プライベート・ナイやん 3-17 バカモン!
2005年4月25日夕方になるに従い僕はブルーだった。またあの家で子守をしなくてはならない。
「先生。さきほどはどうもありがとうございました!」
僕が年上と分かってコロッと態度の変わった子守・・いや、小森先生がペコッとおじぎした。
「あれからまたVTになったりして亡くなりました」
「ああ。あの急変した人・・」
「ASが進行したんでしょうか」
「さあ・・。血栓が飛んだのかも。突然ならどうしても心筋梗塞・不整脈・脳卒中は否定できないしね」
「病理解剖があるので確認してきます」
レジデントの何人かは病理解剖のほうに向かっていった。
僕は夕方、腹部エコーの見学に行った。エコーは午前中なのだが、あまりにも件数が多いために
夕方の4時くらいまでかかっている。朝ごはんを抜いてきた人たちは、夕方まで絶食となるわけだ。
「ユウキ先生・・したことは?」
「ありますが、所見までつけたことは」
「5年目でまだできない?おいおい」
中堅ドクターはプローブを手渡した。
中年男性の、まず肝臓から・・。心か部アプローチで。いちおう直前に予習した。
左葉は・・辺縁はシャープ・・いやdullだ。この時点で慢性肝炎。
カルテを手に取ろうとした。
「ユウキ先生。時間がない!カルテなんか・・!」
「し、しかし。できれば・・」
「1人10分の計算でやってるんだぞ!用意に2分、検査に7分、所見に1分」
「7分で・・ですか」
「そうだ。だからカルテなんか確認する暇はないんだよ!」
右季肋部・・右の肋骨弓に沿ってプローブを当て、えぐるように左葉を確認。
門脈、肝静脈を確認。その間にはSOLは・・見当たらず。
右季肋部走査。胆嚢、右葉の全体像・・。
「おいおい!早く早く!」
「すみません。はい、では大きく息を・・!」
「ユウキ先生!胆嚢は患者さんを左側臥位にして!」
「そそ、そうでした!」
僕は体を抱えようとした。
「患者さんに一声、かけないか!」
「はは、はい」
胆嚢に石はなし・・壁の肥厚もない。
総胆管は・・・
「それはアンタ、門脈!もんみゃく!」
「はは、はい!」
どうやら間違ったか。
そうこうしてるうち、また総胆管を見失った。
「くく・・!」
「総胆管、分かりにくかったら・・門脈探せばええやないか!」
「ええっと・・」
「膵臓はどこ?」
「そ、それは分かります・・ここです」
「膵臓の中を通ってる静脈は何や?」
「脾静脈です」
「なら、それを辿っていけ!それはどうつながってく?」
「た、たしか下腸間膜静脈と合流してそのあと上腸間膜静脈と合流・・」
「今、見えたな。上腸間膜静脈との合流が」
膵臓を頭部よりに辿っていくと・・静脈は膵臓を出て下腸間膜静脈と合流、
さらに上腸間膜静脈と合流。それはやがて総胆管と走行を同じくし、
左右に枝を伸ばして終了する。
「辿りました・・・このすぐ横の脈管ですね」
振り向くと、誰もいない。
中堅ドクターはカーテンの向こうにいる。
「ユウキ先生!終わったらこっちを手伝え!」
「そちらは・・?」
「心臓超音波検査だ!これから食道エコーだ!」
こっちはまだまだ終わってない。
総胆管は拡大してない・・。
次、膵臓に腎臓・・。
「おい!早くしろ!」
カーテンの向こうがうるさい。
別の中堅ドクターが入ってきた。
「おい、お前!」
「はい?」
「救急が来た!手伝え!」
「超音波・・」
「そんなん、放っとけ!」
僕は腕を引っ張られ、救急室へ連れて行かれた。
その部屋はレジデントや患者でごった返していた。
人が入り乱れて、入るところがない。
「CVルート!」
「トロッカー!」
「吸引吸引!」
「モニターこれいけてんのか?」
「写真は?写真!」
「お前!こっち!」
中堅ドクターが搬送直後の患者の横に僕を引っ張った。
口を開けているおばあさん。
だが呼吸は問題ないようだ・・。
「アゴを整復したら、こっちの呼吸不全!」
中堅ドクターは横の患者に取り掛かった。
アゴの整復?
そうか。アゴが外れたのか・・。
しかし、どうやってもとに戻すんだったっけ?
