向かう途中、レジデントに呼び止められた。
「血気胸でして。チューブが入りにくくて、それで!」
「1人でしないほうがいいんじゃないか?」
「上の先生はさっきまで・・」
「どこかへ呼ばれたのか?」
「お願いします」
彼はサッと血のついたチューブを手渡した。

写真を吟味。通常通り入れることに。

「モスキートで、こう穴を開けるつもりで!」
「怖くて・・!」
「医者かよ?」
チューブを挿入。血液が流れてくる。
「一気に大量を出すな!あとは上のドクターに!」
「ありがとうございます!」

僕は急いで内視鏡室へ。
画面に赤く細長い列創が。

「はあ。はあ。すみません。はあ。途中で・・」
「キミは信用できませんね」
「はあ。はあ」
「空気が汚れるので、出てください」
「・・・・この列創は・・・」
「食道。マロリーワイス」

それにしても。こっちの話も聞いてくれよ・・

中堅ドクターが駆け足でやってきた。

「ユウキ!カテーテルに早く来いと軍曹が!」
「今行くとこですよ!もう!」

トイレに行く暇もない。

すべてが落ち着いたのは夜中の2時。
医局へ入るり、冷蔵庫を開ける。
運良く、ウーロン茶2リットルがある。

両手で思いっきりラッパ飲み。瞬く間に
3分の1がなくなった。

そこで寝ていた<ハカセ>が飛び起きた。

「おい!おれの茶!」
「す、すみません!」
「弁償な!」
「し・・しますします!」
「病棟はどうだ?外来も・・」
「落ち着いているようです」
「アンステーブルはどうだった?」
「DMの方で血管はボロボロでした。沖田院長がステントを3本ほど」
「長くかかったか・・」
「2時間ほど」
「よいしょっと」
泣きはらしたような目で、彼は起き上がった。

「重症回診にでも行くか・・!」
「こんな夜中に?」
「夜中は手薄になりがちだからな。来るか?」
「・・・」
「冗談だ。休め。お前、年は?」
「30です」
「俺より年上?・・・何年目?」
「5年目でしてこれより6年目・・」
「ああ!申し訳ありません!」
彼は片膝をついた。
「?」
「まことに、申し訳ありませんでしたあ!」
そういえば彼は3年目だった。

だが、そんなのはあまり意味はもたない。
みんなで見ていく病院だ。個人プレーなどない。

上下関係という概念自体が邪魔なのだ。
院長や数人のレギュラーを除けば。

アパムがヘロヘロで戻ってきた。
肩に下げたカバンは空っぽだ。

ドスンとそこに座り込んだ。

「はあ・・・大変だったな。弘田先生」
「ふう・・」
「ため息ね。いいよ、別に」

続いてジェニーが上がってきた。
「ジェニー。ご苦労さん」
彼女は無視して机に戻った。
「な?ジェニー・・・疲れたのか?だよな」
彼女はバタッと机の上でひれ伏した。

そういや今日は土曜日だ。土曜日でこれなのか。
幸いだったのは、明日は常勤先が休日ということだけだった。

「みな、寝てるね」
副院長が散らかった医局に入ってきた。
「お疲れ様です。先生」
僕とアパムが立ち上がった。

「明日、日曜日。ま、今日がそうか」
「はい」
「朝から昼間だけ・・・赤ん坊を」
「先生。あの女性が院長の娘だなんて・・あんまりです」
「そう言ったかな?」
彼は頭をポリポリ掻いた。

「とにかく頼む」
「・・・・・」
「昼から交代させる」

<ダイアナ>は日曜日も『お勤め』なのかよ!

日曜日の朝。

「じゃ、タクシーが来たのでこれで」
タクシーはまた走り出した。

携帯がかかる。実家だ?

「もしもし?」
「お前!生きてるのか?」
うちの母親だ。
「すまん。忙しくてね」
「きちんと食べてるのか?」
「食べたいよ」
「医者ともあろう者が!患者になってしまうぞ!」
「まだ仕事中なんだよ」
「上の人のいうことを、きちんと聞いて!」
「わかってるって!」

うっとうしいな・・。

「そうだ。俺、転勤するんだよ」
「またか?何をしでかした?」
「何も・・というわけでもないが」
「そんなお前。これで職場変わるの何回目だい?」
「人事なんだ。仕方ない」
「真面目に働いとんのか?」

ちょうど救急車とすれ違った。
「すまん!呼ばれた!」

しつこいので、ひとまず切った。救急車のサイレンが響いていたので
わざとらしくはなかろう。

運ちゃんがミラーごしに見る。
「わしも若い頃は両親とはもめたもので・・」
「同情はいりませんよ」

タクシーは家に着いた。玄関ではレジデントが靴をはいている。

「じゃ、お願いします!ミルクは2時間前に飲みました!」
「便は?」
「夜中に1回。軟便ぎみなので、ミルクは薄めに」
「ほか変化は?」
「大有りですよ。ご存知でしょう?」
「知るわけないだろ?」
「院長が倒れたんですよ!」

なに?

「これから病棟に入院すると。しかし今回はどうなのかなあ」
「さっきの救急車か・・」
「では!」
「院長の病名って・・」
「院長は、そうか。先生はご存知ないですね」
「?」
「トリプルA。腹部動脈瘤です。過労で増悪かな。向かわなきゃ!」

彼は表のバイクに飛び乗った。
ギュイイ〜ンと反転し、一直線に消えていく。

玄関から廊下に上がったところ、予期せぬめまいが出現。
僕は顔から廊下に倒れた。

目の前が真っ暗。鼻血が大量に廊下に流れていった。

「沖田院長・・・!」

そのままそこで意識を失った。

病院閉鎖まであと17日。

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