徹夜に近い状態で官舎へ戻った。フラフラだ。
そのまま常勤先へ通常勤務。

うっかり緊張が取れれば居眠りは必至だ。

「おはようございます!」
水でも浴びせられるかのような元気な挨拶だ。
「品川くんか!びっくりしたなあ、もう!」
「びっくりしたなあ!もう!」
「まねするなよ!」
「まねするなよ!」
「あのなあ・・」
「あのなあ・・」

少しうっとうしく、エレベーターまで駆け足。
入り口ではヤクザ風の男が3人。サングラスをしている。
彼らは目線を後ろの品川君に移し、深々と礼をした。

エレベーターが開くと、彼らは僕ら2人を先導。彼らは乗らなかった。

「あれ・・・なんだい?」
「あれ?新しい経営者ですよ」
「ヤクザなのかい?」
「経営者っていうのはどこもヤクザですよ」
「どういう意味・・」
「労役から搾取するっていう点ではね」

彼は何もかも知ったかぶった口ぶりだ。

医局に荷物を置き、少しずつ引越しの準備。

「ユウキ先生。大丈夫ですか」
「はあ?」
「面接はうまいこといったらしいですね」
「あの理事長の人。物凄い剣幕だったよ」
「根はいい方です」
「不思議だったよ。言葉が圧倒的で、グングン引っ張られるような・・」
「で・・どうするので?」
「うーん・・・」

彼は心配過剰なのか、苛立っているようだ。

「あと数日で決めないといかんのでしょうが?」
「そうなんだが・・・」
「気になることでも?」
「大学にいったん戻って考える手もあるが・・」
「戻ったら、もうそんな話はないですよ」

彼はこの件になると異様にしつこかった。

「品川くん。すまんがいったん外してくれ」
「私は先生が心配なんで、こういう」
「考える時間をくれ!シッシッ」
「何をそんな!」
「うるさいよ!おまえ!」

医局がシーンと静まった。

パソコン机から三品先生が顔を出した。
「おーお。夫婦喧嘩か」
「違います!」
僕は怒鳴った。

「俺はここの病院の閉鎖を見届けて、どんな新しい展望の病院か期待することにしよう」
「賛成。給料さえ許容範囲なら、僕はオッケー」
神経内科の先生の声。
「だって、生きていける金ありゃ、とりあえずいいじゃん。ユウキ先生」
「・・・・・」
「サラリーマンよりはいいわけだよ。それだけで贅沢ってもんじゃん」
「ですが・・」
「それをさ。まして大学医局離れちゃったらさ、自分の実力だけで食ってくんだよ。危なくない?」
「ですが・・」
「美容整形とかさ、よほど特殊な能力のある医者ならわかるけど。先生は何かあるわけ?」
この先生は、言葉のナイフでグサグサ刺すのが興味らしい。

「僕には・・そうですね。大学へ戻って一生お世話になるほうが、向いてるかもしれません」
「そんなマジにならなくて、いいじゃん」
「ですが、自分の成長がストップするような気がするんです」
「そんなことないじゃん。大学でも臨床できるじゃん」
「上下関係との両立は、僕には・・」
「なんだ。それだけなの?あのさ」

彼は机から抜け出し、僕の真横までやってきた。

「先生。絶対後悔するからやめときなさいって!」
「・・・・・」
「一匹狼なんて、技術が1人前になってからできることだよ!」

品川君がさえぎった。
「やめていただけませんか?」
「どして?」
「ユウキ先生は生まれ変わろうとしてるんです」
「無理じゃん」
「先生とは違うんです!」
「え?なんて?」
先生の表情が曇った。

「事務員がそんな態度取っていいわけ?」
「す、すみません・・」
「メガネ事務長に言ってやろっと」
言いつけたところで、品川君はもうじき退職だ。

「もうサマリーも書いてやらないもんね!」
彼は机に戻った。

「品川くん。すまんな・・」
僕は申し訳なかった。僕自身、自分のことが他人事にしてるからだ。
考える時間より、過ぎ行く時間のほうが遥かに速く流れる。
それに逆らえないのだ。

僕ら部屋の隅に入った。

「ユウキ先生。私はですね」
「ああ?」
「あちらの病院で一緒に頑張りたいんです」
「そ、そうか。それは・・」
「ホモじゃないですよ。言っておきますが」
「おいおい」
「私が先生をお守りしますって!」
彼はサムのように頼れる存在になるのか。

「心強いよ。だが・・」
「またなんですか?もう!本音を言ってください!」
「決別したくない人間が・・」
「初恋の?」
「社会人初恋だよ」
「字余りですね」
「彼女と一緒に仕事ができるかもしれないだろ」

品川君は顔を真っ赤にした。
「なんだそれは!仕事を何だと思ってるんだ!」
「本音で言えと言っただろ?」
「本音にも程があるだろ!アホにもそれ(程)があるように!」
「アホで悪いか!」
「悪いさ!」

僕らはまたそこで取っ組み合いになった。

「ユウキ先生!目覚めよ!」
「ものみの塔!」
「?」
彼がひるんだ隙に、足を踏んで廊下へ逃げた。

「待て!愚か者!」
彼は物凄いスピードで追っかけてきた。

♪今夜はあ・・
  チャラッチャララ!バババン!
      
    眠れよ・・・・・。

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