プライベート・ナイやん 4-9 カリスマ沖田は永遠に!
2005年5月12日「ふんげ!ふんげ!ふんげ!」
特訓以前に、これだ。
僕の脇に挟んでいた荷物がドスンと落ちた。
夜の役回りだ。
赤ん坊の世話。
「オムツくらい替えて行けよな、母親・・・」
母親は雨の中、タクシーに駆け込んでいた。
「どういう家庭を築くのやら・・」
赤ん坊を抱えると、徐々に泣き止んでいった。
「お父さんはやれやれ、どうしてるのか・・」
今日はいろいろと本を持ってきた。これからのシゴキ
に備えての理論武装というヤツだ。
だがいっこうに進まない。赤ん坊のせいでなく、
そこに本があるからという安心感のせいだ。
思えば、小学校の夏休みからこういう事を繰り返している。
追い詰められて初めて頑張れる人間だと思うことにしよう。
母親が最近購入したラックに、赤ん坊を乗せる。
ガイドに従って操作。電源を入れるとラックは前後に揺れ、
赤ん坊はその中で眠る、とある。
電源で<よしよし>ができるのか。母親いらずだな。
確かに赤ん坊はスヤスヤとしているようだ。
僕は本を開き、そのまま・・・
眠りに落ちていった。
数時間後のことであろうか。赤ん坊は静かなのだが・・。
携帯が振動している。
「もしもし・・」
「ユウキ先生。いいですか?」
「誰?」
「レジデントの水木といいます。初対面です」
「そんで?」
「今、病棟にいるんですけど・・先生、当直ですよね」
「うん。だけど・・当直でありながら、この家を任されてる」
「今、病院にいるドクター。僕だけなんです」
「?」
「みんな、就職活動や引越しで帰ってるんですよ」
まさか・・。
「僕もそろそろ失敬します」
「待てよ。僕はどうしたらいいんだ?」
「さあ。それは分かりませんけど」
「まずいって。赤ん坊はほっとけない」
「赤ん坊を連れてこちらに」
「そっちへ連れて行ってもだよ。もし病棟や外来に呼ばれたら
誰が面倒を・・?」
「ナースに頼むとか」
なんだ?これは漫才か?
「ナースは夜中は2〜3人体制なんだろ?」
「2人ですね」
「そんなの頼めるか?」
「付き添いの家族の方にお願いするとか」
「お、おのれは・・・」
「とにかく今から帰りますので!」
プッ、と電話は切れた。
医者不在じゃないか。
仕方ない。母親に電話しよう。今回、連絡先を聞いている。
名刺を見た。
「ダイアナ・・?」
名刺にはそう書いてある。なんで<ダイアナ>なんだ・・?
裏を見ても何も書いてない。
名前の上に、<エレガンス>と書いてある。
これって・・・店の名前か?なんの店?
まあいい。ここへ電話を。
携帯をプッシュ。
『いつもありがとうございます。みなさまのハートをエスコートする、クラブ・エレガンスでございます』
「なに・・・?」
『失礼ですが、会員ナンバーをお願いいたします』
「か、会員・・?」
どうやらヤバイ店なのだろうか・・。
「か、会員・・・会員証は無くしてしまって。そ、それより!」
『ご予約のほうでございますか?ご指名は・・・』
「し、指名・・・ぐぐ」
『お客様?お客様?』
「すまないが、このダイアナさん、に代わってほしいんです」
『お待ちください』
ピラリリラリ〜と保留が鳴る。
なんだ。どういうことなんだ。この人・・・女医じゃなかったのか?
『お待たせしました。お客様』
「客じゃないっちゅううに」
『ダイアナはあいにく、予約が満杯になっておりまして』
「いやその、ダイアナさんに代わって・・」
『当店ではお客さんと女の子の会話は・・』
女の子、だと。笑わせる。
「み、身内なんです」
『身内・・?』
「ええ。緊急の要件で」
『失礼ですが、お客さんのお名前は・・』
「ユウ・・・・い、いや。お・・・・沖田」
彼女の父親の名前を出した。
『沖田様ですね。しばらくお待ちください』
またピラリリラリ〜と保留。
「ふんぎ!ふんぎ!」
赤ん坊が泣き出した。ふと目をやると・・・。
「ああ!」
赤ん坊は後ずさりして、ラックから下半身が飛び出していた。
かろうじて両腕と頭がラックの最後尾に。
「ふげ!ふげ!ふげ!」
今にも落ちそうだ。こっちを見て大泣きしてる。
「おっとと!」
なんとか後ろから抱き込み、カーペットへ降ろした。
『お客様。お待たせいたしました』
「も、もう早くしてくれよ!」
『ダイアナより伝言です。<ダーリン、あとで帰るから待ってて>』
「なあにがダーリンだ!スカタン!なめとんか!」
『・・・?沖田様、ですよね』
「え、ええ」
この店の人間に僕の名は出したくなかった。
「赤ん坊が泣いてて、そ、それで・・」
『は?』
「危ない状態になってる。スグカエレ、と。折り返し家に電話を」
『か・・・かしこまりました。お客様。ただいま丁度サービスゾーンに入りまして、
可能であればそのあと』
「馬鹿者!早く伝えろ!」
『は、はひっ』
2分ほどして<ダイアナ>が出た。
『どしたの?』
「ゆ、ユウキです。子守をしてます」
『コモリ?』
「子守です。赤ん坊を・・」
『え?ええ?うそ?』
「今、赤ん坊を見ているんですが・・・その、病院がもぬけの
殻でして」
僕はカーターよろしくまごついていた。
『仕事中なんやから!なんとかしいや!』
「僕が病院に行かないといかんのです!できれば、その・・・
父親の方にお願いするとか・・・」
失礼だったか。
『父親?』
「こ、この子の父親・・」
『父親なあ。そうやな・・・でも無責任男やで』
「どうして?」
『どっかで遊んでるって』
「そんなあ・・」
『アンタが聞けばいいやない?』
「どうして僕が?面識もないのに!」
『いっつも会ってるやんか!』
はあ・・・?
