プライベート・ナイやん 5-10 おれのバカ!
2005年5月26日呼吸不全のうち1人はすでに挿管されている。呼吸器はなしだ。
「遅いぞ!」
鬼軍曹は2人のレジデントと治療にあたっている。
「挿管した患者は老人ホームから!喀痰の排出が困難で窒息しかけてた!」
酸素少量でSpO2 97-99%だ。
「あとの2人は肺炎っぽいぞ!」
みんな老人だ。僕は近くのじいさんへ。
痩せ型で頻呼吸。左にラ音。
動脈血は呼吸不全?型(CO2 45mmHg以下)で酸素マスク吸入。
胸部レントゲンで左広範の肺炎。
残り1人も肺炎だ。老人ホームで高熱・呼吸不全が3人。
MRSAかなにかの集団感染だ。今は春で、インフルエンザは否定的。
「部屋は?」
僕は他のレジデントに聞いた。
「空いてません!」
ハカセが叫んだ。
「どこもいっぱいです。紹介を・・」
「そんなことはなかろう!」
鬼軍曹だ。
「軽症に落ち着いてダラダラ入院させてる者はおらんか?」
彼は僕らに歩み寄った。
「1年目はサッサと病棟に行って、軽症を退院させてこい!ゴホゴホ」
鬼軍曹。咳を・・。
「カーッ!」
軍曹は手洗いで痰をペッと吐き出した。顔も赤い。
「ふう!誰か俺に、薬出せ!」
「はっ!」
ハカセが名乗り出、軍曹のカルテに処方を記入していった。
「これでよろしいでしょうか?」
「・・・・・」
鬼軍曹はいくつか訂正した。
「おいユウキ!」
「はい?」
「そっちも肺炎か?」
「酸素マスクでいけてます!」
「答えろ!は・い・え・ん・か?」
「はい!そ・う・で・す!」
「過去の培養では?」
「過去は脳梗塞の既往があるだけで、培養は出てません」
「こっちも情報はないな。ったく、ホームってところは・・・!」
アパムが採血結果を持ってきた。
「ゆ、ユウキ先生のか、患者さんはWBC 15000 , CRP 12.5mg/dl」
「そうか。激しいな」
「俺のほうは?」
鬼軍曹は額に熱さまシートを貼っていた。
「先生のか、患者さんは・・・WBC 9600 , CRP 0.6mg/dl」
「ま、痰をつめたばかりだからな。これから上がってくるかもな」
患者は3人とも病棟へ上げられた。代わりに慢性期に近い
患者が3人退院となった。
病棟で指示を書き終わり、みんなで画像を見る。
「ジェニー。ここはMRSAの患者は部屋を区別してる?」
「そこは徹底してますよ。ふつはうそうじゃないんですか?」
「いや。意外と民間ではあまりしてないよ」
「え?いいんですか?スリッパとかガウンとか・・」
「コストがかかるんだよ」
「コスト?」
「病院はそこまで金をかけたくないんだよ。それに・・MRSA自体、
あるから消さないといけないわけではないし」
「え?そうなんですか・・」
「冷めてるんですね。ユウキ先生は」
彼女の同僚の小森がつぶやいた。
「あたしたちも、何年かしたら・・」
「そうだな。現実にいろいろ思い知らされたよ」
「患者さんを救う立場の病院が、コストだのお金だの、なんて・・」
それが徹底できなかったから、この病院は潰れてしまうのだ。
「今度来る経営者は、どっかの企業なんだろ?」
ハカセは目を輝かせた。
「僕はこのままここに残るけど。今までの方針でいきますよ」
「今までの?」
「ええ。事務は保険適応や病棟ベッドの稼働率など、口うるさいんです」
「うちの病院の事務の奴が言ってたけど・・」
僕はいつになくダークな口調だった。
「経営者によってはそれに関して絶対的な権限をもっているらしい」
「え?いやですよ、そんなの」
ハカセは僕につっかかった。
「医療は、医師の仕事なんですから。僕は従いません!」
彼はいい意味で、そして悪い意味でも純粋だった。
「ジェニーはどうするの・・?」
廊下を歩く彼女のあとをつけながら、僕は聞いた。
「ジェニーも、ここに残るの?」
「あたしですか?気になります?」
彼女は平然と後ろを向いた。
「そ、そりゃあ・・」
「先生はどうなんですか?」
「僕?僕は・・・」
「・・・・・」
「大学へ戻って、それで・・」
「先生があれだけ嫌っていた大学病院?」
「ああ」
「そっかー・・・人事なんですね」
「そ、そうなんだ」
彼女は医局で腰掛けた。
「あたしは、もうちょっと頑張りたいと思って」
「どこへ?」
「関東の救急病院」
「へえ。すごいな」
「3次救急もできるんです。そこ」
「僕にはとても」
「先生は、今の内容で満足なんですか?」
「満足?って・・」
答えようがない質問だった。
「あたしは人と接して外来診療とか一般病棟をみるよりも・・
救急の場であれこれ経験するほうが楽しいんです」
「楽しい・・?」
「え?いけませんか?」
