待合室に入ってきたのは・・・理事長ではなかった。

「よし!採用!なんつって!」
入ってきたのは松田先生だ。大柄でヌボーとしていた先生だが、
どこか生き生きしている。

「よく来たなあ!」
「松田先生。まだここに・・?」
「実質的にはもう仕事してないよ。いやあ、うれしいうれしい!」
彼は凄く嬉しそうだった。

そんなに仲がよかった先生ではないのだが・・・。

「ユウキ。俺が一声かけてるから、採用は間違いないぞ!」
「じ、自分も100%決めたわけでは・・」
「今さら!」

理事長が来られたようだ。みな姿勢を正す。
僕も思わず立ち上がった。

「どうも!」
背の高い黒メガネの、紳士的な男性だ。
「真田です。わざわざどうも」
「こ、こちらこそ」
「うん。要点だけにしよう」
「は、はい」

彼は2人の黒服を下がらせ、向かいのソファに腰掛けた。

「先生は、バブルのあとに就職したグループだね」
「?そ、そうなんですかね」
「平成6-7年頃っていうのは、ちょうどMRの接待が厳しくなった年だ」
「は、はい」
「それまでは僕らもいい思いはしてきたが・・・特に最近はひどいね」
「・・・・・」
「この国がだよ」

テーマの大きい人だ。しかしカリスマ性がある。

「この国はもうダメになってしまった、って何かの映画で言ってたね」
「バトル・ロワイヤル?」
「だったかな?松田くん」
「は、はい・・」

松田先生は怯えたようにタジタジと棒立ちしていた。

「貧乏になり下がってしまったこの国は、今度は国民の首をしめにかかってきた。税金やら医療費の負担増などでね。その背景には、高齢化社会がある」
「はい」
「国はもう、このような老齢化した人間達の面倒をみれるほどの金はない」
「・・・・」
「国は医療の質を見直すことなく、老人へのサービス制度を一見・・・充実させている。介護保険制度やケアマネは国にとってリーズナブルなメソッドだ。だが騙されるな。言葉のマジックさ。こうして国民同士で面倒を見せさせることによって、国の負担を減らしてる。それ以外はナッシング。結局は金なんだよ。ユウキくん」
「・・・・・」
「言ってる意味が分かるか?<介護>という大義のもと、国はアノ手コノ手で自分の負債を減らし、その大義をを国民に背負わせる。<大義>の大好きな平民は、それを受け入れるのだ。不思議とな。大衆心理だ。大学病院もそうかな。だがそれでいいのか?何が変わった?何もよくなってない。形だけだ!誰が楽になった?結局いい思いをするのは・・」
「役人ですね」
「そう。自己の利益を追求する人間だよ。こんな図式でいいのか?一部の人間だけ得をして、その他大部分の国民はのたれ死ぬのか?許せない。私は少なくとも。変える力はあるか?経営者の僕には資金しかない。だがどう使えば?教えて欲しいくらいだ。それを君らから学んでる。ドクター!」

松田先生は終始うなずいてる。

「そういうテーマを持った我々が、こうして病院を各地で立ち上げているのだ!君はそれに適してると判断した!」
言葉の羅列に僕は冷静さを失いつつあった。これは洗脳なのか、いや・・・。
真田氏の言葉は続く。

「私達と一緒にやらないか?あと1人、必要なのだ!それで君が欲しいのだ!名誉教授の話になんか乗るな!
ついてこい!」
「そうだ!俺の代わりに是非とも!」
松田先生が拳を熱く握り締めた。脅迫的な言葉に不安が増長していく。

「大学から離れても大丈夫だ。今後、当院は君の大学と連携を持ち、
関連病院としてのパイプを通す」
「だ、大学を関連病院に・・」
「大学が民間病院を支配する時代は終わったんだよ」
何も知らないなあ、といった表情で真田理事長はより深く腰掛けた。

「かつては君の大学にいた人間達もいる!働きやすいはずだ」
「僕の同年代ではないし・・」
「まあ、後輩かな。彼らは君の指示になら何にでも従うと言ってる」
「どんな奴らかな。会えませんか・・」
「んー・・・。今は病棟が大変でね。近いうち会ってもらおうか」

少し濁された。

「まず、基本給がこれ・・君の場合だ」
ノートに大きく『1400』。

「年俸だ。30代の内科医師ならまずまずの相場だ。当直料金は別」
「こ、こんな・・」
「それと能力給がある。僕はやる気のある人間には惜しまない」
「・・・・・」
「さて。我々もずっと待つわけにはいかない。君以外に何人か面接する予定の
者がいる。なので・・・7日待つ」
「7日・・・」
「選ぶのは君だ。一生イエスマンで流されるか。それもいい。あるいは大海に
出て、自分の羅針盤で新しい大陸を見つけるか・・!これはロマンだ!僕は
君ならそれを選ぶと思ってる!」

僕はオドオドしながら立ち上がった。圧倒されすぎた。

「しし、失礼します」
「殻にこもるなよ。ユウキ先生」
「はい・・」
「品川くんにもよろしくな!」
彼はニヤリと笑い、取り巻きと出て行った。

そうだな。もう1度人生をリセットしてやってみるか・・!

僕の判断能力は冷静さを失った。

病院閉鎖まであと20日。

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