常勤先の仕事を終えて、官舎で少しずつ引越しの準備。
引越しが度重なると、そろそろ見切りをつけてもいい荷物を
ピックアップしだす。それでもダンボールはいくつあっても足りない。
靴も、古いのは捨てる。そのうちの1足をひっくりかえすと、サーッ
と砂が落ちてきた。
「砂浜の砂・・・?そうか。静岡に行ったときの」
僕が病院を急遽ズル休みして、静岡の海岸に出かけたときの靴だ。
あれから4年たつ。
この靴だけは捨てるのをためらったが・・・
やはり捨てることにする。
古い自分は、大事にしない。今の自分が台無しになる。
「いくぞ!」
今日もエンジンをふかし、バイト先へ急発進だ。
出ようとしたところ、真向かいの向井さん家の息子が出てきた。
代々の遺産や土地代で遊びほうけているドラ息子だ。
「こら!おい!もう我慢ならん!」
「すみません」
「すみませんですむか!ボケ!」
「急に呼ばれたもので」
僕はハンドルを持ったが、彼はその手をつかんだ。
「待てや!待て!呼ばれたってコラ?病院はすぐそこだろが!
歩いて行け!」
「そうや。若いモンが。運動不足になる」
また駄菓子屋のバアサンがやってきている。
「病院行く行く言うて、実はどこか行きよるんや。わしには
分かる」
ここ最近冷害にあったこの村の住民はかなり苛立っていた。
「お前な!夜の7時くらいに車ガンガン飛ばして出とるやろ!」
「ええ・・」
「7時いうたらな。労働者が帰ってきてメシ食って体洗って・・
さあリラックスしようっていう時間や!」
「早いな・・」
「それやのにアンタは・・いったいどこへ行きよるんや!不謹慎な!」
「それは・・・」
「おうおう、いかがわしいのう」
バアサンは呆れるように座り込んだ。
「おばさん。何がいかがわしいんだよ?僕は隣町の・・」
「向井さん。ええ、ええ。この先生はもう飛ばされるって」
バアサンはドラ息子に杖を差し向けた。
「飛ばされる?」
「前の職場に戻るんやって」
「ほうれみろ!ほうれみろ!」
ドラ息子は勝ち誇ったように腕組みした。
「巣に帰るんやって。古巣に」
このババア・・・!
「じゃあな、ボク。古巣に帰ってやな。その子供っぽいとこ、
治してもらいや!」
「ドア、閉めますよ」
「うわ?」
パワーウインドウが閉まった。
「ボク!今からどこ行くか知らんが!」
「・・・・・」
「最後の試合くらい来いや!ボケ!」
車を蹴られ、今回もやはりダッシュで発進した。
雨上がりのせいで路上が濡れている。
<ボク>はまだ怒りから脱することが出来ず、前方の景色の
向こうを眺めていた。道順などはゲームのように頭に叩き込んでいた
ので訳はなかった。
「古巣に戻るとは、よく言うぜよ!」
いつもより過激なスピードで、マーク?はカーブをスピンした。
後ろのタイヤがキュキュキュと叫んだ。
「それもういっちょ!キュキュキュのキュ!」
さっきのドラ息子の話を思い出した。
最後の試合・・・。野球か。
「うっ?」
気づくと目前は270度の急カーブだ。
黒と黄のラインが反復する。
「し、しまった!」
車はケツを振りながら、急ブレーキ状態でカーブへ突っ込んだ。
「し、死ぬ?」
車は路側帯をはみ出し、幸い誰もいない空き地へ斜めに
突入した。
「こなくそ!」
ハンドルを廻すが、いっこうに利かない。
車は斜め左を向く形で、直線運動のままだ。
行く手には・・・ガードレールだ。その向こうは・・・
「か、川だ!」
直線運動は徐々に遅くなっていった。
しかし2通り考えた。助かる。助からない。
下は川だ。確か3メートルくらい。ならいけるか。
いろんな考えが一瞬・一瞬、頭をよぎった。
「うわ!」
車はガードレールの直前スレスレで止まった。
「・・・・・・」
宙に浮いていた足がすくむと同時に、多量の汗がドッと吹き出た。
「うう・・・」
ゆっくり車から這い出て、ガードレールごしに川を覗き込んだ。
川は濁流だった。落ちたら助かってない。
生きる希望を与えられた代わりに、<ボク>は何でもしようと
いう気になった。
携帯で常勤先へ。
「品川です」
「品川くん。試合はいつ・・?」
「試合?村民と病院との親善試合のことですか?あと4日です」
「俺・・・出ていい?」
「え、ええ。私は出ますが・・・先生は出ないかと思ってて」
「出たい!」
「何かあったんですか?先生!」
「向井のドラ息子と、アパッチとケリをつける!」
僕は片足をひきずりながら、ゆっくり車に近づき、寄りかかった。
カラスが1羽、舞い降りた。
再び車に乗り、砂埃を撒き散らしながら車は走っていく。
引越しが度重なると、そろそろ見切りをつけてもいい荷物を
ピックアップしだす。それでもダンボールはいくつあっても足りない。
靴も、古いのは捨てる。そのうちの1足をひっくりかえすと、サーッ
と砂が落ちてきた。
「砂浜の砂・・・?そうか。静岡に行ったときの」
僕が病院を急遽ズル休みして、静岡の海岸に出かけたときの靴だ。
あれから4年たつ。
この靴だけは捨てるのをためらったが・・・
やはり捨てることにする。
古い自分は、大事にしない。今の自分が台無しになる。
「いくぞ!」
今日もエンジンをふかし、バイト先へ急発進だ。
出ようとしたところ、真向かいの向井さん家の息子が出てきた。
代々の遺産や土地代で遊びほうけているドラ息子だ。
「こら!おい!もう我慢ならん!」
「すみません」
「すみませんですむか!ボケ!」
「急に呼ばれたもので」
僕はハンドルを持ったが、彼はその手をつかんだ。
「待てや!待て!呼ばれたってコラ?病院はすぐそこだろが!
