プライベート・ナイやん 4-10 ドクター、凍る
2005年5月13日病院に戻ったはいいが・・・コールの嵐だ。
「病棟です。患者さんが転倒しました」「不眠です。ハルシオンも効果なし」「IVHの刺入部から出血が」
「ルートが取れません」「バルーンを自己抜去。出血してます」「VPCが多数」「挿管チューブ、吸引が当たって
引けません」
「まま・・・待ってくれ!僕は聖徳太子ではない!」
とりあえず、1個ずつ消化することに。改めて病棟ナースに聞く。
「ま、まずその・・・転倒したってのは」
「304の方です。ベッド柵につかまったまま、そのまま転倒」
「何で入院を?」
「脳梗塞、リハビリ中です」
「夜中にリハビリしやがって・・」
頭部はパックリ割れてはいなかったが、血腫となっている。いわゆるタンコブだ。
「頭部CTとレントゲン2方向・・・ほか、打ってるところはないかな、あ、それと家族!」
「夜中に呼ぶんですかあ?」
「あとでトラブルのはイヤだしね」
詰所へ戻る。
「不眠で、何を飲んでも効きません」
「昼寝してるんじゃないの?」
「さあ。それは分かりかねますが」
「あのなあ・・・」
「うちにある眠剤はどれも効かないようです」
「じゃあ無理だな」
「え?うそ?」
「だって。安定剤どれも無理なら・・・そうだな。注射・・アタPならいいか」
アタPを指示。
「それでも眠らなかったら・・?」
「経過観察」
「コールが多い人なので」
「何の用で?」
「さあ」
「ここホントに救急病院か?」
まあICU症候群なるものもある。
「IVH刺入部からの出血の人を・・」
「何か内服でその・・・ないの?出血しやすい薬とか」
「いえ。今日、弘田先生が入れられた方で」
「あいつ・・・!」
「見ていただけますか」
たしかにガーゼが真っ赤、少しずつ染み出している。
「何回も刺したのかな・・」
「2時間くらい奮闘してました」
「レントゲンでは、位置は間違ってないようだな・・さてと。ん?刺入部に大きな
隙間がある。ここからの出血か・・」
「・・・」
「糸ある?ここを閉じよう」
閉じて砂嚢(さのう)で圧迫。
「ルートが取れない人が・・」
「血管が見当たらない?君らナースが無理なら、僕にだってとても・・」
「お願いします」
ガリガリに痩せている中年女性。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
見当たらない。
「・・・・・ぶつぶつ」
「はい?」
つい独り言が出てしまう。
「・・・内くるぶしにコリコリしたのがある。これ・・血管かな?」
「さあ」
「やってみよう」
おそるおそる、エラスター針を・・・
「たたた!」
「ご、ごめん!」
だが逆流があった。
「よし!ここで止め・・!ああ!」
患者は足をブンブン振り上げ、針は抜けてしまった。
「ああ!ちゃんと押さえろよ!」
ナースに当たってしまった。
「困ったな・・・ないな」
「血管、ないでしょう?」
中年女性の患者が首を上げた。
「よう言われまんねん。でも上手な先生なら、すぐに入れまんねん」
「あっそ・・悪かったね」
僕はナースに聞いた。
「この人・・何の点滴を?」
「ケモ(化学療法)中で、始まったばかりです」
「そうか。なら水分は多いほうがいいな・・ここは?」
「手首ですか。痛いと思いますけど」
「すまないが、今日はここで勘弁させてもらおう」
なんとか確実に入ったようだ。
「じゃ、あとは主治医の先生と相談して」
患者に言い残した。当直医の頻出用語だ。
「バルーンの自己抜去で、出血」
男性患者は不穏があり、抑制帯もしてはいたがどうやってかすり抜け、
尿道口に入った管を引き抜いていた。この管の先端は風船になっており
膀胱の中で膨らんでいる(バルーン)ので、無理やり抜くと、当然尿道を
傷つける。
想像しただけで、アソコが痛くなってきた。
「どど、どうしたんですか?先生・・」
「いや・・・出血は止まってるな。アドナを点滴しとこう。
で、明日主治医に連絡して・・」
これも当直用語だ。
「VPCが多発してまして」
「やっと僕の出番だな・・!」
「なんか先生。堂々としてますね」
「ほっとけ!」
モニターで確かにVPCが出ている。2段脈。ふつうの脈とVPCという不整脈が1個
ずつ交互に出ている。別に仲がいいわけではない。
「血圧は正常でSpO2も正常」
「ならいいか、急がんでも。症状は?」
「寝てます。起こしましょうか?」
「せんでいいせんでいい!」
内服をみると・・・やっぱりジギタリスを飲んでる。
「明日、これを中止しよう・・・というか、主治医のドクターに伝えよう」
カルテに小さくアドバイスした。
「先生、内服は朝の7時ですが」
「飲ませるのは保留にしといて」
「主治医を呼びましょうか?」
「よばんでいいよばんでいい!」
「7時前に主治医に電話しましょうか?」
「せんでいいせんでいい!」
こんなんでいちいちコールがあったら、体がもたん・・・!
