プライベート・ナイやん 5-20 男の意地
2005年6月1日僕らの目の前に拡がる光景は、空と海以外、何もない。
夕陽の中、波はだんだん強くなる。
後ろの車の中から、アパム先生のイビキ。
「あ。さっき話しかけたことなんですが」
「ほい?」
「実は・・・」
なんだ。なんだ。これは決定的な瞬間なのか。
僕は答えを用意しているか?ハリウッドスターのインタビュー風に
答えると、≪こちらはもちろんイエス≫だ。
「実は、今日で実家にこのまま帰るんです」
「なに?」
「名古屋か静岡の駅から乗って、実家のほうまで」
「勤務はあと1週間余り、残ってるだろ?」
「有給を使うことにしました」
彼女はキッパリ言い放った。
「そんな・・・」
「ユウキ先生には、とてもお世話になったので」
「俺が世話?何を世話したのか・・・さっぱり」
僕は以前のようにすぐには傷つかず、だんだん気持ちが
冷めていくのが分かった。
「ジェニー先生。そうか。じゃあ今日が最後なのか」
「あ。でも何かの機会で会うかも。学会とか」
「東京での学会は多いだろうけど・・」
「楽しかったです。ほんとに」
そうか。これで最後か。なら・・・。
「ジェニー先生。ぼくは・・・僕の気持ちは知ってるだろ?」
「え?」
「とぼけるなよ。今日だって、2人で行く前提で誘ってたのは
分かるだろ?」
「う・・・・まあ。それは」
「僕にはもう、チャンスはないか?」
それは遠まわしで卑怯な言い方だった。
「そうだなー。うーん・・・それは」
「・・・・・」
「進行形だった・・・とでもいうのかな」
なんだ?どういう意味だ?
今日でその進行がストップするのか?
よう分からん。
僕はもう、ハッキリさせたいだけ。
「ジェニー先生。いや、銭亀さん。ウサギさんからのお願いだけど」
「はい」
「また会ってくれてもいい?」
「ええ。それは全然!」
どうやら、フラれたようだな。
「ユウキ先生。時間、大丈夫ですか?」
「ああ。名古屋まで送るよ。新幹線には必ず」
「でなくて。先生方、明日は月曜日だし」
そんなの分かってる。だがこれからの約1週間、何を希望に
やっていけば・・・。いっそ、僕も完全休暇にするか。
楽なほうへ行こうと思えば、行ける。
しかし、いったん転がればもうそれまでだ。
波は知らない間にすぐそこまで迫っていた。
「アパム先生。よく寝てるな」
「ええ。行きます?そろそろ」
「ああ」
僕は車のキーを回した。無事かかった。
しかし、まだ嫌な予感がする。
バックして、後方およそ50mにあるアスファルトの歩道に乗り上げようと、ギアをRへ。
アクセルを踏んだが。
キュルキュルキュル・・・と。進まない!
「うそだろ?」
僕は即、車を降りて後ろのタイヤを見た。
パンクはしてないが・・・砂の中にめりこんでいる。それも半分以上だ。
「これじゃ、まるであのときじゃないか!」
後ろのタイヤ2つは沈みかけ。前のタイヤはめり込んでない。
「前は、どうだ!」
前進しようとギアを切り替えた・・ものの、やはり後輪に引っ張られて動けない。
「横はどうだ!」
同じだった。
「どうしよう・・・」
「動かないんですか?」
銭亀さんは後ろを見ていた。
空は雲行きが怪しい。静かな砂浜に轟くエンジン音とは、なんてアンバランスな。
「しょうがない。今は携帯があるから助かる。JAFを呼ぼう」
僕は携帯で104を押した。しかし・・・
「ダメだ!ここは電波が!」
1本もアンテナが立たない。
波は前輪にまで押し寄せてきた。
「ふん!」
アパム先生が驚いて目を覚ました。
「ひ?ふ?」
「やっと起きたか。R2!」
「ここ?ふ?海?」
「僕と弘田が押すから!銭亀さんはハンドルを!」
脱水と熱でクラクラだ。薬を取り出し・・。
でも水がないな。水は・・・海水にするか。
薬はあとで飲むことにし、アパム先生と後ろに回った。
「押すぞ。先生。じゃ!アクセルを!」
ズドン、という勢いとともに、僕ら2人は後ろへ飛ばされた。
何が起こった?そ、そうか。
「銭亀先生!何やってんだ!ギアはバックじゃなくて!」
幸い後輪がうずもれたままで助かった。
「アパム!押すぞ!」
ギギギギ・・・!と前輪は回転しはじめた。だが後輪は抜けきれない。
アクセルが止むともとにおさまる。
絶体絶命だ。車が。まだローンは払い終わってないのに。
「・・・もういい。あきらめようよ」
僕は両手を車のドアについた。
「みんなで、堤防を越えて歩こう。車が通りかかったらお願いして、
近くの駅まで送ってもらおう」
波はもう後輪の近くまで来ている。
「僕が悪かったんだ。こんな迷惑ばっかりかけたし」
僕ら3人は堤防の内側に戻り、通りかかる車を待った。
「アパム先生。少し行ったら、店があったと思う」
「み、みせ?」
「そこで電話を借りるかして。できたらJAFにも連絡を」
「ぼぼ、僕らは・・」
「JRの駅から、それぞれ乗って帰って!」
「ど、どこへへ?」
「忘れ物!」
僕はまた車のほうへ走っていった。
忘れ物ではない。
意地だった。
イジ!イジ!イジイジイジイジ!
