車の後輪は、相変わらずめりこんだままだ。
いろいろ方法を考えたが・・。

「これはどうだ!」
僕はそこらにあるゴミの中から、50センチ四方の硬い板を持ってきた。
トランクの中からジャッキを取り出し、後輪の直前にセット。
ジャッキアップを繰り返していく。

大汗と波にまみれながら、後輪は砂から顔を出し、徐々に上がっていく。
「うわ!いたっ!」
車輪からのぞく無数のワイヤーで、手を切った。
車輪をおもわず触ってしまったのだ。左手から2条ほどの血が流れた。
「くそう。くそう」
気を取り直し、口にくわえた板を手に持った。

「これを敷いて・・と!」
穴に砂を埋め、後輪に硬い板を敷いた。
板の下は車の中の医学書で補強した。
「どうせ読むかよ!」

で、またジャッキを下げていく。
車輪は無事、板の上に乗った。
「よし!反対も!」
反対側も作業。波はもう後輪に浸かりはじめていた。

「させるか!男の意地だ!」

後輪が板に乗った状態で、急いで運転席へ。前方は海そのものだ。
海の上を泳いでいるよう。
「よし!全速でバックだ!」
勢い良く飛び出さないと、同じことになりかねない。

エンジンがかかった。すかさずギアをRへ。

「ワン・ツー・・・・・スリー!」
アクセルを思いっきり踏むと、大きなバウンドとともに車は後ろへ飛び出した。
「やった!よし!」
そのまま後ろを向きながらハンドル操作。車は勢いを保ちながらアスファルトに着地、
またバウンド、急停車した。

「ふう・・・・・はあ・・・・」
夜に目が慣れてきた。7時を過ぎている。
「ジェニー!」
体勢を立て直しライトをハイにし、前進させた。

さきほどアパム先生に教えた店は・・どうやら閉まっている。
彼らの姿はない。僕はライトを上げ下げしながら前方の視界を追い続けた。

「あれだ・・・」
2つの人影が見え、彼らと確信した。
ライトを上下させ、クラクションを鳴らした。

「乗れ!送る!」
彼らはすまなさそうに後部座席に乗り込んだ。
経過を説明する時間はなかった。

「ユウキ先生。今日はもう、関西に帰ってもいいですから・・」
銭亀さんは震える声でつぶやいた。
「荷物は引き上げたんだろ?」
「そうですが・・」
「病院に泊まろうものなら、使われるよ!」

車はJRの田舎の駅に着いた。
駅員に確認したところ、なんとか接続できる。

「これは僕から・・」
彼女にチケットを手渡した。
「いま、買ってきた。金はいい」
「けっこうかかるのに」
「いいって!さ!」

汽車はもうあと6分で到着する。慌しい。

「ユウキ先生。すみません。必ず連絡を、また・・」
「ああ。ま、いつか。いつでも」
「機会があったら、会いたいです」

どういう意味なんだ?

「まるで遠距離恋愛だな」
「えへへ・・」
「僕はもう、それで失敗してるんだ。こりごりだよ」
「・・・・・」
「距離が離れたら、人の心も離れていく」

彼女は固まってしまった。

「そんなもんだ」
プア−ン、と山のトンネルから電車が顔を出してきた。
「あ。来た!」

僕らはホームの黄色い線から退がった。
弘田先生はさらに数歩退がった。

電車は停まり、勢い良くドアが開いた。

「では、とりあえず帰りますね」
「じゃあ。いろいろ今まで」
少し間があった。お互い、何か言い出したい瞬間だ。

「あの・・」
「あの・・」
言葉がぶつかった途端、近くで駅員が笛をふいた。
ドアは無常にも閉まる。僕は血まみれの手をゆっくり左右に振った。

彼女の顔は、すぐに見失った。

列車はスローモーションで進んでいった。

「・・・・帰ろうか。弘田先生」
「は、はうう・・・」
「く・・・くそう。くそうくそうくそうくそうくそう」
「ふ、・・・・」
僕は中腰で、涙を何度もぬぐった。言いたいことも言えず、後悔の連続。

『電車が通過いたします』

アナウンスとともに猛スピードでやってくる列車だ。
ドドーンと響き渡る音に隠れて、大泣きすることができた。

車で名古屋の例の病院にたどり着いたのは、もう朝の5時。
状態がよければ、品川君を乗せて帰るためだ。

彼を救出しなければ。

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