<アイ・オブ・ザ・タイガー>
トゥクトゥクトゥクトゥクトゥクトゥクトゥクトゥクトゥクトゥク・・・・シューーーー

バン!バンバンバン!バンバンバン!バンバンバーーーーーーーー(トゥクトゥクトゥクトゥク)
バン!バンバンバン!バンバンバン!バンバンバーーーーーーーー(トゥクトゥクトゥクトゥク)

バン!バンバンバン!バンバンバン!バンバンバーーン!バン!トゥクトゥクトゥクトゥクトゥクトゥクトゥクトゥク

僕はバイト先に着く直前、町のバッティングセンターにいた。
「ダウンスイング!」
ダメだ。空振り。完全な振り遅れだ。

正面には四角い穴。壁には野球選手を模した絵。

「アパッチ!今度こそ!」
フワッ、と球は襲ってきた。
「ダウンスイング!」
ダメだ。かすりもしない。

試合の時刻は夜らしい。ナイターだから練習も夜がいい。
「こいよ!」

120球スカスカで、両腕は錘(おもり)のような筋肉痛だ。
「最速球、全部打てずじまいか・・・」
しかし、ここにはあと数日通うつもりだ。

横の喫茶店でゆっくりお茶。
バイト先にはあとちょっとで着く、と伝えてある。
携帯を見ると、知らない間に着信履歴だ。
この番号は知らないが・・・。

「草・・・真田です」
「真田・・理事長ですか?」
驚いた。将来勤務することになりそうな病院の理事長だ。
カリスマ理事長。

「すまないね。突然」
「いえ!」
僕は姿勢を正した。

「僕は嬉しいよ。非常に嬉しい雰囲気に包まれている」
「?」
「君が来ることで、常勤のドクターたちも賑わってる」
「そ、そうですか・・」
「今日は北新地でボトルを飲み干そうと思うんだが・・・どうだい?」
「シンチで?」
「高級クラブだよ。粒ぞろいの娘しか揃えてない。君好みのね」
「ぼ、僕好み?」
「勝利の美酒を飲みたくないかね?」
「勝利?勝利はまだ・・してません」
「君はもう、レッドカーペットの一歩を踏み出したんだよ!ドクター!」

まただ。この人の熱い話。
ここは逃げよう。

「すみません。今呼ばれまして」
「忙しいんだね。ご苦労」
「どうも」
「ま、バレない程度に間に合いたまえよ。はっは」
「え?」

電話は切れた。

「こ、こわ〜・・・」
僕は周りを見回した。
なんだこの人は。CIAか・・・?
近くでコーヒーを飲んでる人間が何人か、チラチラ僕を見ているが・・。

夜遅く、マーク?はやっとこ病院へ到着した。
医局では夜のカンファが終わりかけていた。

「・・赤井先生に先日プラスチックステントを入れて頂いた」
ハカセの声だ。積極的だ。自分の持った貴重な症例はなるべく大勢の前で
報告している。

「ステントをまた抜くのは?」
他のレジデントが問う。
「3ヵ月後ということだ。それまでは採血・CT・エコーでフォローする」
「ステントが閉塞してないか見るんですね」
「閉塞による膵炎が起こってないかのチェックだ。あ、こんばんは」

彼の声で、みんなが僕に注目した。
それにしても人数が減った。5人しかいない。幸いジェニーとアパムは
まだいる。

ジェニーがペンを鼻と口に挟みながら質問。
「ハカセ。膵炎はどうしても起こりますか?」
「膵管自体、多数の枝が分岐してるから部分的に閉塞を起こしやすい」
「そっか」
「なので長期間の留置は避けたい。次の議題」

物知りハカセは次の資料を配った。

「これも膵炎だけど、重症膵炎について。みな膵炎は経験したことあると
思うが」

※ 以下は2005年春の時点での内容に基づく。

「重症膵炎の基準、ってのはあるの?」
僕が珍しく質問した。

「いえ。1999年の重症度スコア表は存在しますが、何点以上で重症と
よぶ決まりはありません」
「とにかく重症のときか。バイタルが不安定だったり・・」
「ショックや臓器障害とか・・重篤な合併症がある場合だと」
「はいはい。ごめんよ」
「重症膵炎の治療について。抗菌剤。これは推奨される。ただし
重症になったら投与するということじゃない。重症例になりそうなら予防的に
いっておいたほうがいい。実際はみんな軽症でも使用してるよね」

みな頷いている。

「アパム。何の抗生剤を?」
「す、膵臓への移行のいいや、やつ・・」
「だから?何?」
「・・・・・」
「imipenem(イミペネム)・・・チエナム。ciprofloxacin・・・シプロキサン。ofloxacin・・・タリビッド。
では次。急性膵炎の治療といえば、これだよな。FOY。小森はいくらで使用する?」
「え?だって・・・添付文書では・・・600mg/dayまででしょ?」
「だろ。でも重症例の場合は、それでは足りないのは常識なんだ」
「いくら?」
「ハアイ〜」

ハカセはウケを狙ったようだが、外した。

「ごめんごめん。Hepatogastroenterogy (2000 ; 47)では・・・2400mg/dayの7日間投与
の例が報告されてる」
「予後が伸びる?」
「そのようだ」
「FOYは分かったけど。フサンはどうなの?」
「フサンに関しては、持続動注法がある。imipenemと組み合わせで」
「これも重症例に?」
「そう。動注でいくんだ。膵臓での濃度を高めるためにね」
「エビデンスあるの?」
「まだ十分じゃない。次。これは意外だろ?経管栄養」

僕は質問した。
「鼻からチューブ入れて流動食・・」
「そうです。おなじみの。ただしトライツ以上に深く進めます」
「イレウス、起こさないか?やはりIVHのほうが」
「膵炎に麻痺性イレウスが伴っていれば無理でしょうね。でもそのおかげで合併症の
発生が減ったという報告があったんです(Br J Surg 1997 ; 84)」
「それのエビデンスはまだ・・」
「十分じゃないです。以上!」

みな一斉に解散した。

レジデントが携帯電話から顔を上げた。

「鬼軍曹から!救外(救急外来)に呼吸不全が3名来てるそうです!」
「ガオーーー!(一同)」
みなの顔が飢えたトラに見えた。

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