早朝だが、僕は彼の携帯を鳴らす。

「ふああ。もひもひ」
「品川くんか。オレオレ」
「ユウキ先生!おっとっと。静かに・・」
「点滴中か?」
「ずっと入ってる。迎えに来てくれるのか?」
「察しがいいな。実はすぐそこにいる」
「ホントか?じゃ、行くよ。そこへ」

電話が切れて、待つこと5分。表には誰も出てこない。裏にも。

僕の携帯が鳴った。

「品川くん?どこ?」
「トイレ」
「なんでトイレなんだよ?」
「出ようとしたら、同室者に密告されて・・」
「同室者っておい。みんな経管栄養で喋れるような・・」
「付添い人のヘルパーだよ!」
「密告されて・・ナースに捕まったのか?」
「ああ。どうしようかな。彼女ら、トイレの前で待ってる」
「とりあえず、部屋に帰れよ。で、起床時間に抜け出せ」
「そうする」

僕と助手席のアパム先生は疲れきって、シートを下ろした。

「しかし。これからどうしようかな・・・」
「ふ・・・」
「すまないが。あと1週間ほど頑張ってくれ」
「ひ・・・?」
「僕はもう手伝えない。残されたスタッフは少ないらしいけど」
「・・・・・・」
「バイト先の病院だ。なのに深入りしすぎた。ある意味で」

大学へ戻るまでの1週間、ゆっくり頭でも冷やそう。

風邪のほうはまだつらいが、さきほどのつらさに比べればどうってことない。
どうやら不死身になったようだ。

ドンドン!といきなりドアガラスが叩かれた。
「入れて!入れて!」
品川君が病衣のまましがみついている。
「後ろへ!」

彼が乗り込むと即座に車は駐車場を出た。

「はあ!はあ!」
「品ちゃん・・・大丈夫か?」
「今日の夜中、まだ熱があったんだよ。こりゃ帰れないなと思ってた」
「来てよかっただろ?」
「この車、かなり汚れてるけど・・事故にでも遭ったの?」
「もう聞くな。とにかく帰ろう・・うう」

強烈な眠気が襲ってきた。

「品ちゃん。すまんが・・何か喋ってくれ」
「おい?彼女は?ゴフゴフ」
「実家に帰った」
「結婚までこぎつけてないのに、いきなり実家だとお?ゴフゴフ」
「事情はいろいろだ。さ、何か喋ってくれ!」

高速道路の線に沿って走れない・・・。

「ユウキ先生。この速度では大阪まで間に合わないよ!ゴフゴフ」
「代わりに運転してくれるか?」
「病人に運転させるのか?」
「僕もまだ病人だ。それに・・・」
「?」
「また別の病気が」
「性病?」
「バカ!このスカタンめが!」

だが彼も何か察したようだ。

「アパム先生・・ですかね。運転していただけますか?」
「う・・・う・・・」
「免許がないとか?」
「そ・・・そう」
「ウソ?めずらしい!どうして?」
「ち・・ちちが」
「乳?乳がどうしたので?」

「弘田先生の父親は町長で、かなり厳格らしいんだ」
僕は聞いたことを話した。
「1人息子なんだよな。先生!」
「そそ・・・そう」
「だからいい。僕が運転する。飛ばすぞ!」

眠気を吹き飛ばすため、音楽をかけながらスピードアップさせた。
疲労が極度に達すると怖いものだ。目の前の光景がレーシング
ゲームのように見える。

話をしていくうち、すべてを品川くんと弘田先生に打ち明けた。

「・・ということだ。だがもういい」
「先生。どうしてそこで!」
彼は足で僕の座席の後ろを蹴った。
「オレについてこい!何もいわず!・・・って言わなかったんですか」
「オレについてこいって・・・どこへ?」
「真田病院で共に働こうって!」
「ついてくるとか、そういうことが知りたかったんじゃないんだよ」
「・・・・・・」
「とにかくもう、黙ってろ」
「喋ろとか、黙れとか!」
「黙ってろ!シャラップ!」
「優柔不断男!」
「ドアを開けて、ひきずり降ろすぞ!」
「医者の言うことか!」
「着いたら覚えてろ!」
「相手になるぞ!」

口論しているうち、目的地はどんどん近づいた。

「じゃあ、弘田先生。ここで降りてくれ」
僕は病院の近くで停車させた。
「ひ・・・でで、でも」
「もう会えないかもな」
「さ、寂しいです・・」
「沖田院長や他のスタッフによろしく。お世話になったと」
「は、・・・」
「降りてくれ。もう眠くてしょうがない!」

弘田先生が降りたとたん、残りの数十キロを死に物狂いで走った。

「品ちゃん。すまんが猛烈に眠い。ケンカはお預けだ」
「常勤先は、休みます?」
「午前中だけ。午後は来るから」
「へえへえ。私は業務があるんで・・」
彼は額に熱さまシートを貼っていた。

病院前。彼は勢い良く後部ドアを閉め、小さくバイバイした。

僕は車庫をいつもバックで入れるが今日はさすがにできず、前方から突っ込んだ。

エンジン停止後わずか数秒間で、深い眠りに落ちた。

病院閉鎖まで、あと9日。

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