「ユウキ先生は思いやりがありますね」
「そうか?」
「ふつうバイトで当直する先生っていうのは、すぐに常勤をコールしたりすること多いですよ」
「された人の身になりゃ、わかるよ」
「特にユウキ先生みたいに2年目くらいの医者は」
「・・・僕は5年目だよ」
「うそ?えーっ?」
彼女は目を丸くした。
「5年目なのにまだこんな・・」
「じゃかあしや!」
大きなお世話だ。
「挿管チューブ、吸引チューブが当たるんです」
「奥が詰まりかけてるのかな・・?」
「生食を中に流して、吸引したら出やすいとか」
「するかそんなの!」
「でもそうやってるレジデントいましたよ」
「罰金だそいつは!スカタン!」
気道内圧が高い。空気が送り込みにくいことをあらわす。
「じゃ、入れ替えするか。チューブを」
「こんな夜中に?」
「だ、だって・・」
「先生。今、何時だと思ってるんですか?」
「それはこっちだって・・・!」
「今日はあまりにも多くの指示が出て、病棟業務はキツキツなんです!」
「そりゃ気の毒に・・」
他のナースもやってきた。
「じゃ、僕1人でやろうか!え?」
思わず言葉が出た。
「お願いします」
彼らはクールに散らばった。
「おいおい!待って〜!」
詰所まで追いかけると、レントゲン袋が目に付いた。
この患者の胸部レントゲン・・・
「そうか・・」
僕は病室へ行き、カフエアを抜いて数センチチューブを抜いた。
吸引チューブは抵抗なく入った。
「ふう・・・入れ替えはなし!」
「え?うそ?」
ナースたちは振り向いた。
「痰はふつうに取れてるよ」
「え?どうして?どうして?」
「うーん・・・」
「?」
「申し送りまで、考えるように」
「イヤ!イヤ!教えて!」
ナースの1人は僕を追いかけてきた。
「申し送りで恥をかく!」
ナースは僕に歩み寄った。
「わかったわかった・・・!挿管チューブが入りすぎて、気管分岐部に当たってた!
それだけの話だよ!」
「なんだ。そうか」
「おい!」
「お疲れ様。また呼びますね」
彼女は持ち場に戻った。
知らない間に、外は明るくなっている。
廊下の向こうからガラガラと運ばれてくる食事。
1人ずつ患者が歩いてくる。
「おお・・・おはようございます」
僕は白衣のエリを正した。
「そ、そうだった!帰らなきゃ!」
常勤先に帰るため、支度を急いだ。
「病棟です。患者さんが転倒しました」「不眠です。ハルシオンも効果なし」「IVHの刺入部から出血が」
「ルートが取れません」「バルーンを自己抜去。出血してます」「VPCが多数」「挿管チューブ、吸引が当たって
引けません」
「まま・・・待ってくれ!僕は聖徳太子ではない!」
とりあえず、1個ずつ消化することに。改めて病棟ナースに聞く。
「ま、まずその・・・転倒したってのは」
「304の方です。ベッド柵につかまったまま、そのまま転倒」
「何で入院を?」
「脳梗塞、リハビリ中です」
「夜中にリハビリしやがって・・」
頭部はパックリ割れてはいなかったが、血腫となっている。いわゆるタンコブだ。
「頭部CTとレントゲン2方向・・・ほか、打ってるところはないかな、あ、それと家族!」
「夜中に呼ぶんですかあ?」
「あとでトラブルのはイヤだしね」
詰所へ戻る。
「不眠で、何を飲んでも効きません」
「昼寝してるんじゃないの?」
「さあ。それは分かりかねますが」
「あのなあ・・・」
「うちにある眠剤はどれも効かないようです」
「じゃあ無理だな」
「え?うそ?」
「だって。安定剤どれも無理なら・・・そうだな。注射・・アタPならいいか」
アタPを指示。
「それでも眠らなかったら・・?」
「経過観察」
「コールが多い人なので」
「何の用で?」
「さあ」
「ここホントに救急病院か?」
まあICU症候群なるものもある。
「IVH刺入部からの出血の人を・・」
「何か内服でその・・・ないの?出血しやすい薬とか」
「いえ。今日、弘田先生が入れられた方で」
「あいつ・・・!」
「見ていただけますか」
たしかにガーゼが真っ赤、少しずつ染み出している。
「何回も刺したのかな・・」
「2時間くらい奮闘してました」
「レントゲンでは、位置は間違ってないようだな・・さてと。ん?刺入部に大きな
隙間がある。ここからの出血か・・」
「・・・」
「糸ある?ここを閉じよう」
閉じて砂嚢(さのう)で圧迫。
「ルートが取れない人が・・」
「血管が見当たらない?君らナースが無理なら、僕にだってとても・・」
「お願いします」
ガリガリに痩せている中年女性。
「・・・・・」
「・・・・・」
「・・・・・」
見当たらない。
「・・・・・ぶつぶつ」
「はい?」
つい独り言が出てしまう。
「・・・内くるぶしにコリコリしたのがある。これ・・血管かな?」
「さあ」
「やってみよう」
