プライベート・ナイやん 6-8 TIAをなめるなよ!
2005年6月8日娘が登場した。
「息子さんに説明したんですがね。さっき・・」
「よしゆきは、家族の面倒も見ないのにああやって冷やかしにだけ来るんです!」
「あっそ・・」
「父の面倒を見ているのはあたしなんです!」
「わ、わかりました・・」
また説明を。患者は補聴器をつけて、耳ダンボになっている。
癌の話でなく、肝硬変主体で。
「酒を飲んでることもあって、肝硬変がまた悪化を」
本人は酸素吸入している。
「はあ。やっぱり酒はいかんのですね」
娘が答えた。
「それはもう当然の当然!」
「癌の再発は・・」
「今回のCTはとりあえず造影剤を使わずに撮った写真なので、なんとも・・」
「じゃあ入院ですね。おとうさん!」
「いやじゃ!」
<お父さん>は頑固に断ってきた。
説得に時間をかけている余裕などない。
「お父さん。いくらなんでも、それはひどいよ」
僕は甘えたように目線を合わせた。
「わ、わしの命じゃ!」
「娘さん・・・お子さんは?」
「え?い、います」
「小学生?」
適当に聞いた。
「幼稚園です」
「そうか。幼稚園か・・」
僕は下を向いた。で、また見上げた。
「お父さん。これで結局家に帰ってお孫さんに迷惑かけても」
「迷惑など、かけやせん!」
「かけますって!」
「なぜにや?移る病気なのかっ?」
「移らないけど!移らないけど!」
「ほうれ!どうしたあ!」
彼が優勢になってきた。
「う、移らないけど・・・お孫さんには分かると思う」
「なにがあ?」
「<お父さんは、お医者さんの言う事も聞かずに帰ってきた>」
「別にええやないかあ!」
「<僕もそうすればいいんだ>」
「なにぃ?」
「大人の行動を、子供は見てます。悪い手本でも、そのまま真似る」
ええこと言うなあ、オレ・・。
「こ、子供が分かるんか?」
お父さんは娘を見上げた。
「わ、分かるわよ!」
「そうか・・」
僕は入院時指示を書きながら続けた。
「たとえ酒を飲んでいたとしても!もう飲まないと決めたわけでしょうが?」
「そ、そりゃな・・」
「なら中途半端なことはしないほうがいいです。ダラダラ長期入院でなく、
短期決戦を臨みましょう!」
「そうやな・・」
入院が決まった。指示を受け取ったナースが1行ずつ確認した。
「センセ。<短期決戦>という言葉は問題じゃありませんこと?」
「そう思いつくこと自体が問題なんだよ!次!」
トモ君が母親と入ってきた。みぞおちの痛みで点滴も終了したようだ。
「で?先生。結果は?」
母親は入ってくるなり促した。
「はいはい。白血球が少し増えているね」
「はっけっきゅう?」
「いろんなことで増えます」
「で?診断は?」
「・・・・CTでも胆石はなさそうだし、採血でも胆嚢炎とかは否定的」
「だから、診断は?」
「待ってよ、言わせて。膵臓もCTでは腫大なく、アミラーゼも正常値」
「し・ん・だ・・・ん!」
僕はやっと母親のほうを向いた。
「やっぱり胃カメラしましょうよ!」
「くく・・・これだけ検査したのに?」
「胃・十二指腸はカメラしないと!」
青年でいい大人の<トモ君>は目で母親にすがった。
「いやや。胃カメラこわあい!」
「そら!本人もいやがってる!」
母親は目くじらを立てた。
「お母さん。説得してよ・・」
「しんどいのに!」
「今は鎮静剤を使って、半分うつつの状態で検査できるんです」
「鎮静剤?眠るの?」
「ウトウトとね」
「おおこわ!」
母親は息子を引っ張り、立ち上がった。
「検査しないなら・・・薬出すよ。とりあえず」
PPIのタケプロンに、ムコスタ処方。頓服にブスコパン。
ナースが眼鏡越しにチェックした。
「先生。胃カメラで確定もしてなくて、いいんですか?」
「タケプロンか?いいだろ別に」
「ふつうはH2ブロッカーのガスターとかにしません?」
うるさいな、いちいち・・・。
「たいてい病院の職員は、胃がムカムカしたらしょっぱなからPPIだぞ!次!」
COPDで酸素ボンベを引っ張っていたじいさん。太った娘と入る。
「どうでしたかな?写真のほうは?」
「CTだったね。肺は正常・・?ん?おい!」
僕はナースの方に指摘した。違う患者の写真だ。
「何だこれは!」
僕は怒って立ち上がった。
「ん?」
ナースはまだ分かっていない。
「この人の写真!」
「え?それ・・」
「よく見ろってんだよ!」
危うく、違う写真で説明するとこだった。危ない危ない・・・!
