いつもの病院へ行くと、何か雰囲気が違う。何かが・・。

医局の中。パソコンを叩く音がいつもより静かだ。
みんな病棟に行ったのか、はたまた遅刻なのか。

以前勤務していた消化器ドクターの机のほうから、キーを叩く音が聞こえる。

そうか。新しく1人、来たんだ・・。

すりガラス越しに挨拶した。
「おお、おはようございます・・」
「ん!」
パタンとノートが閉じられる音がし、肥満の男は立ち上がった。

やはりそうだ。僕の大学から送られてきた先生だ。
超音波検査担当で、実験ばかりしてた。

「ユウキ先生!ごぶさた!」
彼は握手を求めた。
「よ、よろしくお願いします・・」
「君の噂はハッハ、山をいくつも越えて大学に来てたぞ!」
「僕の噂・・」
「ま、大学戻ったら・・頑張れよ!」

彼は医局内を見回した。

「ここは最先端の治療をしてるって聞いたがな」
「それは国営時代の話で・・」
「じゃ、今はラクなのか?」
「ヒマですね。けっこう・・・」
「そりゃラッキーだ!で?手取りは?」
「?」
「ここのコストはいくらなんだよ?」

品川くんがやってきた。

「おはようございます。三品先生」
「おはよう!」
三品先生はソファにふんぞりかえった。

「いやあ、大学ではもう実験実験でね!プロフェッサーの荷物持ちやら
ゴーストライターやら・・!」
「確か先生は、博士号を」
品川くんは手を差し出した。

「あるよ。当然」
「素晴らしい」
「ま、あのまま残って講師、助教授とか目指してもよかったんだが・・」
彼は天井をキョロキョロ向いていた。ウソなんだろうな。

「ちょっと民間で働かしてもらおうと思ってな!」
「そこで先生・・」
品川君は彼の横に座り、ヒソヒソ耳打ちした。

「なに?最初の3ヶ月間・・?」
「ええ。原則でして」
「3ヶ月間はお試し期間なのかよ?」
「そういう意味では・・」
「そんなおい、ワイフに何といえばいいんだ?」

なんとなく分かる。病院ではときどきあるケースだが、最初の数ヶ月は
様子見の期間として給料を下げているところもある。問題なくその
期間を過ぎたら常勤の給与が出るという仕組み。というか、それは単なる
ケチだ。

「おいユウキ!新しい女は見つけたか?」
「なにを一体・・?」
僕は慌てた。
「なんかオイ、廻る病院、いたるところで女を食ってるらしいじゃないかオイ!」
「し、したことないです・・」
「いんや!大学でもお前グッチらを・・・」
「知りませんって!」
弁解の下手な僕は赤面し、側の品川君を笑わせた。

「なんだ、ユウキ先生・・・人のこと言っておいて。
彼もソファにふんぞりかえった。
「救急病院でも何かしでかして、それで・・?」
「なんだおいおい?救急病院って、コラ?」
三品先生はタバコを吸いながら興奮していた。

「し、品川くん。ちょっと・・」
僕は手招きして彼を廊下へ誘い出した。

「お前まであんなこと言うな!」
「先生こそやりすぎだ!」
「やってない!」
「やってる!」
「好きな女はいた!でもやってない!」
「じゃあ振られた?」
「そうだ!悪いか!」
「手を出すから!」
「だからしてねえぞ!この!」
僕は彼につかみかかった。

「は、放せ!」
「俺はお前みたいなことしない!」
「ががが、ぐぐ・・」
「いっしょにするな!スカタン!」
僕は手を放し、やっと冷静になった。

「ふ〜・・」
「ユウキ先生。すんません。ちょっと熱くなりましたね・・」
「あまり思い出したくないことも、あるんだよ・・」
「ま。理想が高すぎたんでしょうかね」
「てめえ!」
僕はまた彼につかみかかった。

「バカ!お前ら子供か!」
副院長が部屋から出てきた。
品川君は僕からパッと離れた。
「も、申し訳ありません!彼がちょっと・・」
彼は僕を指差した。

「何?けしかけたのはお前だろ!」
「黙れ!」
副院長は声を荒げた。

「ユウキ!あともう1ヶ月間・・有給でも取れ!」
彼は僕の頭を軽くしばき、病棟へと歩いていった。

「品川くん・・・話は変わるんだが」
「え、ええ・・」
「どこか行こう。喫茶店でも」
「田舎は人目につきますが・・」
「じゃ、そこの会議室へ」

月1回の会議をする会議室へ。

「僕が司会を・・」
僕は壇上に上がった。
「じゃあ、私は最前列で傍聴を」

僕はホワイトボードにマジックで書いた。

「今、すごく悩んでる。<転勤>」
「そういや先生。大学へ戻られるんですね」
「それなんだが。僕は死ぬほどイヤだ」

僕は<転勤>の横に矢印を2つ書いた。
<大学病院>と<別病院>。

「大学人事に一生を捧げることのメリットは・・・いくら自分が無能でも、
生活だけは守ってくれるということだ。あとは研究にうちこんでの昇進」
「ユウキ先生は、そっちのほうは苦手ですもんね」
「うるさい!ほっとけ!で・・・<別病院>。僕は臨床医として生きたいから、
こっちの道を選びたい」
「でも先生・・・・いいですか?」

彼は歩み出て、ホワイトボードにさらに書き足した。矢印だけ。

<大学病院> → <別病院>

「こういう生き方もあるのでは?」
「いったん大学へ行って、腰を据えて考えろと?」
「時期を待つんですよ」
「なんの?」
「ユウキ先生は・・・失礼ですが、今の実力で別病院で働けると自負が?」
「ジフ?」
「自信ですよ」
「そりゃ・・・不安だよ。だからそこで教えてもらってから」
「ユウキ先生。甘いな」

彼は僕を傍聴席へ下がらせた。

なんか舞台劇みたいになってきたな。

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