僕はアパム先生と病棟患者について話し合っていた。

「ここ、これからポリソムノ・・」
「ポリソムノグラフィー?大変だなあ。サス(SAS=睡眠時無呼吸症候群)の患者はこれだから大変だあ」
「すす、すみません。夜中は・・」
「僕はここに泊まるからいいよ。やっとく」
「ででは・・お願いします」
「おい?どこへ行く?」

検査の立会いに行く前に、病棟患者の治療の確認だ。

「転移性骨腫瘍・・・前立腺癌?」
「はは、はいい・・」
「高カルシウム血症なんだな。HHMというやつだな。何の略?」
「ふふ・・・?」
「僕も知らん」

一緒に本を調べる。『humoral hypercalcemia of malignancy』

「僕は悪性腫瘍が骨転移したときだけ高カルシウムになると思ってたけど・・
腫瘍そのものが産生する骨吸収(骨を溶かす)因子、あと骨に腫瘍が直接浸潤
したときのケースもあるんだな。浅はかだった」
「がが、学生のときに・・」
「習った?大きなお世話だよ」
「ひっ・・」
「ごめんごめん。で、骨吸収因子で起こる場合をHHMといって、それと・・
浸潤作用のものをLOH=local osteolytic hypercalcemiaというんだな」
「しし、知ってる」
「あっそ・・」

この患者にも高カルシウムの症状である多飲・多尿がみられる。悪心・嘔吐
も特徴的な症状だ。意識障害までにはいたっていない。

高カルシウムといえば国家試験の名残りですぐさま副甲状腺機能亢進(PHP)のほうが浮かぶ。
これに悪性腫瘍を足すと、原因の9割も占めるらしい。

「intact PTHとPTHrPと書いてあるな?これ・・なんだっけ?」
「かか、カンファレンスでそ、測定するよういい、言われたから」
「何だよ?言われたからするのかよ?意味も調べず?」

前者は副甲状腺由来、後者は悪性腫瘍由来のもの。鑑別に有用。

「治療は?国家試験で出たよな」
「・・・」
弘田先生は大きなカバンから国家試験の問題集を取り出した。
「おい?まだ持ってんのか?」
「にに、認定医用に・・ひひ」
「ああそうか。出題内容が似ているもんな」

彼は数秒で本当にそういった問題のページを開いた。

「いい・・・?番」
「何、本見て答えてんだよ!」
「せせ、生食・・」
「選択肢から答えるとは卑怯な・・・!そうだな。利尿剤も併用だな。
第二選択は・・・えーと。すまん」

本を見せてもらう。
第二選択は・・カルシトニン。
「あ、そうそう。知ってた知ってた。破骨細胞の抑制ね!」
本当にそうか?と横目で見るアパム。
「3時間で効く。速いんだ。そうそう。速効性!」

第三選択は・・ビスフォスフォネート。さっきの講義でも出てた。
「あ、そうそう!ふんふん!これも破骨細胞の抑制だ!」
効果発現まで1〜3日も要する。
「時間がけっこうかかるから・・あれ?ディア!」
アパムは意味が分かってなかった。

どう覚えようかな・・。
『口臭は塩カルビのせい?=高カルシウム;?塩水?カルシトニン?ビスフォスフォネート』
いまひとつだな・・。

「肺炎の高齢者か。どこの病院でも多いな」
「にゅう、入院して4日・・」
「右下肺の肺炎。CRPは11.4mg/dlから3日後で9.0mg/dl。横ばいかな」
「よ、よこ・・」
「しかし高熱は昨日からみられていない。効いてる可能性もあるか・・しかしあんまりのんびりはな」
「のんびり・・」
「何か文句あるのか?」
「ひっ・・!」
「冗談冗談。いってる抗生剤はモダシン。緑膿菌めあてか?」
「ば、培養で・・」
「外来での培養を参考にか?さすがだ!」

外来のデータが助けになることもある。外来主治医に感謝だ。

「慢性気管支炎ということで治療中だったわけか。でも弘田先生」
「ふひ?」
「今回その菌以外にも考えられるものはあるし、モダシンだけではどうかな」
「やや、やめます」
「あのですね。やめんでもええです!」
「ふ?」
「オーベンから教わったんだよ。βラクタム系抗生物質1本のみの長期投与は、耐性獲得を
招きやすい」

βラクタム系抗生物質 ・・ ペニシリン系、セフェム系、カルバペネム系にモノバクタム系。
                βラクタム環という共通構造をもつ。よってペニシリンアレルギー
                があれば、他の類でもアレルギーを起こすことが予測されるので
                使うべきでない。

「耐性・・」
「菌が強いヤツに変貌するってことだ。<平安京エイリアン>でほら、ずっと戦ってないと敵が
いきなり増えるだろ?あんな感じ」
「エイリアンが、増える・・」
「こらこら!書くな!」

近くでジェニーがニヤニヤ笑っている。
「楽しそう。2人とも・・」

「<平安京>とか、写すなよ!消せ消せ!」
「ふひ・・・」
「耐性獲得は、緑膿菌・エンテロバクター、セラチアの場合だ」
「じゃあそういう菌が出やすい、つまり長期入院でいろいろ管が入ってる患者さんは・・
最初からβラクタム単独で治療しないほうがいいのね」
ジェニーがつぶやいた。

「そ、そうだよ。そう学んだ。だから、アミノグリコシドを併用する」
「さすが先輩ですね」
「またそんな言い方・・!」

そうだ。最初から併用のほうが好ましい。βラクタムへの相乗効果もあり、それは特に
急性期に意味がある。

「じゃ、ちょっと・・」
「時間がないのか。いいよ。また明日。おやすみ!」
夜の11時。

ジェニーが近くに座っている。

「今度、お別れ会があるんですよ」
「お別れ・・そうだな」
「来てください」
「いくいく!いつ?」
「2週間後です」
「もちろん!」
僕は鼻息が荒かった。

「でも先生。一杯、食わされましたね。エヘッ」
「誰に?」
「彼氏」
「な、何が彼氏だ?」
「アパムですよ」
「アパムはこれから、ポリソムノグラフィーの立ち会いだよ」
「そんなに大変なものですか?ふふ」
「そりゃそうだ。脳波に筋電図に・・!」
「先生。大学ではないですからここは。そんな機械はないんです」
「?」
「簡易モニターでやってるんですよ」
「?じゃあ何を測定・・」
「心拍数に、鼻の圧変化、胸部呼吸運動、SpO2、いびき音・姿勢」
「どれも簡単なものばかりじゃないか」
「アハハ!だから簡易モニターなの!」

ジェニーは泣き笑いしだした。

「やられましたね!オーベン!」
「ぬぬぬ・・・」

駐車場を見ると、アパムの車はある。

「いや。ジェニー。アパムは帰ってないよ」
「アパムの宿は、そこよ。そこ!あっはははは!」

ちなみにさきほどの簡易モニターで異常がなく、それでも昼間の眠気が強い
という訴えがあるのなら(SAS疑い)、ポリソムノグラフィーをすることになる。

アパムめ。僕をよくも出し抜いたな。しかし僕もコベン時代に同じような覚えがある。

近くにジェニーがいるだけで妙な安心感があった。この子は、病院閉鎖後、
どうするのだろうか・・?今度聞いてみよう。

「ユウキ先生!ジェニーらも全員集合!AMI!」
「はい!」「はい!」
アパム、残念だ。君も呼び出しだ。

夜はますます更けていく。

病院閉鎖まで18日。

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