ナースは謝りもせず、写真をかけ直した。
「・・・肺炎像はないな。ないけどもやね!」
僕は患者のほうを向いた。
「気管支炎による悪化か、心不全の可能性はあるかも」
「そうでっか。じゃ、入院でっか」
「酸素が不足してるからね。いつもより・・・ん?」
僕はボンベを見て気づいた。
「これ、酸素・・・切れてるのでは?」
娘に指摘した。
「ないよこれ!酸素!交換は?」
「長期間、旅行に行ってて・・そういえば」
娘は口に手を当てた。
「なんだよおい・・」
従来の酸素量で吸入させると、従来通りの状態だった。
業者を呼んで、酸素補充。
「試験でいうところの、<どちらでもない>に匹敵する症例だな」
76歳の初診。ふつうに歩いている。
「さっき、別の病院に行ってきたんじゃが」
「ええ」
「朝早く、体の片方に力が入らなくなってな」
「ええ。何分くらい?」
「5分かな」
「で、どっかの病院を受診したと」
「開業医のな」
「検査は?」
「いいや。年じゃろう、ということでな」
「なんだそれ・・・」
「薬だけ持たされたが、やっぱ不安でな」
薬を見たが・・・脳循環改善剤だけ。
開業医ってのはイマイチだな。他人事というか、なんか・・・。
「これまで同様の発作を?」
腱反射をしながら質問。気を逸らせながらやるのがコツだ。
「半年前な。あのときは・・一瞬だったがな」
僕は片手でメモ帳の「TIA:一過性脳虚血発作」のところを見た。
「入院しましょう」
「え?そんなに悪い?」
「とりあえずCTは撮りますが」
「写真はこれじゃ」
彼は床に伏せてあった写真を手渡した。
「これは?」
「半年前のじゃ」
「自分で保管を?」
「そうじゃ。行く先々の病院でコピーをもらっとる」
「しっかりしてるなあ・・・」
実際、こうしている人を何人かみかける。
そのうち携帯で画像として保存する人が出てきてもおかしくない。
本日の写真が出来た。
「今回も、画像的には問題ないようですね。MRIもするとして」
「入院せな、いけませんか?」
「したほうがいいです」
「でも写真は異常ないんじゃろ?」
「血管が血栓で一時的に詰まったようです。また繰り返す恐れが」
「半年前もそうなのか?」
「だったかも」
「あのとき診てくれた医者は、もう大丈夫だから帰っていいと。たしか名前は、弘田・・」
アパムめ。
「息子さんに説明したんですがね。さっき・・」
「よしゆきは、家族の面倒も見ないのにああやって冷やかしにだけ来るんです!」
「あっそ・・」
「父の面倒を見ているのはあたしなんです!」
「わ、わかりました・・」
また説明を。患者は補聴器をつけて、耳ダンボになっている。
癌の話でなく、肝硬変主体で。
「酒を飲んでることもあって、肝硬変がまた悪化を」
本人は酸素吸入している。
「はあ。やっぱり酒はいかんのですね」
娘が答えた。
「それはもう当然の当然!」
「癌の再発は・・」
「今回のCTはとりあえず造影剤を使わずに撮った写真なので、なんとも・・」
「じゃあ入院ですね。おとうさん!」
「いやじゃ!」
<お父さん>は頑固に断ってきた。
説得に時間をかけている余裕などない。
「お父さん。いくらなんでも、それはひどいよ」
僕は甘えたように目線を合わせた。
「わ、わしの命じゃ!」
「娘さん・・・お子さんは?」
「え?い、います」
「小学生?」
適当に聞いた。
「幼稚園です」
「そうか。幼稚園か・・」
僕は下を向いた。で、また見上げた。
「お父さん。これで結局家に帰ってお孫さんに迷惑かけても」
「迷惑など、かけやせん!」
「かけますって!」
「なぜにや?移る病気なのかっ?」
「移らないけど!移らないけど!」
「ほうれ!どうしたあ!」
彼が優勢になってきた。
「う、移らないけど・・・お孫さんには分かると思う」
「なにがあ?」
「<お父さんは、お医者さんの言う事も聞かずに帰ってきた>」
「別にええやないかあ!」
「<僕もそうすればいいんだ>」
「なにぃ?」
「大人の行動を、子供は見てます。悪い手本でも、そのまま真似る」
ええこと言うなあ、オレ・・。
「こ、子供が分かるんか?」
お父さんは娘を見上げた。
「わ、分かるわよ!」
「そうか・・」
僕は入院時指示を書きながら続けた。
「たとえ酒を飲んでいたとしても!もう飲まないと決めたわけでしょうが?」
「そ、そりゃな・・」
「なら中途半端なことはしないほうがいいです。ダラダラ長期入院でなく、
