プライベート・ナイやん 6-4 外来交渉人
2005年6月6日「次!」
「みぞおちが痛くて・・」
20代の男子大学生。なぜか母親がついてきている。
「ここ?」
「そう!そこ!」
「押しても大丈夫なんですか?」
母親がしかめっ面で見ている。
「診察、させてくださいよ・・」
僕はそう漏らした。微熱あり。中年女性なら胆石とかありそうだが、
若年男性なら・・。
「胃カメラしましょう。胃カメラ」
「ええっ?」
「その前に採血とお腹のレントゲン」
母親が腕組みしている。
「先生。胃カメラは検査を見てからでしょう?」
「は?ま、そうですが」
「この子、気が小さいんです。あまり脅かさないでください」
「この子って・・・・22歳でしょう?」
「そうです。私の息子です!」
息子は涙目で僕を睨んでいる。
「息子さん。酒は飲んでない?」
「酒?」彼は母親を見た。
「なんで母さんを見る?」
僕は思わず指摘した。
「飲んでないよね。トモくん」
母親はやさしい視線で囁いた。
乳、飲んでるのか?
「次!」
中年女性が入ってきた。
「調子は?」
「私じゃありません!」
彼女は座って、また立ち上がった。
「お父さあん!」
まぎらわしいな。
カーテンの向こうから酸素ボンベを引っ張ってきた60代男性痩せ型。
「ヒー、フー」
「大丈夫?じゃなさそうだな・・」
指で酸素飽和度を測定。
「91%か・・・あまり良くないな」
ふだんの記録だと、いつも95%前後。
「酸素がいつもより少ない。検査を」
「ははあ。悪いか。やっぱりな」
メガネのじいさんは自慢げに娘を見上げた。
「先生。肺炎にはなってないと思う。だからレントゲンはいらん」
「いらんって、そんな・・」
「なあに。ちょっと痰が出しにくくて、それで調子が悪いんや。一時的に」
「一時的なもんでもなさそうですよ」
「とにかくレントゲンはええから」
「わかりました」
「話の分かる先生やなあ!」
「じゃ、行きましょう!CT!」
「おっ?」
不意打ちを食らった患者はナースにそのまま連れて行かれた。
「先生。今後もあの調子でお願いします」
太った娘がすこし喜んでいた。
「次!」
77歳女性。夫が連れてきた。
「脳梗塞の後遺症っちゅうことなんやが。なんか最近、ひどいことばっか言うんですやなあ」
「ひどいこと?」
「物を投げてきたり。『お前はハゲててまぶしいから夜は眠れん!』とか」
ナースが思わず吹き出した。
「おい!で?以前はそういうことは言わなかった・・?」
「ええ。おとなしくて上品なばあさんやったが・・」
「薬は脳循環改善剤に、アリセプトか」
「物忘れがひどかったんやが。それはマシになってたんやが」
「ピック病?でもアリセプトが最近追加か・・・」
「ピック?ブタですか?」
「なんでやねん!副作用のとこみると、<興奮>がありますね。いったんやめましょう」
「物忘れの薬を?」
「ええ」
「じゃあ、また物忘れしてくる?」
「かもしれません」
「そりゃ、いかんがな」
「攻撃的な性格を抑えるために・・」
「うーん。ま、任せますわ」
夫は手放すように従ってくれた。
「次!」
さきほどの肝臓癌既往の男性。家族も入ってきた。
「説明するよ。肝臓の働きは、かなり悪い」
「ふんふん」
息子とおぼしき若い男性がうなずく。
「画像では、腹水っていう水が溜まってる。肝臓などの周囲にね」
「ふんふん。分かりますよ」
態度のでかい息子だな・・。
「なあ!よしゆき!ちゃんと聞いとけよ!」
患者は息子の肩をパシッと強く叩いた。
「で。肝臓の中。ここ少し白っぽいね。これは以前、TAEといって・・」
「TAEも知ってます。2箇所ですよね」
「ええ。それで・・」
「肝硬変の方が進行したと。だから入院してくれと」
「肝硬変には代償期・・」
「代償期と非代償期ってのがあって、親父は悪いほうの、非代償期」
「うん。で・・」
「アンモニアもたぶん高いでしょうね」
「もうちょっと時間がかかるし」
「じゃあ聞きますが。いいですか?先生」
物凄い早口の息子だ。医者か?
