休日。
官舎でゆっくりしたいとこだが、田舎の早朝はせわしい。
鳥の鳴き声、行きかう一輪車の音。自転車の急ブレーキ音。
「やれやれ・・っと!」
毛布を蹴飛ばし、着替え。そんな中携帯が鳴る。
「申し送りの終わりってことかよ・・もしもし?」
『詰所です』
「はい。それで?」
『ハマさんのことですけど』
「尿量は?」
『少ないです』
「だから・・・いくら?」
『0時から200ml』
「10時間でそんだけか・・」
トイレで小をしながら電話を継続。
「今は絶食で点滴が8時間毎か・・」
『いつ来られますか?』
「行くって!そんなに急かさんでも」
『ではお待ちしております』
手を拭いて、上着、ズボン。
朝ごはんは買うのを忘れたのでヌキ。自動的に朝昼兼用。
ガラッと戸を開けると、正面の向井さんの家の庭で草むしりしている人たち。
みな視線をわずかにずらしながらもこっちを見ている。
「おはようございます・・」
彼らからの返事もなく、僕は手ぶらで病院へ歩いた。
運悪く、また駄菓子屋のオバサンに出会う。ちょうど店を開けているようだ。
「悪い患者さん、おるの?」
「ま、そこそこ」
「誰が悪いの?」
「誰って・・名前は言えませんよ」
「杉田はん?」
「さあ・・・」
「横道さん?」
「さあ・・・」
「あ、そうなんや!そうなんや!」
「知りませんって!」
オバサンの言う名前は当たっていた。ギクッとした。
「今、すごい焦っとった。図星なんや!」
「答えられません、ってのに!」
「またラーメン、入荷しとるよ」
期限は大丈夫なんだろな・・。
「なんか、取り寄せたいラーメンとかある?」
「そうだな。明星チャルメラどん、とか、メンパッチンがいいな」
今はもうあるはずもない名前だけ出してやった。
オバサンは熱心にメモを取っていた。
「はいはい。おおきに」
僕は駆け足で病院に入った。
ハマさんは未だ酸素吸入中。レントゲンで胸水貯留。利尿剤の反応もいまひとつだ。
尿量はむしろ減少。
「ラシックスの注射を6時間ごとに・・・増量!」
あれこれ指示を出していると、内線が鳴ってきた。
「ユウキ先生。事務から」
「事務?休日なのにか?もしもし」
「もしもし・・」
力なく答えたのは、あの品川くんだった。
「品川くん・・」
「2つ、ご相談が」
「2つもかよ?」
事務室へ降りると、彼は私服で机に座っていた。
「ユウキ先生。実は・・」
「なに?妊娠でも?」
「僕が?」
「いやいや。この前ゲットした新人ナースだよ」
彼は再び肩を落とした。
「先生。鋭すぎる・・」
「うそ?」
「いや。その・・したかもしれないと」
適当に指摘したことが当たっていたようだ・・?
「そうか。品川くん」
「ウソですよ先生」
「なぬ?」
「まだ先日のことですから」
「あのな、人をあまりナメてかかると・・!」
「向こうの母親から電話がありまして」
そうだ。彼女の母親は<りえママ>に匹敵するしつこさという噂だ。
「お前はうっとうしい、やめろ!などと・・」
「結婚して責任取れ、とまでは?」
「ああ。それも言われました」
「おめでとう」
「先生!」
彼は僕にすがってきた。
「しょうがないだろ?品川君が悪いもん」
「どうしたら・・」
「結婚しなよ」
「先生!お助けを」
「僕がどうやって助けろと?あはは」
面白くなってきた。
「ユウキ先生は交渉のプロでしょう?」
「けっこう裏でそう言われてるらしいな」
「でも時々相手をキレさせるから、濁し・エーターとかいう別名もあると」
「うるさい。スカタンどもめ!」
「ユウキ先生。どうか彼女を静めてやって・・」
品川君は涙目だった。
「そうか。じゃ、やってやろう!」
「で、ではいつ?」
「平日に彼女が出勤したらな」
「ありがとうございます!」
「りえママのほうはパスな!」
僕に何か、期待しすぎじゃないか・・・?