おそるおそる、エラスター針を・・・
「たたた!」
「ご、ごめん!」
だが逆流があった。
「よし!ここで止め・・!ああ!」
患者は足をブンブン振り上げ、針は抜けてしまった。
「ああ!ちゃんと押さえろよ!」
ナースに当たってしまった。
「困ったな・・・ないな」
「血管、ないでしょう?」
中年女性の患者が首を上げた。
「よう言われまんねん。でも上手な先生なら、すぐに入れまんねん」
「あっそ・・悪かったね」
僕はナースに聞いた。
「この人・・何の点滴を?」
「ケモ(化学療法)中で、始まったばかりです」
「そうか。なら水分は多いほうがいいな・・ここは?」
「手首ですか。痛いと思いますけど」
「すまないが、今日はここで勘弁させてもらおう」
なんとか確実に入ったようだ。
「じゃ、あとは主治医の先生と相談して」
患者に言い残した。当直医の頻出用語だ。
「バルーンの自己抜去で、出血」
男性患者は不穏があり、抑制帯もしてはいたがどうやってかすり抜け、
尿道口に入った管を引き抜いていた。この管の先端は風船になっており
膀胱の中で膨らんでいる(バルーン)ので、無理やり抜くと、当然尿道を
傷つける。
想像しただけで、アソコが痛くなってきた。
「どど、どうしたんですか?先生・・」
「いや・・・出血は止まってるな。アドナを点滴しとこう。
で、明日主治医に連絡して・・」
これも当直用語だ。
「VPCが多発してまして」
「やっと僕の出番だな・・!」
「なんか先生。堂々としてますね」
「ほっとけ!」
モニターで確かにVPCが出ている。2段脈。ふつうの脈とVPCという不整脈が1個
ずつ交互に出ている。別に仲がいいわけではない。
「血圧は正常でSpO2も正常」
「ならいいか、急がんでも。症状は?」
「寝てます。起こしましょうか?」
「せんでいいせんでいい!」
内服をみると・・・やっぱりジギタリスを飲んでる。
「明日、これを中止しよう・・・というか、主治医のドクターに伝えよう」
カルテに小さくアドバイスした。
「先生、内服は朝の7時ですが」
「飲ませるのは保留にしといて」
「主治医を呼びましょうか?」
「よばんでいいよばんでいい!」
「7時前に主治医に電話しましょうか?」
「せんでいいせんでいい!」
こんなんでいちいちコールがあったら、体がもたん・・・!
「ユウキ先生は思いやりがありますね」
「そうか?」
「ふつうバイトで当直する先生っていうのは、すぐに常勤をコールしたりすること多いですよ」
「された人の身になりゃ、わかるよ」
「特にユウキ先生みたいに2年目くらいの医者は」
「・・・僕は5年目だよ」
「うそ?えーっ?」
彼女は目を丸くした。
「5年目なのにまだこんな・・」
「じゃかあしや!」
大きなお世話だ。
「挿管チューブ、吸引チューブが当たるんです」
「奥が詰まりかけてるのかな・・?」
「生食を中に流して、吸引したら出やすいとか」
「するかそんなの!」
「でもそうやってるレジデントいましたよ」
「罰金だそいつは!スカタン!」
気道内圧が高い。空気が送り込みにくいことをあらわす。
「じゃ、入れ替えするか。チューブを」
「こんな夜中に?」
「だ、だって・・」
「先生。今、何時だと思ってるんですか?」
「それはこっちだって・・・!」
「今日はあまりにも多くの指示が出て、病棟業務はキツキツなんです!」
「そりゃ気の毒に・・」
他のナースもやってきた。
「じゃ、僕1人でやろうか!え?」
思わず言葉が出た。
「お願いします」
彼らはクールに散らばった。
「おいおい!待って〜!」
詰所まで追いかけると、レントゲン袋が目に付いた。
この患者の胸部レントゲン・・・
「そうか・・」
僕は病室へ行き、カフエアを抜いて数センチチューブを抜いた。
吸引チューブは抵抗なく入った。
「ふう・・・入れ替えはなし!」
「え?うそ?」
ナースたちは振り向いた。
「痰はふつうに取れてるよ」
「え?どうして?どうして?」
「うーん・・・」
「?」
「申し送りまで、考えるように」
「イヤ!イヤ!教えて!」
ナースの1人は僕を追いかけてきた。
「申し送りで恥をかく!」
ナースは僕に歩み寄った。
「わかったわかった・・・!挿管チューブが入りすぎて、気管分岐部に当たってた!
それだけの話だよ!」
「なんだ。そうか」
「おい!」
「お疲れ様。また呼びますね」
彼女は持ち場に戻った。
知らない間に、外は明るくなっている。
廊下の向こうからガラガラと運ばれてくる食事。
1人ずつ患者が歩いてくる。
「おお・・・おはようございます」
僕は白衣のエリを正した。
「そ、そうだった!帰らなきゃ!」
常勤先に帰るため、支度を急いだ。
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