「ど、どうやって戻すのか・・」
「ハア?もしもし?」
「外れたアゴをどのように?」
「素人かお前!白衣着てるから医者だろ?」
「し、したことなくて」
「バカ!患者の前で・・言い方をわきまえろ!」
中堅ドクターはアゴの外れた患者のほうに回り・・
下アゴの奥歯を両親指・残り4指でガッチリ掴んだ。
「いいか研修医!」
「は、はい」
「こう!垂直に下ろして!」
「ええ」
「下ろしたら、そのまま奥へ!」
スポッと下アゴは収まった。
「いたた!」
どうやら患者が指を噛んで離さないらしい。
「ふがが・・」
「たたたた!うわわ!はひ!はひ!」
僕はその医師といっしょに再びアゴをこじ開けた。
指は外れ、幸いアゴも外れなかった。
呼吸不全の患者は高齢男性。背が高くガンコ様で、COPDといった印象。
「研修医!血ガスの結果をきちんと見て!」
「は、はい・・」
「今は酸素カニューラ!1リットル!」
「え、ええ」
落ち着けよ・・!
「血ガスの結果!」
レジデントが僕に持ってきた。
「すごく悪いです!」
「余計なお世話!」
pH 7.203、pCO2 110mmHg , pO2 32mmHg・・。
「確かにムチャクチャ悪い!」
「でしょう?」
レジデントは妙に誇らしそうだった。
「すまないが、僕はこれでも5年目なんだ」
「え?そうだったんですか?す、すみませ・・」
「いやなに。謝って済むもんでもないし」
「ははあ、そうで・・・いいっ?」
「手伝ってくれよ」
「自分は内視鏡の介助が・・」
「介助は他にもいるだろ!」
「は、はいっ!」
上官は、いい・・・!
中堅ドクターがやってきた。
「おお!これはいかんな!呼吸器の準備だ!」
「は、はい!挿管の準備を・・!」
「バカモン!」
へ・・?
「せ、先生。呼吸器つけるんですから・・」
「だから!バカモン!」
「・・・?」
「よく考えろ!バカモン!」
やはり、よく分からない。
「これを見たか!バカモン!」
中堅ドクターが患者の首にあるガーゼをパッと外した。
首の中央に径1センチくらいのボタンのようなものがある。
「これは・・」
「トラキボタンだ!バカモン!」
気管切開した穴を物理的に塞いでいる道具だ・・。
「ここから気管カニューレを入れるぞ!バカモン!」
うるさいな・・!バカモン、バカモンって・・!
さきほどのレジデントがハッと僕を見上げた。
「この先生。たしか医局でジェニーに・・!」
「なに?ジェニーをどうした?」
中堅医者が戸惑った。
「ジェニーにたしか・・」
「だからどうした!ジェニーにこいつが・・何をした!」
ジェニーはみんなのアイドルなのか・・?
「黙ってください」
そ、その声は・・?
「先生。さきほどはどうもありがとうございました!」
僕が年上と分かってコロッと態度の変わった子守・・いや、小森先生がペコッとおじぎした。
「あれからまたVTになったりして亡くなりました」
「ああ。あの急変した人・・」
「ASが進行したんでしょうか」
「さあ・・。血栓が飛んだのかも。突然ならどうしても心筋梗塞・不整脈・脳卒中は否定できないしね」
「病理解剖があるので確認してきます」
レジデントの何人かは病理解剖のほうに向かっていった。
僕は夕方、腹部エコーの見学に行った。エコーは午前中なのだが、あまりにも件数が多いために
夕方の4時くらいまでかかっている。朝ごはんを抜いてきた人たちは、夕方まで絶食となるわけだ。
「ユウキ先生・・したことは?」
「ありますが、所見までつけたことは」
「5年目でまだできない?おいおい」
中堅ドクターはプローブを手渡した。
中年男性の、まず肝臓から・・。心か部アプローチで。いちおう直前に予習した。
左葉は・・辺縁はシャープ・・いやdullだ。この時点で慢性肝炎。
カルテを手に取ろうとした。
「ユウキ先生。時間がない!カルテなんか・・!」
「し、しかし。できれば・・」
「1人10分の計算でやってるんだぞ!用意に2分、検査に7分、所見に1分」
「7分で・・ですか」
「そうだ。だからカルテなんか確認する暇はないんだよ!」
右季肋部・・右の肋骨弓に沿ってプローブを当て、えぐるように左葉を確認。
門脈、肝静脈を確認。その間にはSOLは・・見当たらず。
右季肋部走査。胆嚢、右葉の全体像・・。
「おいおい!早く早く!」
「すみません。はい、では大きく息を・・!」
「ユウキ先生!胆嚢は患者さんを左側臥位にして!」
「そそ、そうでした!」
僕は体を抱えようとした。
「患者さんに一声、かけないか!」
「はは、はい」
胆嚢に石はなし・・壁の肥厚もない。
総胆管は・・・
「それはアンタ、門脈!もんみゃく!」
「はは、はい!」
どうやら間違ったか。