「あ!おいおい。もう1点の相談って?」
「相談・・あ!そうだ!」
忘れてたようだから、あまり大事な話じゃないんだろう。
「ユウキ先生あてに昨日の夜、電話がありまして」
「ふむふむ。またマンションの業者か?」
「いや・・」
「なに?」
「それが・・」
彼はメモを見て絶句していた。
「僕の家族に何か?」
「いえ・・・イナカ救急病院から。先生のバイト先の」
「忘れ物でもしたかな?」
「で、伝言がありまして、ここに・・・!」
彼はスローなダッシュで部屋を出た。
「と、トイレ!」
彼は僕にメモを渡した。
「なんだ、あの男・・?ヘタレかよ」
僕はメモを見やった。
地面にヒラヒラと落ちていく、そのメモ・・。
うっかり落としたわけではない。
そのメモにはこう書いてあったのだ。
『 もう来なくていいです 』
ヒュウウ・・・(風)
≪サード 完≫
官舎でゆっくりしたいとこだが、田舎の早朝はせわしい。
鳥の鳴き声、行きかう一輪車の音。自転車の急ブレーキ音。
「やれやれ・・っと!」
毛布を蹴飛ばし、着替え。そんな中携帯が鳴る。
「申し送りの終わりってことかよ・・もしもし?」
『詰所です』
「はい。それで?」
『ハマさんのことですけど』
「尿量は?」
『少ないです』
「だから・・・いくら?」
『0時から200ml』
「10時間でそんだけか・・」
トイレで小をしながら電話を継続。
「今は絶食で点滴が8時間毎か・・」
『いつ来られますか?』
「行くって!そんなに急かさんでも」
『ではお待ちしております』
手を拭いて、上着、ズボン。
朝ごはんは買うのを忘れたのでヌキ。自動的に朝昼兼用。
ガラッと戸を開けると、正面の向井さんの家の庭で草むしりしている人たち。
みな視線をわずかにずらしながらもこっちを見ている。
「おはようございます・・」
彼らからの返事もなく、僕は手ぶらで病院へ歩いた。
運悪く、また駄菓子屋のオバサンに出会う。ちょうど店を開けているようだ。
「悪い患者さん、おるの?」
「ま、そこそこ」
「誰が悪いの?」
「誰って・・名前は言えませんよ」
「杉田はん?」
「さあ・・・」
「横道さん?」
「さあ・・・」
「あ、そうなんや!そうなんや!」
「知りませんって!」
オバサンの言う名前は当たっていた。ギクッとした。
「今、すごい焦っとった。図星なんや!」
「答えられません、ってのに!」
「またラーメン、入荷しとるよ」
期限は大丈夫なんだろな・・。
「なんか、取り寄せたいラーメンとかある?」
「そうだな。明星チャルメラどん、とか、メンパッチンがいいな」
今はもうあるはずもない名前だけ出してやった。
オバサンは熱心にメモを取っていた。
「はいはい。おおきに」
僕は駆け足で病院に入った。
ハマさんは未だ酸素吸入中。レントゲンで胸水貯留。利尿剤の反応もいまひとつだ。
尿量はむしろ減少。
「ラシックスの注射を6時間ごとに・・・増量!」
あれこれ指示を出していると、内線が鳴ってきた。
「ユウキ先生。事務から」
「事務?休日なのにか?もしもし」
「もしもし・・」
力なく答えたのは、あの品川くんだった。
「品川くん・・」
「2つ、ご相談が」
「2つもかよ?」
事務室へ降りると、彼は私服で机に座っていた。
「ユウキ先生。実は・・」
「なに?妊娠でも?」
「僕が?」
「いやいや。この前ゲットした新人ナースだよ」
彼は再び肩を落とした。
「先生。鋭すぎる・・」
「うそ?」
「いや。その・・したかもしれないと」
適当に指摘したことが当たっていたようだ・・?
「そうか。品川くん」
「ウソですよ先生」
「なぬ?」
「まだ先日のことですから」
「あのな、人をあまりナメてかかると・・!」
「向こうの母親から電話がありまして」
そうだ。彼女の母親は<りえママ>に匹敵するしつこさという噂だ。
「お前はうっとうしい、やめろ!などと・・」
「結婚して責任取れ、とまでは?」
「ああ。それも言われました」
「おめでとう」
「先生!」
彼は僕にすがってきた。
「しょうがないだろ?品川君が悪いもん」
「どうしたら・・」
「結婚しなよ」
「先生!お助けを」
「僕がどうやって助けろと?あはは」
面白くなってきた。
「ユウキ先生は交渉のプロでしょう?」
「けっこう裏でそう言われてるらしいな」
「でも時々相手をキレさせるから、濁し・エーターとかいう別名もあると」
「うるさい。スカタンどもめ!」
「ユウキ先生。どうか彼女を静めてやって・・」
品川君は涙目だった。
「そうか。じゃ、やってやろう!」
「で、ではいつ?」
「平日に彼女が出勤したらな」
「ありがとうございます!」
「りえママのほうはパスな!」
僕に何か、期待しすぎじゃないか・・・?
「あ!おいおい。もう1点の相談って?」
「相談・・あ!そうだ!」
忘れてたようだから、あまり大事な話じゃないんだろう。
「ユウキ先生あてに昨日の夜、電話がありまして」
「ふむふむ。またマンションの業者か?」
「いや・・」
「なに?」
「それが・・」
彼はメモを見て絶句していた。
「僕の家族に何か?」
「いえ・・・イナカ救急病院から。先生のバイト先の」
「忘れ物でもしたかな?」
「で、伝言がありまして、ここに・・・!」
彼はスローなダッシュで部屋を出た。
「と、トイレ!」
彼は僕にメモを渡した。
「なんだ、あの男・・?ヘタレかよ」
僕はメモを見やった。
地面にヒラヒラと落ちていく、そのメモ・・。
うっかり落としたわけではない。
そのメモにはこう書いてあったのだ。
『 もう来なくていいです 』
ヒュウウ・・・(風)
≪サード 完≫
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