プライベート・ナイやん 5-6 引きこもり軍曹
2005年5月24日「お前らが寝ないとか、倒れるとか!それはかまわん!」
鬼軍曹はジェニーをカルテでしばいた。
「お前ら!脳細胞がどうかしたんじゃないのか!」
僕は心当たりがあり、手を上げた。
「こ、これはおそらく、ぶう」
「ナニイ?」
「ぶう・・」
「ナニがブウだお前?なめとんか!」
「ブープだと思います。BOOP。」
「こらあ!」
彼は短い木のバットを僕の膝に見舞った。
「うわあ!」
「わしが彼らに検査のアドバイスをしようとしたときに!」
「うわあ!」
彼は1回1回、叩き続けた。
「お前はいきなり病名当てて!賢いつもりか!」
「あてて!」
あまりの痛さに僕は飛び上がった。
「ジェニー!この5年目からよく教わっとけ!」
「は、はい」
「この患者の好酸球は?」
「正常です。そっか・・気管支肺胞洗浄で・・・!」
「気管支肺胞洗浄で、なんだ。好酸球が増えるというのか?」
「そう習ったのを思い出しました」
「ナニイ・・?で?必ず増えるのか?それは・・」
「そ、そうだと思い・・」
「バカモンが!2割でしか認めんわ!」
彼が怒るのも無理はない。通常の肺炎は抗生剤だが、BOOPなら
ステロイド。治療が全く異なるのだ。
「ジェニー。循環器ばかりでいいのかお前!」
鬼軍曹は食いかかった。
「いえ・・」
「そら!BOOPとして急いで治療しろよ!」
「ではパルスを」
「バカモンが!呼吸がまずまずなら30-60mg/dayで開始!話に
ならんな!」
彼はカルテをジェニーにチェストパスし、出て行った。
周囲がざわめく。
「ど、どうしたんだ?」
僕は近くのレジデントに聞いた。
「大変ですよ。鬼軍曹は1回キレたら、部屋に引きこもるんです」
「なに?」
「アパムが詳しいですよ」
アパムに事情を聞いた。
「ぼぼ、僕がこ、高校んとき合唱部で」
「お前、合唱部?うそお?ぷっ・・!ああ、ごめんごめん」
「そそ、そこの部長の先生が」
「なんでお前の高校の合唱部の先生の話になるんだよ!」
「ひっ・・」
「めんごめんご。続きをどうぞ」
彼はゴクッとつばを飲み込んだ。
「ぶぶ、部長の先生が・・・僕らの歌が下手だと、いきなりチョークを
投げ出して・・ヘボコーラス!とと、叫んで・・でで、出て行くんです」
「なんだ?それとこれが似てると?」
「ふ、ふふ・・」
「そういうとき、どうしたんだ?」
「す、数人のゆ、有志で謝りに」
「引きこもった部屋へか?」
「あたしもブラスバンドで経験あるわ」
ジェニーが間に入った。
「今のはあたしが悪いから。全面的に。あと1人、いっしょに軍曹のところへ」
「僕が・・」
思わず僕が名乗り出た。
「先生。勇気ある?」
「謝ればいいんだろ?」
「でも、形だけではダメ。本当に申し訳なさそうにしないと」
「こうか?こう両手をついて・・・すみません」
「ハア・・・」
何度か練習をし、僕とジェニーはゆっくり休憩室へ入った。
そこはテレビがついており、けっこう音量が高い。
「あのう・・・」
ダメだ。テレビの音声でかき消される。鬼軍曹はテレビのほうを向いてる。
「あのう!」
ダメだ。全く届いてない。というか、無視されている。
「かなり機嫌悪いわ」
「いつもだろ?」
「逆効果かも。時期をみて再試行したほうが」
「心カテかよ?」
僕は、側にあるものを発見した。
「ユウキ先生。それダメ!」
その声も間に合わず、僕はそれ・・・リモコンの電源ボタンを押した。
テレビはプッ、と消えた。
数秒間の間のあと、鬼軍曹は放心状態でこちらを睨んだ。
「・・・つけろ」
「・・・・・」
「・・・つけろ!」
「だだ、だめです」
僕は言葉を選ぶ暇もなかった。
「つけろってんだ!クソガキ!」
彼の怒号が響いた。しかし引き下がったら・・一生後悔する。
焦るな。こいつは・・ただの人間だ。
「先生。さきほどは申し訳ありませんでした」
そう喋り始めたのはジェニーだった。
「私達、まことに先生の足手まといで、生きてる意味もない・・
医者の資格すらない人間です。先生のおっしゃる通り」
「・・・・・」
鬼軍曹は真横を向いている。
「ユウキ先生も、ほら!」
彼女は僕を肘でつついた。
「あ?俺?うん。先生!我々は!」
「プッ!」
ジェニーが思わず噴出した。
「・・じゃないない。先生。僕らはみな、痛いほど反省してます。
向こうでもまだ何人か泣いてます」
「ちょ・・なにそれ?」
「沖田院長も、今日病床でおっしゃってました。すべては彼に
任せた!あとを頼むと」
鬼軍曹の顔が少し震え、涙が一条、頬をつたった。
「一生を院長に仕える身で来られた先生のことです!絶対に
僕たちを導いてくださるものと!た!たとえ!」
言葉を挟まれたくないため、絶えず言葉を送り出す。
「たとえあと2週間でこの病院が閉鎖するなど!そんなの関係ないです!