「こんなに悪くなってこんな説明を受けてもですね。家族は<ハイそうですか>
って納得できないんですね」
クールな息子はアドレナリンひとず漏らさず淡々と喋り続けた。
「まあこの病院は担当医がよく代わる。それは私も知ってますけどね。ちなみに
いろんなテンポを立ち上げて従業員をたくさん抱えてますからそれは分かりますけども」
「テンポ?」
「店舗ですよ。お店。屋台とかじゃなくてね。チェーン店っていうのかな」
どうやら実業家かなにかのようだな。
「でね、先生、先生。いいですか。この時期ね。たとえ転職だとかで回転が速くなっても、
患者さんのカルテは1冊ですよね。カルテは1つの人格の反映であり個人のすべて。それを
複数の医者がたらいまわしにしてる。その現状」
何を言いたいんだ?この人。
「その個人の情報をですね。<いや、僕は今回初めて見た患者だからそれまでのことに
関しては責任はない>。という態度では、まるで駐車場の張り紙なんですね」
「張り紙?僕が?」
「なんで分からないのかな、もう。あるでしょうが。<事故が起こっても本駐車場は一切
責任は持ちません>って!」
「なるへそ・・?」
「ですからあなたは主治医として、これから治療をするという責任だけでなく、これまでの
ことに関しても責任を感じていってほしいわけですね」
「責任ねえ・・・」
「まあそれをどう代償してもらうかは、いろいろ手段があるわけですけども」
脅しにかかるつもりか。
「ですが、患者さんは検査を何度も勧めたのにその検査を・・」
「そらね。そこ」
今度は何だよ?
「医者がね。検査を勧めるっていうのは一大事。父にとっては天地を揺るがす大事件
なんですね」
「そうかなあ・・・」
「実際に検査を受けて異常があったらどういう治療が必要だとか、そういう必要性って
いうのをきちんと説明してないと思うんですよね」
「ふうん・・・」
「でないとこれは税金の無駄遣いにもなりうるわけですよね」
「あっそう・・・」
「それは国民のほうに戻ってきて貧困化させ、また病気を作るという悪循環を生み出すわけです」
「なんかなあ・・・でね。入院してこのたまった水を・・・」
「私は素人なのでね。そういう説明を受けても」
「そうですか。ならこちらにお任せするようお願いいたします」
「え、ええ。それはお願いいたします」
相手のひるんだ隙に、カタはついた。
「みぞおちが痛くて・・」
20代の男子大学生。なぜか母親がついてきている。
「ここ?」
「そう!そこ!」
「押しても大丈夫なんですか?」
母親がしかめっ面で見ている。
「診察、させてくださいよ・・」
僕はそう漏らした。微熱あり。中年女性なら胆石とかありそうだが、
若年男性なら・・。
「胃カメラしましょう。胃カメラ」
「ええっ?」
「その前に採血とお腹のレントゲン」
母親が腕組みしている。
「先生。胃カメラは検査を見てからでしょう?」
「は?ま、そうですが」
「この子、気が小さいんです。あまり脅かさないでください」
「この子って・・・・22歳でしょう?」
「そうです。私の息子です!」
息子は涙目で僕を睨んでいる。
「息子さん。酒は飲んでない?」
「酒?」彼は母親を見た。
「なんで母さんを見る?」
僕は思わず指摘した。
「飲んでないよね。トモくん」
母親はやさしい視線で囁いた。
乳、飲んでるのか?
