プライベート・ナイやん 6-2 村長との対決
2005年6月6日「そりゃ!」
品川君の投げた球には、さきほどの勢いがない。酒屋の息子の振ったバットは直撃、
2塁ベースをバウンドし外野へ。
ランナー1塁。まだ酔ってるようで、リードもフラフラしている。
「まだ酔ってるな。たしかに・・そこだっ!」
僕は先ほどから投げるつもりだった牽制で刺した。
「アウトオ!」
「いいぞいいぞ!」
品川君はガッツポーズだ。
2番の女性が出てきた。
色目を使うような表情で、一応バットを持つ構え。
「(品川くん。ボールは投げるな!今度は!)」
「(し、しかし・・・)」
「(絶対に投げるな!)」
「タ、タイム!」
彼は僕のとこまで走ってきた。
「ユウキ先生。弱みを握られてるんですよ」
「弱み?性病でも?」
「いやいや。手を出したら、実は既婚者で」
「で?」
「僕が女に恥をかかしたら、ダンナに言うと」
「脅しか?」
「なので先生・・ここは」
「ダメだダメだ!」
僕らは考えた末・・。
『(球場内放送)ピッチャー交代。ユウキ先生』
おおお・・とフェンス外がどよめいた。
僕はマウンドに立った。
これがしたかった。
「僕がピッチャーなら、別に関係ないだろ?」
僕は決めのセリフっぽくつぶやいた。
彼女は大きく構えた。やる気だ。
僕は周囲を見回した。
みんな僕を睨んでいる。敵だらけだ。
しかしこの2年間ためてきたストレスをここで有効活用しなければ。
君ら村民へのストレスだよ。
僻地医療に携わる人へ。
< 村民に 「染まるぐらい」が 命取り > 一句だ!
僕は自分に勇気付けするために、イナカ救急へ電話した。
『こちら医局』
「ハカセ?オレ、今マウンドに立っててね」
『今は大変なんです!救急が雨のごとく来て!』
「え?」
『救急は救急で人員はいるんですが。外来の数が半端じゃないです!』
「外来?」
『外来は、院長・副院長がやってたので僕らには・・!』
「院長は入院中だとしても。副院長がいるだろ?」
『知らないんですか?先生』
「これまた、なに?」
『彼は辞めました』
「なに?赤井先生が?」
『先生。彼は真珠会派なんですよ』
「なにそれ?」
「さっさと投げろ!ボケ!」
フェンス外が騒がしい。
「うるさい!ボケ!で・・?」
『イナカ救急がなくなったあと、ここを乗っ取るグループの一員・・』
買われたのか?たぶんそうだ。
『ユウキ先生!来て欲しい!』
「あ。ああ。外来なら自分でも」
『お願いします!』
電話を切り、僕はふりかぶった。
し、しかし。思ったより打席は遠い。
「うら!」
ボールはヒューン、と弧を描いて捕手の手前でバウンドした。
「ボール!」
「あらら・・・」
彼女はビーバーのような歯をむき出しにして、せせら笑った。
とにかく確実にストライクを投げたい。
よし。
僕は大きく振りかぶり、投げた、その球は・・・。
スルスルスル・・・と飛んでいく、スローボールだ。
「き・・きゃっ!」
彼女は一振りして、空振りのまま倒れた。
フェンスの外側が騒いだ。
「女の子を倒した!」「ろくな男やねえ!」「女を!」
「タイム!」
向こうのチームからオッサンが1人。
「バッター交代!」
「え?そんなのあり?」
僕は思わず叫んだ。
「彼女。妊娠してるかもしれないし」
「はあ?」
不振に思った品川君がオッサンのもとへ走った。
「妊娠?ホントか?」
「してるかも、だ」
「してないしてない!」
「な、なぜわかる?」
「卑怯な手だ!」
「何を言う?」
品川君は気が動転している。理由は明らかだ。