医者は病院と運命をともに・・!」
彼はピクッと反応した。
「僕らは待ちます。何時間でも・・・!」
「し、失礼します!」
ジェニーは狼狽しながら、何度も頭を下げた。
僕らが戻ってくると、4人のレジデントが大拍手していた。
「ふ〜!」
僕は額をぬぐった。
「怖かったあ!」
「凄いのよ凄いのよ!ユウキ先生が凄いのよ!」
ジェニーは目を輝かせて興奮していた。
「名文句よ!『医者は病院と運命を共に・・・』!」
わはははと大爆笑が起きた。
「実はさっき、沖田院長の見舞いに行ったんだ」
「沖田院長が鬼軍曹に任せるって・・・言ったんですか?」
ジェニーは不安そうだった。
「いや。それはウソ。言ってない」
「はあ。よかった・・」
「ジェニー、そうだ。君はこれからいったい・・」
するとドアがガチャッと空き・・・
鬼軍曹が澄ました顔で現れた。
「やるか。次」
「(一同)先生!これらかもよろしくお願いいたします!」
魂の抜けたような鬼軍曹を筆頭に、僕らは残りの回診を済ませた。
病院閉鎖まで、あと14日。
鬼軍曹はジェニーをカルテでしばいた。
「お前ら!脳細胞がどうかしたんじゃないのか!」
僕は心当たりがあり、手を上げた。
「こ、これはおそらく、ぶう」
「ナニイ?」
「ぶう・・」
「ナニがブウだお前?なめとんか!」
「ブープだと思います。BOOP。」
「こらあ!」
彼は短い木のバットを僕の膝に見舞った。
「うわあ!」
「わしが彼らに検査のアドバイスをしようとしたときに!」
「うわあ!」
彼は1回1回、叩き続けた。
「お前はいきなり病名当てて!賢いつもりか!」
「あてて!」
あまりの痛さに僕は飛び上がった。
「ジェニー!この5年目からよく教わっとけ!」
「は、はい」
「この患者の好酸球は?」
「正常です。そっか・・気管支肺胞洗浄で・・・!」
「気管支肺胞洗浄で、なんだ。好酸球が増えるというのか?」
「そう習ったのを思い出しました」
「ナニイ・・?で?必ず増えるのか?それは・・」
「そ、そうだと思い・・」
「バカモンが!2割でしか認めんわ!」
彼が怒るのも無理はない。通常の肺炎は抗生剤だが、BOOPなら
ステロイド。治療が全く異なるのだ。
「ジェニー。循環器ばかりでいいのかお前!」
鬼軍曹は食いかかった。
「いえ・・」
「そら!BOOPとして急いで治療しろよ!」
「ではパルスを」
「バカモンが!呼吸がまずまずなら30-60mg/dayで開始!話に
ならんな!」
彼はカルテをジェニーにチェストパスし、出て行った。
周囲がざわめく。
「ど、どうしたんだ?」
僕は近くのレジデントに聞いた。
「大変ですよ。鬼軍曹は1回キレたら、部屋に引きこもるんです」
「なに?」
「アパムが詳しいですよ」
アパムに事情を聞いた。
「ぼぼ、僕がこ、高校んとき合唱部で」
「お前、合唱部?うそお?ぷっ・・!ああ、ごめんごめん」
「そそ、そこの部長の先生が」
「なんでお前の高校の合唱部の先生の話になるんだよ!」
「ひっ・・」
「めんごめんご。続きをどうぞ」
彼はゴクッとつばを飲み込んだ。
「ぶぶ、部長の先生が・・・僕らの歌が下手だと、いきなりチョークを
投げ出して・・ヘボコーラス!とと、叫んで・・でで、出て行くんです」
「なんだ?それとこれが似てると?」
「ふ、ふふ・・」
「そういうとき、どうしたんだ?」
「す、数人のゆ、有志で謝りに」
「引きこもった部屋へか?」
「あたしもブラスバンドで経験あるわ」
ジェニーが間に入った。