「は、話がよく見えません・・」
『沖ちゃんに、あんた会えへんの?』
「沖ちゃん・・」
『起きてる?あんた?沖田!』
「お、起きてます・・・」
お、沖田院長がつまり、このダイアナの父ではなく・・・
男・・・?
『あいつ結婚しててな。妾がいっぱいおんねん!』
「め、めかけ・・」
『どいつここいつも、金めやてやねん!くっさいオッサン相手にして』
「く、くっさいおっさん・・」
『あんたも利用されて、大変やわな』
話が見えてきた。
沖田院長はあちこちで作った女や(その女との間にできた)その子供の世話を
僕らレジデントに押し付けていた。たぶんそうだ。
なんて野郎だ・・・。
『ま、沖ちゃんにはわてから言うとくから』
「お、お願いします」
『これ以上待たしたら、客怒るから!』
電話は切れた。
待つこと5分もしないうち、携帯が鳴った。
「もしもし」
『わしだ!』
沖田院長の声だ。
「し、失礼しました先生・・」
『む。よい。もう3分で到着する。タクシーもそこへ呼んである。
今より全速力で急行せよ!』
命令口調は威厳があるな。彼ならパンツ1枚になってもひるまないだろう。
寝ている子供を気にしながら、僕はタクシーに乗り込んだ。
「あのですね・・・」
まずはこの言葉で気を取り直し・・。
「イナカ救急病院!両弦全速で!」
フライホイール、接続・点火!
急げユウキ。病院は君の帰りを待っている!
病院閉鎖まであと27日。あと、27日しかないのだ!
特訓以前に、これだ。
僕の脇に挟んでいた荷物がドスンと落ちた。
夜の役回りだ。
赤ん坊の世話。
「オムツくらい替えて行けよな、母親・・・」
母親は雨の中、タクシーに駆け込んでいた。
「どういう家庭を築くのやら・・」
赤ん坊を抱えると、徐々に泣き止んでいった。
「お父さんはやれやれ、どうしてるのか・・」
今日はいろいろと本を持ってきた。これからのシゴキ
に備えての理論武装というヤツだ。
だがいっこうに進まない。赤ん坊のせいでなく、
そこに本があるからという安心感のせいだ。
思えば、小学校の夏休みからこういう事を繰り返している。
追い詰められて初めて頑張れる人間だと思うことにしよう。
母親が最近購入したラックに、赤ん坊を乗せる。
ガイドに従って操作。電源を入れるとラックは前後に揺れ、
赤ん坊はその中で眠る、とある。
電源で<よしよし>ができるのか。母親いらずだな。
確かに赤ん坊はスヤスヤとしているようだ。
僕は本を開き、そのまま・・・
眠りに落ちていった。
数時間後のことであろうか。赤ん坊は静かなのだが・・。
携帯が振動している。
「もしもし・・」
「ユウキ先生。いいですか?」
「誰?」
「レジデントの水木といいます。初対面です」
「そんで?」
「今、病棟にいるんですけど・・先生、当直ですよね」
「うん。だけど・・当直でありながら、この家を任されてる」
「今、病院にいるドクター。僕だけなんです」
「?」
「みんな、就職活動や引越しで帰ってるんですよ」
まさか・・。
「僕もそろそろ失敬します」
「待てよ。僕はどうしたらいいんだ?」
「さあ。それは分かりませんけど」
「まずいって。赤ん坊はほっとけない」
「赤ん坊を連れてこちらに」
「そっちへ連れて行ってもだよ。もし病棟や外来に呼ばれたら
誰が面倒を・・?」
「ナースに頼むとか」
なんだ?これは漫才か?
「ナースは夜中は2〜3人体制なんだろ?」
「2人ですね」
「そんなの頼めるか?」
「付き添いの家族の方にお願いするとか」
「お、おのれは・・・」
「とにかく今から帰りますので!」
プッ、と電話は切れた。
医者不在じゃないか。
仕方ない。母親に電話しよう。今回、連絡先を聞いている。
名刺を見た。
「ダイアナ・・?」
名刺にはそう書いてある。なんで<ダイアナ>なんだ・・?