「次!」
中年女性が入ってきた。
「調子は?」
「私じゃありません!」
彼女は座って、また立ち上がった。
「お父さあん!」
まぎらわしいな。
カーテンの向こうから酸素ボンベを引っ張ってきた60代男性痩せ型。
「ヒー、フー」
「大丈夫?じゃなさそうだな・・」
指で酸素飽和度を測定。
「91%か・・・あまり良くないな」
ふだんの記録だと、いつも95%前後。
「酸素がいつもより少ない。検査を」
「ははあ。悪いか。やっぱりな」
メガネのじいさんは自慢げに娘を見上げた。
「先生。肺炎にはなってないと思う。だからレントゲンはいらん」
「いらんって、そんな・・」
「なあに。ちょっと痰が出しにくくて、それで調子が悪いんや。一時的に」
「一時的なもんでもなさそうですよ」
「とにかくレントゲンはええから」
「わかりました」
「話の分かる先生やなあ!」
「じゃ、行きましょう!CT!」
「おっ?」
不意打ちを食らった患者はナースにそのまま連れて行かれた。
「先生。今後もあの調子でお願いします」
太った娘がすこし喜んでいた。
「次!」
77歳女性。夫が連れてきた。
「脳梗塞の後遺症っちゅうことなんやが。なんか最近、ひどいことばっか言うんですやなあ」
「ひどいこと?」
「物を投げてきたり。『お前はハゲててまぶしいから夜は眠れん!』とか」
ナースが思わず吹き出した。
「おい!で?以前はそういうことは言わなかった・・?」
「ええ。おとなしくて上品なばあさんやったが・・」
「薬は脳循環改善剤に、アリセプトか」
「物忘れがひどかったんやが。それはマシになってたんやが」
「ピック病?でもアリセプトが最近追加か・・・」
「ピック?ブタですか?」
「なんでやねん!副作用のとこみると、<興奮>がありますね。いったんやめましょう」
「物忘れの薬を?」
「ええ」
「じゃあ、また物忘れしてくる?」
「かもしれません」
「そりゃ、いかんがな」
「攻撃的な性格を抑えるために・・」
「うーん。ま、任せますわ」
夫は手放すように従ってくれた。
「次!」
さきほどの肝臓癌既往の男性。家族も入ってきた。
「説明するよ。肝臓の働きは、かなり悪い」
「ふんふん」
息子とおぼしき若い男性がうなずく。
「画像では、腹水っていう水が溜まってる。肝臓などの周囲にね」
「ふんふん。分かりますよ」
態度のでかい息子だな・・。
「なあ!よしゆき!ちゃんと聞いとけよ!」
患者は息子の肩をパシッと強く叩いた。
「で。肝臓の中。ここ少し白っぽいね。これは以前、TAEといって・・」
「TAEも知ってます。2箇所ですよね」
「ええ。それで・・」
「肝硬変の方が進行したと。だから入院してくれと」
「肝硬変には代償期・・」
「代償期と非代償期ってのがあって、親父は悪いほうの、非代償期」
「うん。で・・」
「アンモニアもたぶん高いでしょうね」
「もうちょっと時間がかかるし」
「じゃあ聞きますが。いいですか?先生」
物凄い早口の息子だ。医者か?
「こんなに悪くなってこんな説明を受けてもですね。家族は<ハイそうですか>
って納得できないんですね」
クールな息子はアドレナリンひとず漏らさず淡々と喋り続けた。
「まあこの病院は担当医がよく代わる。それは私も知ってますけどね。ちなみに
いろんなテンポを立ち上げて従業員をたくさん抱えてますからそれは分かりますけども」
「テンポ?」
「店舗ですよ。お店。屋台とかじゃなくてね。チェーン店っていうのかな」
どうやら実業家かなにかのようだな。
「でね、先生、先生。いいですか。この時期ね。たとえ転職だとかで回転が速くなっても、
患者さんのカルテは1冊ですよね。カルテは1つの人格の反映であり個人のすべて。それを
複数の医者がたらいまわしにしてる。その現状」
何を言いたいんだ?この人。
「その個人の情報をですね。<いや、僕は今回初めて見た患者だからそれまでのことに
関しては責任はない>。という態度では、まるで駐車場の張り紙なんですね」
「張り紙?僕が?」
「なんで分からないのかな、もう。あるでしょうが。<事故が起こっても本駐車場は一切
責任は持ちません>って!」
「なるへそ・・?」
「ですからあなたは主治医として、これから治療をするという責任だけでなく、これまでの
ことに関しても責任を感じていってほしいわけですね」
「責任ねえ・・・」
「まあそれをどう代償してもらうかは、いろいろ手段があるわけですけども」
脅しにかかるつもりか。
「ですが、患者さんは検査を何度も勧めたのにその検査を・・」
「そらね。そこ」
今度は何だよ?
「医者がね。検査を勧めるっていうのは一大事。父にとっては天地を揺るがす大事件
なんですね」
「そうかなあ・・・」
「実際に検査を受けて異常があったらどういう治療が必要だとか、そういう必要性って
いうのをきちんと説明してないと思うんですよね」
「ふうん・・・」
「でないとこれは税金の無駄遣いにもなりうるわけですよね」
「あっそう・・・」
「それは国民のほうに戻ってきて貧困化させ、また病気を作るという悪循環を生み出すわけです」
「なんかなあ・・・でね。入院してこのたまった水を・・・」
「私は素人なのでね。そういう説明を受けても」
「そうですか。ならこちらにお任せするようお願いいたします」
「え、ええ。それはお願いいたします」
相手のひるんだ隙に、カタはついた。
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