「今のはあたしが悪いから。全面的に。あと1人、いっしょに軍曹のところへ」
「僕が・・」
思わず僕が名乗り出た。
「先生。勇気ある?」
「謝ればいいんだろ?」
「でも、形だけではダメ。本当に申し訳なさそうにしないと」
「こうか?こう両手をついて・・・すみません」
「ハア・・・」
何度か練習をし、僕とジェニーはゆっくり休憩室へ入った。
そこはテレビがついており、けっこう音量が高い。
「あのう・・・」
ダメだ。テレビの音声でかき消される。鬼軍曹はテレビのほうを向いてる。
「あのう!」
ダメだ。全く届いてない。というか、無視されている。
「かなり機嫌悪いわ」
「いつもだろ?」
「逆効果かも。時期をみて再試行したほうが」
「心カテかよ?」
僕は、側にあるものを発見した。
「ユウキ先生。それダメ!」
その声も間に合わず、僕はそれ・・・リモコンの電源ボタンを押した。
テレビはプッ、と消えた。
数秒間の間のあと、鬼軍曹は放心状態でこちらを睨んだ。
「・・・つけろ」
「・・・・・」
「・・・つけろ!」
「だだ、だめです」
僕は言葉を選ぶ暇もなかった。
「つけろってんだ!クソガキ!」
彼の怒号が響いた。しかし引き下がったら・・一生後悔する。
焦るな。こいつは・・ただの人間だ。
「先生。さきほどは申し訳ありませんでした」
そう喋り始めたのはジェニーだった。
「私達、まことに先生の足手まといで、生きてる意味もない・・
医者の資格すらない人間です。先生のおっしゃる通り」
「・・・・・」
鬼軍曹は真横を向いている。
「ユウキ先生も、ほら!」
彼女は僕を肘でつついた。
「あ?俺?うん。先生!我々は!」
「プッ!」
ジェニーが思わず噴出した。
「・・じゃないない。先生。僕らはみな、痛いほど反省してます。
向こうでもまだ何人か泣いてます」
「ちょ・・なにそれ?」
「沖田院長も、今日病床でおっしゃってました。すべては彼に
任せた!あとを頼むと」
鬼軍曹の顔が少し震え、涙が一条、頬をつたった。
「一生を院長に仕える身で来られた先生のことです!絶対に
僕たちを導いてくださるものと!た!たとえ!」
言葉を挟まれたくないため、絶えず言葉を送り出す。
「たとえあと2週間でこの病院が閉鎖するなど!そんなの関係ないです!
医者は病院と運命をともに・・!」
彼はピクッと反応した。
「僕らは待ちます。何時間でも・・・!」
「し、失礼します!」
ジェニーは狼狽しながら、何度も頭を下げた。
僕らが戻ってくると、4人のレジデントが大拍手していた。
「ふ〜!」
僕は額をぬぐった。
「怖かったあ!」
「凄いのよ凄いのよ!ユウキ先生が凄いのよ!」
ジェニーは目を輝かせて興奮していた。
「名文句よ!『医者は病院と運命を共に・・・』!」
わはははと大爆笑が起きた。
「実はさっき、沖田院長の見舞いに行ったんだ」
「沖田院長が鬼軍曹に任せるって・・・言ったんですか?」
ジェニーは不安そうだった。
「いや。それはウソ。言ってない」
「はあ。よかった・・」
「ジェニー、そうだ。君はこれからいったい・・」
するとドアがガチャッと空き・・・
鬼軍曹が澄ました顔で現れた。
「やるか。次」
「(一同)先生!これらかもよろしくお願いいたします!」
魂の抜けたような鬼軍曹を筆頭に、僕らは残りの回診を済ませた。
病院閉鎖まで、あと14日。
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