常勤先の病棟。

「なんだ、この字は・・?」
カルテをパラパラとめくると、見たことのない字・・いや、見たことはある。
これは副院長の字だ。

「これ・・どうして?」
汚い字で読めないが、どうやら診察した所見を書いてある。

「え?だって主治医は全部・・」
ナースが平然と答えた。カルテの表紙を見ると、すべて副院長の名前に
代わっていた。
「これ・・なんだよ!」
「カルテです」
「ちゃうわい!僕はまだ3週間残ってる!」
「さあ。それは副院長先生に」
彼らナースは余裕の笑みだ。グルっぽいな。

僕は納得できず、副院長のドアを叩いた。
返事も待たず、入った。

「あの・・・」

正面の机には、副院長が座っている。だが・・いつもと違う。
なにやら熱中している様子だ。息が荒い。

「あの・・・」

それでも副院長は気づいてなかった。彼は無我夢中で・・・
エロ本らしき雑誌に魅入っていた。眼球突出だ。

「・・・・・」
レスポンスがなく、しばらく立っていた。
しかし副院長のエロい表情は変わらない。口も半開き。
右手は机の下だ。スカスカしてるのか?

こいつ、まさか・・・・!

僕はゴーゴンに石にされたような心境だ。
病院の有線が天井から小さく流れている。

『♪この恋〜つかみとりたい〜、今は片思いだけれど〜』
ELTだ。意味深な。

副院長の息は次第に荒くなっていく。僕は引き上げたいが、
その・・・体が動かない。これでは彼が気づくまで立ってろというのか?

たしか『激突!』という映画だったかな。レストランに入って容疑者と思しき
男をみつめて・・・体が硬直し動かない。
「どうする?ここで彼に話しかけるか?」そして・・・

「あの、もうやめてくれないか?」

なんて言えなかった。

副院長は雑誌のページを慌ててめくっていた。お目当てのページを
探しているのか?ビデオでちょうどいい場面に巡り合うためか?
昔は親の目を盗んでビデオ入れて立ち上げの時間が非常にもどかしかった。
取り出しのときもそうだ。それにしても今はDVDがあっていいなあ・・。

なんてわけの分からないことを考えた。

ふと副院長はババッ!とイスごと後ずさった。
「ひぬ!」
凍りついた表情は僕を正面から捕らえていた。

「あ!す、すんませ・・」
「ふん!ふん!ああびっくり!こりゃびっくり!」
彼は慌てて雑誌を引き出しに引き入れた。
ズボンを直そうとした手はためらっていた。

「あ〜!びっくり!こりゃびっくり・・・!」
彼は平静さを取り戻した。
「何かあったか!何か!」
赤面したまま彼は机をドンドン叩いた。

「い、言いますね」
「手短に!」
「自分はまだここで勤務してます。次の主治医への申し送りも書いてません」
「ふん。それが?」
「なっ・・?なのに神谷先生が主治医に代わってるなんて・・・聞いてません!」
「いやな。それはナースらの希望もあってだな」
「患者さんにも全然説明してませんし」
「お前はもう辞めたも同然だろ?」

この○○○○男が・・・!

「お前はこの病院を出るが、わしはそうはいかん。経営者が変わってもな」
「・・・・・」
「それでもここはわしが診るのだ。わしの病院だからだ。院長は名義だけだしな」
「とにかく、シールは貼りかえますんで!」
「ああいいぞ!じゃあせいぜい・・頑張れ!」

僕は部屋を出て、病棟に戻ってシールを貼りかえた。
「勝手に主治医、変えやがって・・!」
しかし副院長、弱気だったな。

しかし、2年ほど見てきた患者さんらをアイツに見て欲しくないな。
不安定な疾患を持っている人も多く、不安だ。
副院長の実力は平均の開業医かそれ以下だからな。

咳 → 咳止め  胸痛 → ニトロ製剤  

短絡そのものだ。どうりで開業先が潰れるわけだよ。

夕方、僕は官舎に入らず車へ直で乗り込んだ。
「休むなユウキ!お前は・・」
エンジン全開だ。

「修行の身だから!」
マーク?は病院の前を駆け抜け、国道へ出た。
これからはバイト日を問わず、イナカ救急へ通う。
「ゴールデンアイ」の言葉が頭をよぎる。

『自分のためだ』

ダッシュダッシュ!

病院閉鎖まで19日。

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