そうこうしてるうち、また総胆管を見失った。
「くく・・!」
「総胆管、分かりにくかったら・・門脈探せばええやないか!」
「ええっと・・」
「膵臓はどこ?」
「そ、それは分かります・・ここです」
「膵臓の中を通ってる静脈は何や?」
「脾静脈です」
「なら、それを辿っていけ!それはどうつながってく?」
「た、たしか下腸間膜静脈と合流してそのあと上腸間膜静脈と合流・・」
「今、見えたな。上腸間膜静脈との合流が」
膵臓を頭部よりに辿っていくと・・静脈は膵臓を出て下腸間膜静脈と合流、
さらに上腸間膜静脈と合流。それはやがて総胆管と走行を同じくし、
左右に枝を伸ばして終了する。
「辿りました・・・このすぐ横の脈管ですね」
振り向くと、誰もいない。
中堅ドクターはカーテンの向こうにいる。
「ユウキ先生!終わったらこっちを手伝え!」
「そちらは・・?」
「心臓超音波検査だ!これから食道エコーだ!」
こっちはまだまだ終わってない。
総胆管は拡大してない・・。
次、膵臓に腎臓・・。
「おい!早くしろ!」
カーテンの向こうがうるさい。
別の中堅ドクターが入ってきた。
「おい、お前!」
「はい?」
「救急が来た!手伝え!」
「超音波・・」
「そんなん、放っとけ!」
僕は腕を引っ張られ、救急室へ連れて行かれた。
その部屋はレジデントや患者でごった返していた。
人が入り乱れて、入るところがない。
「CVルート!」
「トロッカー!」
「吸引吸引!」
「モニターこれいけてんのか?」
「写真は?写真!」
「お前!こっち!」
中堅ドクターが搬送直後の患者の横に僕を引っ張った。
口を開けているおばあさん。
だが呼吸は問題ないようだ・・。
「アゴを整復したら、こっちの呼吸不全!」
中堅ドクターは横の患者に取り掛かった。
アゴの整復?
そうか。アゴが外れたのか・・。
しかし、どうやってもとに戻すんだったっけ?
「ど、どうやって戻すのか・・」
「ハア?もしもし?」
「外れたアゴをどのように?」
「素人かお前!白衣着てるから医者だろ?」
「し、したことなくて」
「バカ!患者の前で・・言い方をわきまえろ!」
中堅ドクターはアゴの外れた患者のほうに回り・・
下アゴの奥歯を両親指・残り4指でガッチリ掴んだ。
「いいか研修医!」
「は、はい」
「こう!垂直に下ろして!」
「ええ」
「下ろしたら、そのまま奥へ!」
スポッと下アゴは収まった。
「いたた!」
どうやら患者が指を噛んで離さないらしい。
「ふがが・・」
「たたたた!うわわ!はひ!はひ!」
僕はその医師といっしょに再びアゴをこじ開けた。
指は外れ、幸いアゴも外れなかった。
呼吸不全の患者は高齢男性。背が高くガンコ様で、COPDといった印象。
「研修医!血ガスの結果をきちんと見て!」
「は、はい・・」
「今は酸素カニューラ!1リットル!」
「え、ええ」
落ち着けよ・・!
「血ガスの結果!」
レジデントが僕に持ってきた。
「すごく悪いです!」
「余計なお世話!」
pH 7.203、pCO2 110mmHg , pO2 32mmHg・・。
「確かにムチャクチャ悪い!」
「でしょう?」
レジデントは妙に誇らしそうだった。
「すまないが、僕はこれでも5年目なんだ」
「え?そうだったんですか?す、すみませ・・」
「いやなに。謝って済むもんでもないし」
「ははあ、そうで・・・いいっ?」
「手伝ってくれよ」
「自分は内視鏡の介助が・・」
「介助は他にもいるだろ!」
「は、はいっ!」
上官は、いい・・・!
中堅ドクターがやってきた。
「おお!これはいかんな!呼吸器の準備だ!」
「は、はい!挿管の準備を・・!」
「バカモン!」
へ・・?
「せ、先生。呼吸器つけるんですから・・」
「だから!バカモン!」
「・・・?」
「よく考えろ!バカモン!」
やはり、よく分からない。
「これを見たか!バカモン!」
中堅ドクターが患者の首にあるガーゼをパッと外した。
首の中央に径1センチくらいのボタンのようなものがある。
「これは・・」
「トラキボタンだ!バカモン!」
気管切開した穴を物理的に塞いでいる道具だ・・。
「ここから気管カニューレを入れるぞ!バカモン!」
うるさいな・・!バカモン、バカモンって・・!
さきほどのレジデントがハッと僕を見上げた。
「この先生。たしか医局でジェニーに・・!」
「なに?ジェニーをどうした?」
中堅医者が戸惑った。
「ジェニーにたしか・・」
「だからどうした!ジェニーにこいつが・・何をした!」
ジェニーはみんなのアイドルなのか・・?
「黙ってください」
そ、その声は・・?
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