歩いて行け!」
「そうや。若いモンが。運動不足になる」
また駄菓子屋のバアサンがやってきている。
「病院行く行く言うて、実はどこか行きよるんや。わしには
分かる」
ここ最近冷害にあったこの村の住民はかなり苛立っていた。
「お前な!夜の7時くらいに車ガンガン飛ばして出とるやろ!」
「ええ・・」
「7時いうたらな。労働者が帰ってきてメシ食って体洗って・・
さあリラックスしようっていう時間や!」
「早いな・・」
「それやのにアンタは・・いったいどこへ行きよるんや!不謹慎な!」
「それは・・・」
「おうおう、いかがわしいのう」
バアサンは呆れるように座り込んだ。
「おばさん。何がいかがわしいんだよ?僕は隣町の・・」
「向井さん。ええ、ええ。この先生はもう飛ばされるって」
バアサンはドラ息子に杖を差し向けた。
「飛ばされる?」
「前の職場に戻るんやって」
「ほうれみろ!ほうれみろ!」
ドラ息子は勝ち誇ったように腕組みした。
「巣に帰るんやって。古巣に」
このババア・・・!
「じゃあな、ボク。古巣に帰ってやな。その子供っぽいとこ、
治してもらいや!」
「ドア、閉めますよ」
「うわ?」
パワーウインドウが閉まった。
「ボク!今からどこ行くか知らんが!」
「・・・・・」
「最後の試合くらい来いや!ボケ!」
車を蹴られ、今回もやはりダッシュで発進した。
雨上がりのせいで路上が濡れている。
<ボク>はまだ怒りから脱することが出来ず、前方の景色の
向こうを眺めていた。道順などはゲームのように頭に叩き込んでいた
ので訳はなかった。
「古巣に戻るとは、よく言うぜよ!」
いつもより過激なスピードで、マーク?はカーブをスピンした。
後ろのタイヤがキュキュキュと叫んだ。
「それもういっちょ!キュキュキュのキュ!」
さっきのドラ息子の話を思い出した。
最後の試合・・・。野球か。
「うっ?」
気づくと目前は270度の急カーブだ。
黒と黄のラインが反復する。
「し、しまった!」
車はケツを振りながら、急ブレーキ状態でカーブへ突っ込んだ。
「し、死ぬ?」
車は路側帯をはみ出し、幸い誰もいない空き地へ斜めに
突入した。
「こなくそ!」
ハンドルを廻すが、いっこうに利かない。
車は斜め左を向く形で、直線運動のままだ。
行く手には・・・ガードレールだ。その向こうは・・・
「か、川だ!」
直線運動は徐々に遅くなっていった。
しかし2通り考えた。助かる。助からない。
下は川だ。確か3メートルくらい。ならいけるか。
いろんな考えが一瞬・一瞬、頭をよぎった。
「うわ!」
車はガードレールの直前スレスレで止まった。
「・・・・・・」
宙に浮いていた足がすくむと同時に、多量の汗がドッと吹き出た。
「うう・・・」
ゆっくり車から這い出て、ガードレールごしに川を覗き込んだ。
川は濁流だった。落ちたら助かってない。
生きる希望を与えられた代わりに、<ボク>は何でもしようと
いう気になった。
携帯で常勤先へ。
「品川です」
「品川くん。試合はいつ・・?」
「試合?村民と病院との親善試合のことですか?あと4日です」
「俺・・・出ていい?」
「え、ええ。私は出ますが・・・先生は出ないかと思ってて」
「出たい!」
「何かあったんですか?先生!」
「向井のドラ息子と、アパッチとケリをつける!」
僕は片足をひきずりながら、ゆっくり車に近づき、寄りかかった。
カラスが1羽、舞い降りた。
再び車に乗り、砂埃を撒き散らしながら車は走っていく。
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