ポン!いじわるバアサン!
<CM>
夕陽の中、波はだんだん強くなる。
後ろの車の中から、アパム先生のイビキ。
「あ。さっき話しかけたことなんですが」
「ほい?」
「実は・・・」
なんだ。なんだ。これは決定的な瞬間なのか。
僕は答えを用意しているか?ハリウッドスターのインタビュー風に
答えると、≪こちらはもちろんイエス≫だ。
「実は、今日で実家にこのまま帰るんです」
「なに?」
「名古屋か静岡の駅から乗って、実家のほうまで」
「勤務はあと1週間余り、残ってるだろ?」
「有給を使うことにしました」
彼女はキッパリ言い放った。
「そんな・・・」
「ユウキ先生には、とてもお世話になったので」
「俺が世話?何を世話したのか・・・さっぱり」
僕は以前のようにすぐには傷つかず、だんだん気持ちが
冷めていくのが分かった。
「ジェニー先生。そうか。じゃあ今日が最後なのか」
「あ。でも何かの機会で会うかも。学会とか」
「東京での学会は多いだろうけど・・」
「楽しかったです。ほんとに」
そうか。これで最後か。なら・・・。
「ジェニー先生。ぼくは・・・僕の気持ちは知ってるだろ?」
「え?」
「とぼけるなよ。今日だって、2人で行く前提で誘ってたのは
分かるだろ?」
「う・・・・まあ。それは」
「僕にはもう、チャンスはないか?」
それは遠まわしで卑怯な言い方だった。
「そうだなー。うーん・・・それは」
「・・・・・」
「進行形だった・・・とでもいうのかな」
なんだ?どういう意味だ?
今日でその進行がストップするのか?
よう分からん。
僕はもう、ハッキリさせたいだけ。
「ジェニー先生。いや、銭亀さん。ウサギさんからのお願いだけど」
「はい」
「また会ってくれてもいい?」
「ええ。それは全然!」
どうやら、フラれたようだな。
「ユウキ先生。時間、大丈夫ですか?」
「ああ。名古屋まで送るよ。新幹線には必ず」
「でなくて。先生方、明日は月曜日だし」
そんなの分かってる。だがこれからの約1週間、何を希望に
やっていけば・・・。いっそ、僕も完全休暇にするか。
楽なほうへ行こうと思えば、行ける。
しかし、いったん転がればもうそれまでだ。
波は知らない間にすぐそこまで迫っていた。
「アパム先生。よく寝てるな」
「ええ。行きます?そろそろ」
「ああ」
僕は車のキーを回した。無事かかった。
しかし、まだ嫌な予感がする。
バックして、後方およそ50mにあるアスファルトの歩道に乗り上げようと、ギアをRへ。
アクセルを踏んだが。
キュルキュルキュル・・・と。進まない!
「うそだろ?」
僕は即、車を降りて後ろのタイヤを見た。
パンクはしてないが・・・砂の中にめりこんでいる。それも半分以上だ。
「これじゃ、まるであのときじゃないか!」
後ろのタイヤ2つは沈みかけ。前のタイヤはめり込んでない。
「前は、どうだ!」
前進しようとギアを切り替えた・・ものの、やはり後輪に引っ張られて動けない。
「横はどうだ!」
同じだった。
「どうしよう・・・」
「動かないんですか?」
銭亀さんは後ろを見ていた。
空は雲行きが怪しい。静かな砂浜に轟くエンジン音とは、なんてアンバランスな。
「しょうがない。今は携帯があるから助かる。JAFを呼ぼう」
僕は携帯で104を押した。しかし・・・
「ダメだ!ここは電波が!」
1本もアンテナが立たない。
波は前輪にまで押し寄せてきた。
「ふん!」
アパム先生が驚いて目を覚ました。
「ひ?ふ?」
「やっと起きたか。R2!」
「ここ?ふ?海?」
「僕と弘田が押すから!銭亀さんはハンドルを!」
脱水と熱でクラクラだ。薬を取り出し・・。
でも水がないな。水は・・・海水にするか。
薬はあとで飲むことにし、アパム先生と後ろに回った。
「押すぞ。先生。じゃ!アクセルを!」
ズドン、という勢いとともに、僕ら2人は後ろへ飛ばされた。
何が起こった?そ、そうか。
「銭亀先生!何やってんだ!ギアはバックじゃなくて!」
幸い後輪がうずもれたままで助かった。
「アパム!押すぞ!」
ギギギギ・・・!と前輪は回転しはじめた。だが後輪は抜けきれない。
アクセルが止むともとにおさまる。
絶体絶命だ。車が。まだローンは払い終わってないのに。
「・・・もういい。あきらめようよ」
僕は両手を車のドアについた。
「みんなで、堤防を越えて歩こう。車が通りかかったらお願いして、
近くの駅まで送ってもらおう」
波はもう後輪の近くまで来ている。
「僕が悪かったんだ。こんな迷惑ばっかりかけたし」
僕ら3人は堤防の内側に戻り、通りかかる車を待った。
「アパム先生。少し行ったら、店があったと思う」
「み、みせ?」
「そこで電話を借りるかして。できたらJAFにも連絡を」
「ぼぼ、僕らは・・」
「JRの駅から、それぞれ乗って帰って!」
「ど、どこへへ?」
「忘れ物!」
僕はまた車のほうへ走っていった。
忘れ物ではない。
意地だった。
イジ!イジ!イジイジイジイジ!
ポン!いじわるバアサン!
<CM>
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