「ユウキ先生」
品川君がプップー、とでかい外車で現れた。

「うわ?それ何?」
「リースですよ。リース!」
彼は左の窓から顔を乗り出した。
「金持ちなんだな・・!」
「そんなことないっす!でね先生!」
「は?」
「新人ナースの件ですが・・」
「ああ。僕がかけあえばいいんだろ?」
「いえ。親に金、渡しましてね」
「なぬ?」
「それで済みました」

こいつ、何を・・・?

「品川君。いったいいくら・・」
「それは・・まあ」
「金で解決するとはねえ・・」
「金で解決しな・・・ことなど」
「え?なんだって?」
「じゃ!」

車は地を這いつくばりながら、彼方へ消えていった。

官舎に入る前、後ろからチリンチリンと自転車の音がした。

「暑いねえ」
駄菓子屋のおばさんだ。
「スーパーで卵が10円!10個でやで!」
「あ、そう」
「あひとり様1パックまで!」
「ふうん・・」

おばさんの自転車のカゴに何パックもある。

「あ、これかい。レジを何度も往復したんでね」
「こんなに食べれるの?」
「いや。売ろうと思って」
「な・・?」
「だってあんた、うさぎさん!こんな何パックも置いておけないよ!」
「僕は買わないよ!」
「1個・・120円」
「だから買わない!」
「栄養が不足しとろうが!」
「そりゃラーメンばっかりだけど・・!」
「ラーメンにでもそら、1個卵落としたら味が良くなるじゃろ?」

チキンラーメンで、よくやってた。

「じゃ・・」
官舎に入って、いったんため息。ため息をつく癖は良くない。
よくないのは分かってるんだが、30を過ぎていろいろこんな余計な癖が出てくる。

また手紙が来ている。松田先生だ。またリクルートか。

『 大学へ戻られるかもしれないという噂をお聞きしました』

早いな。情報が。

『 ダメもとでいいですので、一度うちの病院へ面接にお越しください。
  今後のコネつくりのためにも。将来は関連病院を目指しています  』

会っておく価値はあるな。大阪では医者に限らず、就職面ではコネがものをいう。
役所・会社はもちろん、医療系でも薬剤師・MRでも親のコネなどの影響がモロ反映する。

だいいち、<○○募集>と広告に出た時点で、それはもうその時点でア〜マ〜リルガ〜
なのだ。

なので、チャンスだと思ったら飛びついておく必要がある。選択の機会が多いほどいいという意味だ。

僕は思い切って彼に電話した。

「もしもし!松田!」
「お・・お久しぶりです」
「え?だれ?もしもーし!」
「ユウキです」
「あ・・!」

無愛想な声がいきなり朗らかになった。

「ユウキ!生きてるか?」
「お久しぶりです。松田先生」
「おーおー!手紙読んだか?」
「ええ。先生の病院、凄いですね」
「あ、もう退職なんだよ」

彼は開業のため退職を控えていた。

「松田先生。ご存知のように、僕は大学へ・・」
「戻るな戻るな!あんなとこ!」
「まあ少しは我慢していこうかとも」
「俺のこの病院に来いって!絶対楽しいから!」
「うーん。医局を辞めるっていうのは、僕には・・」
「そんなの簡単だ!手続きもほとんど要らん」
「一度そちらの病院へ・・」
「おう、そうか!」

数日後、病院ではなくレストランで会う約束に。

留守電が珍しく点灯している。メッセージが1件。

『イナカ救急病院です・・』

横になっていた僕はガバッと飛び起きた。事務員の声だ。

『忘れ物や文献など、先生の分をまた取りに・・』

そうか。そういや何冊か置いてきた。結局2回でクビか・・・。
しかしショックだな。クビって初めてだ。だがせっかく知り合った
人間達の意味は何なんだ・・。

『当院の閉鎖の事情もあり・・』
「なに?」
僕は間近で用件を聞きなおした。

『当院の閉鎖の事情もあり、医局は近々建て替え工事に移ります・・』

閉鎖。

噂は本当だったのか。

あの活気ある病院が閉鎖。患者の出入りも多くスタッフも充実してるのに・・。
いったい何がいけないんだ?みんな、どうするんだろう・・・。

いてもたってもいられなくなり、夜に官舎を出る決意をした。

「夜の9時か・・」
この田舎では就寝時間だ。僕の車もエンジンふかし禁止令が出てはいるものの。
「かまうか!バンバンババン!」
急アクセルで官舎を飛び出し、バイト先医局へ向かった。

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