裏を見ても何も書いてない。
名前の上に、<エレガンス>と書いてある。
これって・・・店の名前か?なんの店?
まあいい。ここへ電話を。
携帯をプッシュ。
『いつもありがとうございます。みなさまのハートをエスコートする、クラブ・エレガンスでございます』
「なに・・・?」
『失礼ですが、会員ナンバーをお願いいたします』
「か、会員・・?」
どうやらヤバイ店なのだろうか・・。
「か、会員・・・会員証は無くしてしまって。そ、それより!」
『ご予約のほうでございますか?ご指名は・・・』
「し、指名・・・ぐぐ」
『お客様?お客様?』
「すまないが、このダイアナさん、に代わってほしいんです」
『お待ちください』
ピラリリラリ〜と保留が鳴る。
なんだ。どういうことなんだ。この人・・・女医じゃなかったのか?
『お待たせしました。お客様』
「客じゃないっちゅううに」
『ダイアナはあいにく、予約が満杯になっておりまして』
「いやその、ダイアナさんに代わって・・」
『当店ではお客さんと女の子の会話は・・』
女の子、だと。笑わせる。
「み、身内なんです」
『身内・・?』
「ええ。緊急の要件で」
『失礼ですが、お客さんのお名前は・・』
「ユウ・・・・い、いや。お・・・・沖田」
彼女の父親の名前を出した。
『沖田様ですね。しばらくお待ちください』
またピラリリラリ〜と保留。
「ふんぎ!ふんぎ!」
赤ん坊が泣き出した。ふと目をやると・・・。
「ああ!」
赤ん坊は後ずさりして、ラックから下半身が飛び出していた。
かろうじて両腕と頭がラックの最後尾に。
「ふげ!ふげ!ふげ!」
今にも落ちそうだ。こっちを見て大泣きしてる。
「おっとと!」
なんとか後ろから抱き込み、カーペットへ降ろした。
『お客様。お待たせいたしました』
「も、もう早くしてくれよ!」
『ダイアナより伝言です。<ダーリン、あとで帰るから待ってて>』
「なあにがダーリンだ!スカタン!なめとんか!」
『・・・?沖田様、ですよね』
「え、ええ」
この店の人間に僕の名は出したくなかった。
「赤ん坊が泣いてて、そ、それで・・」
『は?』
「危ない状態になってる。スグカエレ、と。折り返し家に電話を」
『か・・・かしこまりました。お客様。ただいま丁度サービスゾーンに入りまして、
可能であればそのあと』
「馬鹿者!早く伝えろ!」
『は、はひっ』
2分ほどして<ダイアナ>が出た。
『どしたの?』
「ゆ、ユウキです。子守をしてます」
『コモリ?』
「子守です。赤ん坊を・・」
『え?ええ?うそ?』
「今、赤ん坊を見ているんですが・・・その、病院がもぬけの
殻でして」
僕はカーターよろしくまごついていた。
『仕事中なんやから!なんとかしいや!』
「僕が病院に行かないといかんのです!できれば、その・・・
父親の方にお願いするとか・・・」
失礼だったか。
『父親?』
「こ、この子の父親・・」
『父親なあ。そうやな・・・でも無責任男やで』
「どうして?」
『どっかで遊んでるって』
「そんなあ・・」
『アンタが聞けばいいやない?』
「どうして僕が?面識もないのに!」
『いっつも会ってるやんか!』
はあ・・・?
「は、話がよく見えません・・」
『沖ちゃんに、あんた会えへんの?』
「沖ちゃん・・」
『起きてる?あんた?沖田!』
「お、起きてます・・・」
お、沖田院長がつまり、このダイアナの父ではなく・・・
男・・・?
『あいつ結婚しててな。妾がいっぱいおんねん!』
「め、めかけ・・」
『どいつここいつも、金めやてやねん!くっさいオッサン相手にして』
「く、くっさいおっさん・・」
『あんたも利用されて、大変やわな』
話が見えてきた。
沖田院長はあちこちで作った女や(その女との間にできた)その子供の世話を
僕らレジデントに押し付けていた。たぶんそうだ。
なんて野郎だ・・・。
『ま、沖ちゃんにはわてから言うとくから』
「お、お願いします」
『これ以上待たしたら、客怒るから!』
電話は切れた。
待つこと5分もしないうち、携帯が鳴った。
「もしもし」
『わしだ!』
沖田院長の声だ。
「し、失礼しました先生・・」
『む。よい。もう3分で到着する。タクシーもそこへ呼んである。
今より全速力で急行せよ!』
命令口調は威厳があるな。彼ならパンツ1枚になってもひるまないだろう。
寝ている子供を気にしながら、僕はタクシーに乗り込んだ。
「あのですね・・・」
まずはこの言葉で気を取り直し・・。
「イナカ救急病院!両弦全速で!」
フライホイール、接続・点火!
急げユウキ。病院は君の帰りを待っている!
病院閉鎖まであと27日。あと、27日しかないのだ!
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