彼は僕のとこへ走ってきた。
「ユウキ先生。僕はそんな、妊娠までは」
「そんなの、分からないよ!」
「ホンマやって!それはこれまで避けてきた!」
「どうやって信じる?」
またフェンスの外が騒がしくなった。
「ジェラシーか?」「ホモ達やであいつら!」「ここでやんなよ!」
「品川くん。たぶんその人のダンナの子だよ」
「うん。そのはずだ」
彼は遠ざかっていった。
僕はふりかぶった。
「ったく。する奴らが悪いんだよ!」
やっぱり超、スローボールだ。
代打の兄ちゃんは、ぐっとバットを引いて・・
「おわっ?く、くそ!」
空振りだ。力みすぎたか。
「よしあと1球だ!バンババン!それ!」
今度はフライのように振り上げた球だ。しかし、どうみてもボールになりそう。
しかしバッターの彼は、どうしても打ちたいというプライドがあった。
「こなくそ!ほりゃあ!」
完全な空振りだ。
「バッターアウトだ!」
僕は片手を夕日に向かって伸ばした。
「あと1人だ!あと1人!」
僕はそのまま続投を希望した。
「代打!」
向こうの監督は、そういや欠席していたはずの向井を立たせた。
官舎の手前に住んでいる、放蕩息子だ。
「ペッ!こーい!」
彼は鋭く僕をにらんだ。
捕手の品川くんは指を<ファックユー>した。
僕はうなずいた。
「超スローボール・・・うりゃ!」
これまた大きなフライが舞い上がった。
向井は足踏みしたまま、余裕で見送った。
「ボール!」
「これはどうだ!うりゃ!」
同様に、スローボールは弧を描いてキャッチャーミットに収まった。
「ボール!」
「うそだろ・・?」
今度は下手投げで、直球。
「お?くるか・・?」
余裕の彼は、低く腰を据えて球めがけて・・・振った。
キン!という音が聞こえたときには、3塁手が外野に向かって走っていた。
2塁ランナー1人。
「品川くん!やっぱ代わろうかな!」
「なにをいう!」
「スローボールはまぐれだ」
「先生!いつも言ってるじゃないスか!」
「?」
「指先に集中しろ・・・!」
僕は甘えを打ち消し、再びふりかぶった。
次も代打。黒く焼けた男性。上半身裸。
「てい!」
またも打たれた。幸い、2塁ランナーは3塁どまり。
2死、1・3塁だ。
迎え撃つは・・・村長だ。こっちにとってはラッキーだ。
楽勝の感がある。
「お前か。こい!」
老年の村長は僕を鋭く睨んだ。
「タイム!」
ベンチから副院長がやってきた。
「ユウキ!こらユウキ!」
「はい?」
「勝つなんて思うな!」
「はあ?」
「相手は村長だぞ!」
「ソンチョウしろと?」
「無医村だったこの村に医療を持ち込んでくれたのは・・誰のおかげか
わかるな?」
「・・・」
「村長の威厳は守らないといかんのだ!」
「わかりました!」
「頼む!」
僕は狙いを定めた。
「でやあ!」
球は速くはないが真っ直ぐ走った。
「うぬ!」
彼は見送った。
「す・・・・ボ、ボール!」
審判はためらっていた。
「うそだろ?」
しかしあくまでも判定はボールだ。
ならば・・・。振らせるしかないな。
「ふらあ!」
フライのごとく、スローボールが舞った。
「ほいほいほい・・・・うりゃ!」
しかし空振りだ。
「ふぬう!」
焦った彼は周囲を見回した。
「行くぞ。2球目!」
今度はやや近づいて、下手投げのスローボールだ。
「ふぬぬ・・・・くわっ!」
彼は顔面を高潮させて大振りした。
ズバンと球はミットに収まった。
副院長がベンチからサインするように、僕はゆっくり前へ前へ進んだ。
小学生相手の投球ぐらいにだ。
