品川事務員は、ホワイトボードにマジックを押し当てた。
僕は1歩下がって見上げていた。

「大学病院以外の病院事情は、私にお任せを」
「そ、そうだよ。詳しそうだからこうやって相談してるんだ」
「大学人事から離れれば・・ユウキ先生はもう一個人です」
「ふむ・・」
「つまりユウキ先生の実力そのものが、個人の評価になります」
「・・・・・」
「実力がない人間を、ずっと置いておけますか?」
「いつでもクビにできるんだよな」
「そりゃそうです。誰も文句はいいません」
「大学人事なら・・」
「そう。大学医局が黙っておかない。たとえ能無しのペーペーでもね」
「俺の顔見て、言うな!」

しかし参考になる話だ。

「大学の関連病院っていうのは、こうして大学から脅されてるも同じです。なぜか?」
「そりゃ・・」
「そう!大学人事に歯向かえば、その関連病院は冷遇されてしまうからです!」
「大学から守られてる医者は相当いそうだな」
「そう!」
「やっぱ大学にいようかな・・」
「待て!」

彼は青筋を立てながらホワイトボードを叩いた。

「ユウキ先生。もし大学医局から離れるなら・・」
「や、やっぱ不安だよ」
「私が応援しますさかい」
「何、大阪人ぶってんだよ?」
「ユウキ先生は独身ですよね?」
「ああ・・」

僕はタジタジだった。彼のオーラはものすごい。

「大学から離れても、人間関係のほうは・・」
「そうだな。親友って奴はいないな。野中は宿敵だし。悲しい・・」
「さっきの三品先生の話みたいな、女性関係とか・・・結婚前提の」
「ああそれか。川口っていう、本気で好きな子はいたよ。研修医のとき」
「振られたんですね」
「ま。そうなんだろな・・・」
「かわいそうに」
「おいおい?何の話をしてるんだ?」

彼はメモをしだした。

「ユウキ先生。1つ教えてあげようか」
「何、ため口してんだよ?」
「ここの病院も・・・あと1ヶ月も持ちませんよ」
「そうなの?」
「買取りが決まってます」
「へえ?ここも買い取られるの?どうなってんだ一体?」

彼は何もかも知ってそうだったが、口をつぐんだ。

「品川くん。実は1箇所、誘われてるところが・・」
「ほう?どこです?」
「真田病院って知ってる?」
「ええ」
「さすがだな」
「知ってるもなにも・・・・私が面接したところです」
「面接?いつ?」
「ついこの前。再就職先としてね」
「何だよ。品川君も、ここ辞めるのかよ」
「潰れるような病院に、いたくはないしね。あ、でも面接の結果はまだですよ」

僕と彼、場合によっては同じ病院で働くのか・・。
これは偶然なのか、それとも・・・。

それにしても、三品先生はかわいそうだな。
転勤早々、病院が潰れるなんて・・。

僕は品川くんに礼をした。
「ありがとう。さっきは・・」
「え?」
「すまなかった」
「何をおっしゃる。ユウキ先生・・僕らは友達です!」

彼はエリを正して消えていった。
「そうだ・・ユウキ先生!」
「ん?」
「救急病院、あそこも買い取られ・・ご存知ですよね?」
「ああ」
「早期退職がかなり多くて、人手不足らしいですよ」
「お願いしてみようかな。あと一ヶ月間・・」
「私が連絡しておきます。いけるでしょう、多分」
「す、すまん!」

こうして、再び僕はあと1ヶ月間、バイト先に向かうことができた。
しかし理由は・・・学びたいということだけではなかった。
言葉にするなら・・<彼女に会い続けたい>ったからだ。

大学病院に関しては素直に人事に従い、時期をみて医局を去り
新しい民間病院で勤務する方針とした。

ここももう、あと一ヶ月・・・。

コメント

最新の日記 一覧

<<  2025年5月  >>
27282930123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

お気に入り日記の更新

最新のコメント

この日記について

日記内を検索