一瞬、彼女が異常に見えた。しかしこの『楽しい』は『interesting(興味深い)』
という意味なんだろう。
「あたしは救急を極めて、また地元に帰ってきたいんです」
彼女の意志は、かなり強固だった。
「で、地元の救急で一生バリバリやりたい!」
「夢が大きいなあ・・」
「先生の夢は?」
「夢?」
僕は完全に彼女に敷かれていた。
「夢はないんですか?」
「夢・・・ね」
「夢ってなかったですか?こういう医者になりたかったとか?」
「スーパードクターK・・・」
「何ですかそれ?」
「え?いや・・マンガだけどね。でもありえない医者だよ」
でも彼女と2人で話をしているという幸福感には包まれていた。
「ジェニー先生は偉いな・・」
「あたし偉くはないですよ?」
「途中で投げ出したりとか思ったことは・・」
「だって。投げ出したら患者さんがかわいそう」
「そうだよな・・」
「え?あるんですか?先生」
僕は以前のことを思い出していた。
「ちょうど嫌なことがいろいろ続いててね。とうとう仮病で病院を
休んだことがある」
「ダメじゃないですか!」
「分かってるって!それからはしてない!当然か」
「野中先生は怒ったでしょう?」
「いや、大学の関連病院の話なんだ」
あのとき車で静岡の海岸まで走り、堤防を乗り越えて砂浜に突っ込んだ。
車は抜け出せなくなり、JAFの助けを要することに・・・。
「で、立ち直ったの?」
「いろいろと悟った」
「何を?」
「何って・・・」
女はしつこい。
「何って。いろんな人に助けられて・・・。そうだな。人は独りでは、生きられない」
僕は何かの歌の歌詞に置き換えた。
「ふ〜ん・・・どこ?」
「は?どこって・・」
「どこの海岸ですか?」
「静岡だよ。国道1号から右にそれて・・」
「へー・・・あたしも行きたいな。そこ」
マ、マジ?これは、誘えるということか・・・?
「ジェ、ジェニー先生。でももう日にちが」
「そうですよね。ないですよね」
しまった。なんて事を・・!
「お前ら!」
軍曹が部屋に飛び込んできた。
「救急外来を、助けに行かんか!」
「(2人)は、はい!」
またツマラヌことになってしまった・・・。
バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ!
病院閉鎖まで、あと12日。
「遅いぞ!」
鬼軍曹は2人のレジデントと治療にあたっている。
「挿管した患者は老人ホームから!喀痰の排出が困難で窒息しかけてた!」
酸素少量でSpO2 97-99%だ。
「あとの2人は肺炎っぽいぞ!」
みんな老人だ。僕は近くのじいさんへ。
痩せ型で頻呼吸。左にラ音。
動脈血は呼吸不全?型(CO2 45mmHg以下)で酸素マスク吸入。
胸部レントゲンで左広範の肺炎。
残り1人も肺炎だ。老人ホームで高熱・呼吸不全が3人。
MRSAかなにかの集団感染だ。今は春で、インフルエンザは否定的。
「部屋は?」
僕は他のレジデントに聞いた。
「空いてません!」
ハカセが叫んだ。
「どこもいっぱいです。紹介を・・」
「そんなことはなかろう!」
鬼軍曹だ。
「軽症に落ち着いてダラダラ入院させてる者はおらんか?」
彼は僕らに歩み寄った。
「1年目はサッサと病棟に行って、軽症を退院させてこい!ゴホゴホ」
鬼軍曹。咳を・・。
「カーッ!」
軍曹は手洗いで痰をペッと吐き出した。顔も赤い。
「ふう!誰か俺に、薬出せ!」
「はっ!」
ハカセが名乗り出、軍曹のカルテに処方を記入していった。
「これでよろしいでしょうか?」
「・・・・・」
鬼軍曹はいくつか訂正した。
「おいユウキ!」
「はい?」
「そっちも肺炎か?」
「酸素マスクでいけてます!」
「答えろ!は・い・え・ん・か?」
「はい!そ・う・で・す!」
「過去の培養では?」
「過去は脳梗塞の既往があるだけで、培養は出てません」
「こっちも情報はないな。ったく、ホームってところは・・・!」
アパムが採血結果を持ってきた。
「ゆ、ユウキ先生のか、患者さんはWBC 15000 , CRP 12.5mg/dl」
「そうか。激しいな」
「俺のほうは?」
鬼軍曹は額に熱さまシートを貼っていた。
「先生のか、患者さんは・・・WBC 9600 , CRP 0.6mg/dl」
「ま、痰をつめたばかりだからな。これから上がってくるかもな」
患者は3人とも病棟へ上げられた。代わりに慢性期に近い
患者が3人退院となった。
病棟で指示を書き終わり、みんなで画像を見る。
「ジェニー。ここはMRSAの患者は部屋を区別してる?」
「そこは徹底してますよ。ふつはうそうじゃないんですか?」
「いや。意外と民間ではあまりしてないよ」
