は腹を抱えて笑い始めた。
よほど日常がつまらないのだろう。一般に、ドクターたちの笑いの閾値は、低い。
病棟に入ると、チビ小森がいた。髪を後ろでくくっている。働き者の母さん、といった感じか。
「あ、さっきはありがと」
「さっき、ジェニーって言ってただろ?」
「え?ジェニー・・ああはい。ジェニーが何か?」
「いや、その。名前。ホントの名前は・・」
「あ。教えていいのかな?」
「いいじゃないか。名前くらい」
彼女はデレッとした表情になった。
「あー・・ひょっとして」
「な、なに」
「うそうそ。ところで先生は・・何年目?あたしは2年目」
「ご・・五年目だけど」
彼女は持っていたカルテを落とした。
「す!す!すみませんでしたっ!」
彼女は何度もお辞儀を繰り返した。
「い、いいって・・!」
「すみません!すみません!」
ため口はもう、慣れたって・・。
それ以後、彼女の口調は変わった。
「先生は循環器のほうも詳しいんですね」
「なんかいきなり丁寧語とはなあ・・」
「AS(大動脈弁狭窄症)の方がいまして。逆流も高度」
「苦手だな・・」
「心房細動があって、左心房に血栓がありまして」
おばあさんが寝ている。
「ASの場合、心不全になる前に手術しないとね」
「そうですね。今回は脱力感と痴呆で入院を」
「それって・・進行しすぎて虚血になったんじゃないのかい?」
「虚血?脳のですか?」
「だけじゃなく、全体。手足もあまり動かないっていう訴えが・・って書いてる」
おばあさんはピクリともしない。
「おい。この人、呼吸してるのか?」
「・・・」
彼女は聴診器を当てた。
「そういえば、体の色も悪いです・・」
「脈は触れるかな・・?おい。触れないぞ」
「ということは・・」
心肺停止?
戦慄が走った。
コメント