「いきますよ!」
「手抜きはせん!」
品川君の投げた球には、さきほどの勢いがない。酒屋の息子の振ったバットは直撃、
2塁ベースをバウンドし外野へ。
ランナー1塁。まだ酔ってるようで、リードもフラフラしている。
「まだ酔ってるな。たしかに・・そこだっ!」
僕は先ほどから投げるつもりだった牽制で刺した。
「アウトオ!」
「いいぞいいぞ!」
品川君はガッツポーズだ。
2番の女性が出てきた。
色目を使うような表情で、一応バットを持つ構え。
「(品川くん。ボールは投げるな!今度は!)」
「(し、しかし・・・)」
「(絶対に投げるな!)」
「タ、タイム!」
彼は僕のとこまで走ってきた。
「ユウキ先生。弱みを握られてるんですよ」
「弱み?性病でも?」
「いやいや。手を出したら、実は既婚者で」
「で?」
「僕が女に恥をかかしたら、ダンナに言うと」
「脅しか?」
「なので先生・・ここは」
「ダメだダメだ!」
僕らは考えた末・・。
『(球場内放送)ピッチャー交代。ユウキ先生』
おおお・・とフェンス外がどよめいた。
僕はマウンドに立った。
これがしたかった。
「僕がピッチャーなら、別に関係ないだろ?」
僕は決めのセリフっぽくつぶやいた。
彼女は大きく構えた。やる気だ。
僕は周囲を見回した。
みんな僕を睨んでいる。敵だらけだ。
しかしこの2年間ためてきたストレスをここで有効活用しなければ。
君ら村民へのストレスだよ。
僻地医療に携わる人へ。
< 村民に 「染まるぐらい」が 命取り > 一句だ!
僕は自分に勇気付けするために、イナカ救急へ電話した。
『こちら医局』
「ハカセ?オレ、今マウンドに立っててね」
『今は大変なんです!救急が雨のごとく来て!』
「え?」
『救急は救急で人員はいるんですが。外来の数が半端じゃないです!』
「外来?」
『外来は、院長・副院長がやってたので僕らには・・!』
「院長は入院中だとしても。副院長がいるだろ?」
『知らないんですか?先生』
「これまた、なに?」
『彼は辞めました』
「なに?赤井先生が?」
『先生。彼は真珠会派なんですよ』
「なにそれ?」
「さっさと投げろ!ボケ!」
フェンス外が騒がしい。
「うるさい!ボケ!で・・?」
『イナカ救急がなくなったあと、ここを乗っ取るグループの一員・・』
買われたのか?たぶんそうだ。
『ユウキ先生!来て欲しい!』
「あ。ああ。外来なら自分でも」
『お願いします!』
電話を切り、僕はふりかぶった。
し、しかし。思ったより打席は遠い。
「うら!」
ボールはヒューン、と弧を描いて捕手の手前でバウンドした。
「ボール!」
「あらら・・・」
彼女はビーバーのような歯をむき出しにして、せせら笑った。
とにかく確実にストライクを投げたい。
よし。
僕は大きく振りかぶり、投げた、その球は・・・。
スルスルスル・・・と飛んでいく、スローボールだ。
「き・・きゃっ!」
彼女は一振りして、空振りのまま倒れた。
フェンスの外側が騒いだ。
「女の子を倒した!」「ろくな男やねえ!」「女を!」
「タイム!」
向こうのチームからオッサンが1人。
「バッター交代!」
「え?そんなのあり?」
僕は思わず叫んだ。
「彼女。妊娠してるかもしれないし」
「はあ?」
不振に思った品川君がオッサンのもとへ走った。
「妊娠?ホントか?」
「してるかも、だ」
「してないしてない!」
「な、なぜわかる?」
「卑怯な手だ!」
「何を言う?」
品川君は気が動転している。理由は明らかだ。
彼は僕のとこへ走ってきた。