「え?いいんですか?スリッパとかガウンとか・・」
「コストがかかるんだよ」
「コスト?」
「病院はそこまで金をかけたくないんだよ。それに・・MRSA自体、
あるから消さないといけないわけではないし」
「え?そうなんですか・・」
「冷めてるんですね。ユウキ先生は」
彼女の同僚の小森がつぶやいた。
「あたしたちも、何年かしたら・・」
「そうだな。現実にいろいろ思い知らされたよ」
「患者さんを救う立場の病院が、コストだのお金だの、なんて・・」
それが徹底できなかったから、この病院は潰れてしまうのだ。
「今度来る経営者は、どっかの企業なんだろ?」
ハカセは目を輝かせた。
「僕はこのままここに残るけど。今までの方針でいきますよ」
「今までの?」
「ええ。事務は保険適応や病棟ベッドの稼働率など、口うるさいんです」
「うちの病院の事務の奴が言ってたけど・・」
僕はいつになくダークな口調だった。
「経営者によってはそれに関して絶対的な権限をもっているらしい」
「え?いやですよ、そんなの」
ハカセは僕につっかかった。
「医療は、医師の仕事なんですから。僕は従いません!」
彼はいい意味で、そして悪い意味でも純粋だった。
「ジェニーはどうするの・・?」
廊下を歩く彼女のあとをつけながら、僕は聞いた。
「ジェニーも、ここに残るの?」
「あたしですか?気になります?」
彼女は平然と後ろを向いた。
「そ、そりゃあ・・」
「先生はどうなんですか?」
「僕?僕は・・・」
「・・・・・」
「大学へ戻って、それで・・」
「先生があれだけ嫌っていた大学病院?」
「ああ」
「そっかー・・・人事なんですね」
「そ、そうなんだ」
彼女は医局で腰掛けた。
「あたしは、もうちょっと頑張りたいと思って」
「どこへ?」
「関東の救急病院」
「へえ。すごいな」
「3次救急もできるんです。そこ」
「僕にはとても」
「先生は、今の内容で満足なんですか?」
「満足?って・・」
答えようがない質問だった。
「あたしは人と接して外来診療とか一般病棟をみるよりも・・
救急の場であれこれ経験するほうが楽しいんです」
「楽しい・・?」
「え?いけませんか?」
一瞬、彼女が異常に見えた。しかしこの『楽しい』は『interesting(興味深い)』
という意味なんだろう。
「あたしは救急を極めて、また地元に帰ってきたいんです」
彼女の意志は、かなり強固だった。
「で、地元の救急で一生バリバリやりたい!」
「夢が大きいなあ・・」
「先生の夢は?」
「夢?」
僕は完全に彼女に敷かれていた。
「夢はないんですか?」
「夢・・・ね」
「夢ってなかったですか?こういう医者になりたかったとか?」
「スーパードクターK・・・」
「何ですかそれ?」
「え?いや・・マンガだけどね。でもありえない医者だよ」
でも彼女と2人で話をしているという幸福感には包まれていた。
「ジェニー先生は偉いな・・」
「あたし偉くはないですよ?」
「途中で投げ出したりとか思ったことは・・」
「だって。投げ出したら患者さんがかわいそう」
「そうだよな・・」
「え?あるんですか?先生」
僕は以前のことを思い出していた。
「ちょうど嫌なことがいろいろ続いててね。とうとう仮病で病院を
休んだことがある」
「ダメじゃないですか!」
「分かってるって!それからはしてない!当然か」
「野中先生は怒ったでしょう?」
「いや、大学の関連病院の話なんだ」
あのとき車で静岡の海岸まで走り、堤防を乗り越えて砂浜に突っ込んだ。
車は抜け出せなくなり、JAFの助けを要することに・・・。
「で、立ち直ったの?」
「いろいろと悟った」
「何を?」
「何って・・・」
女はしつこい。
「何って。いろんな人に助けられて・・・。そうだな。人は独りでは、生きられない」
僕は何かの歌の歌詞に置き換えた。
「ふ〜ん・・・どこ?」
「は?どこって・・」
「どこの海岸ですか?」
「静岡だよ。国道1号から右にそれて・・」
「へー・・・あたしも行きたいな。そこ」
マ、マジ?これは、誘えるということか・・・?
「ジェ、ジェニー先生。でももう日にちが」
「そうですよね。ないですよね」
しまった。なんて事を・・!
「お前ら!」
軍曹が部屋に飛び込んできた。
「救急外来を、助けに行かんか!」
「(2人)は、はい!」
またツマラヌことになってしまった・・・。
バカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカバカ!
病院閉鎖まで、あと12日。
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