「ユウキ先生。僕はそんな、妊娠までは」
「そんなの、分からないよ!」
「ホンマやって!それはこれまで避けてきた!」
「どうやって信じる?」
またフェンスの外が騒がしくなった。
「ジェラシーか?」「ホモ達やであいつら!」「ここでやんなよ!」
「品川くん。たぶんその人のダンナの子だよ」
「うん。そのはずだ」
彼は遠ざかっていった。
僕はふりかぶった。
「ったく。する奴らが悪いんだよ!」
やっぱり超、スローボールだ。
代打の兄ちゃんは、ぐっとバットを引いて・・
「おわっ?く、くそ!」
空振りだ。力みすぎたか。
「よしあと1球だ!バンババン!それ!」
今度はフライのように振り上げた球だ。しかし、どうみてもボールになりそう。
しかしバッターの彼は、どうしても打ちたいというプライドがあった。
「こなくそ!ほりゃあ!」
完全な空振りだ。
「バッターアウトだ!」
僕は片手を夕日に向かって伸ばした。
「あと1人だ!あと1人!」
僕はそのまま続投を希望した。
「代打!」
向こうの監督は、そういや欠席していたはずの向井を立たせた。
官舎の手前に住んでいる、放蕩息子だ。
「ペッ!こーい!」
彼は鋭く僕をにらんだ。
捕手の品川くんは指を<ファックユー>した。
僕はうなずいた。
「超スローボール・・・うりゃ!」
これまた大きなフライが舞い上がった。
向井は足踏みしたまま、余裕で見送った。
「ボール!」
「これはどうだ!うりゃ!」
同様に、スローボールは弧を描いてキャッチャーミットに収まった。
「ボール!」
「うそだろ・・?」
今度は下手投げで、直球。
「お?くるか・・?」
余裕の彼は、低く腰を据えて球めがけて・・・振った。
キン!という音が聞こえたときには、3塁手が外野に向かって走っていた。
2塁ランナー1人。
「品川くん!やっぱ代わろうかな!」
「なにをいう!」
「スローボールはまぐれだ」
「先生!いつも言ってるじゃないスか!」
「?」
「指先に集中しろ・・・!」
僕は甘えを打ち消し、再びふりかぶった。
次も代打。黒く焼けた男性。上半身裸。
「てい!」
またも打たれた。幸い、2塁ランナーは3塁どまり。
2死、1・3塁だ。
迎え撃つは・・・村長だ。こっちにとってはラッキーだ。
楽勝の感がある。
「お前か。こい!」
老年の村長は僕を鋭く睨んだ。
「タイム!」
ベンチから副院長がやってきた。
「ユウキ!こらユウキ!」
「はい?」
「勝つなんて思うな!」
「はあ?」
「相手は村長だぞ!」
「ソンチョウしろと?」
「無医村だったこの村に医療を持ち込んでくれたのは・・誰のおかげか
わかるな?」
「・・・」
「村長の威厳は守らないといかんのだ!」
「わかりました!」
「頼む!」
僕は狙いを定めた。
「でやあ!」
球は速くはないが真っ直ぐ走った。
「うぬ!」
彼は見送った。
「す・・・・ボ、ボール!」
審判はためらっていた。
「うそだろ?」
しかしあくまでも判定はボールだ。
ならば・・・。振らせるしかないな。
「ふらあ!」
フライのごとく、スローボールが舞った。
「ほいほいほい・・・・うりゃ!」
しかし空振りだ。
「ふぬう!」
焦った彼は周囲を見回した。
「行くぞ。2球目!」
今度はやや近づいて、下手投げのスローボールだ。
「ふぬぬ・・・・くわっ!」
彼は顔面を高潮させて大振りした。
ズバンと球はミットに収まった。
副院長がベンチからサインするように、僕はゆっくり前へ前へ進んだ。
小学生相手の投球ぐらいにだ。
「いきますよ!」
「手抜きはせん!」
コメント