短期決戦を臨みましょう!」
「そうやな・・」
入院が決まった。指示を受け取ったナースが1行ずつ確認した。
「センセ。<短期決戦>という言葉は問題じゃありませんこと?」
「そう思いつくこと自体が問題なんだよ!次!」
トモ君が母親と入ってきた。みぞおちの痛みで点滴も終了したようだ。
「で?先生。結果は?」
母親は入ってくるなり促した。
「はいはい。白血球が少し増えているね」
「はっけっきゅう?」
「いろんなことで増えます」
「で?診断は?」
「・・・・CTでも胆石はなさそうだし、採血でも胆嚢炎とかは否定的」
「だから、診断は?」
「待ってよ、言わせて。膵臓もCTでは腫大なく、アミラーゼも正常値」
「し・ん・だ・・・ん!」
僕はやっと母親のほうを向いた。
「やっぱり胃カメラしましょうよ!」
「くく・・・これだけ検査したのに?」
「胃・十二指腸はカメラしないと!」
青年でいい大人の<トモ君>は目で母親にすがった。
「いやや。胃カメラこわあい!」
「そら!本人もいやがってる!」
母親は目くじらを立てた。
「お母さん。説得してよ・・」
「しんどいのに!」
「今は鎮静剤を使って、半分うつつの状態で検査できるんです」
「鎮静剤?眠るの?」
「ウトウトとね」
「おおこわ!」
母親は息子を引っ張り、立ち上がった。
「検査しないなら・・・薬出すよ。とりあえず」
PPIのタケプロンに、ムコスタ処方。頓服にブスコパン。
ナースが眼鏡越しにチェックした。
「先生。胃カメラで確定もしてなくて、いいんですか?」
「タケプロンか?いいだろ別に」
「ふつうはH2ブロッカーのガスターとかにしません?」
うるさいな、いちいち・・・。
「たいてい病院の職員は、胃がムカムカしたらしょっぱなからPPIだぞ!次!」
COPDで酸素ボンベを引っ張っていたじいさん。太った娘と入る。
「どうでしたかな?写真のほうは?」
「CTだったね。肺は正常・・?ん?おい!」
僕はナースの方に指摘した。違う患者の写真だ。
「何だこれは!」
僕は怒って立ち上がった。
「ん?」
ナースはまだ分かっていない。
「この人の写真!」
「え?それ・・」
「よく見ろってんだよ!」
危うく、違う写真で説明するとこだった。危ない危ない・・・!
ナースは謝りもせず、写真をかけ直した。
「・・・肺炎像はないな。ないけどもやね!」
僕は患者のほうを向いた。
「気管支炎による悪化か、心不全の可能性はあるかも」
「そうでっか。じゃ、入院でっか」
「酸素が不足してるからね。いつもより・・・ん?」
僕はボンベを見て気づいた。
「これ、酸素・・・切れてるのでは?」
娘に指摘した。
「ないよこれ!酸素!交換は?」
「長期間、旅行に行ってて・・そういえば」
娘は口に手を当てた。
「なんだよおい・・」
従来の酸素量で吸入させると、従来通りの状態だった。
業者を呼んで、酸素補充。
「試験でいうところの、<どちらでもない>に匹敵する症例だな」
76歳の初診。ふつうに歩いている。
「さっき、別の病院に行ってきたんじゃが」
「ええ」
「朝早く、体の片方に力が入らなくなってな」
「ええ。何分くらい?」
「5分かな」
「で、どっかの病院を受診したと」
「開業医のな」
「検査は?」
「いいや。年じゃろう、ということでな」
「なんだそれ・・・」
「薬だけ持たされたが、やっぱ不安でな」
薬を見たが・・・脳循環改善剤だけ。
開業医ってのはイマイチだな。他人事というか、なんか・・・。
「これまで同様の発作を?」
腱反射をしながら質問。気を逸らせながらやるのがコツだ。
「半年前な。あのときは・・一瞬だったがな」
僕は片手でメモ帳の「TIA:一過性脳虚血発作」のところを見た。
「入院しましょう」
「え?そんなに悪い?」
「とりあえずCTは撮りますが」
「写真はこれじゃ」
彼は床に伏せてあった写真を手渡した。
「これは?」
「半年前のじゃ」
「自分で保管を?」
「そうじゃ。行く先々の病院でコピーをもらっとる」
「しっかりしてるなあ・・・」
実際、こうしている人を何人かみかける。
そのうち携帯で画像として保存する人が出てきてもおかしくない。
本日の写真が出来た。
「今回も、画像的には問題ないようですね。MRIもするとして」
「入院せな、いけませんか?」
「したほうがいいです」
「でも写真は異常ないんじゃろ?」
「血管が血栓で一時的に詰まったようです。また繰り返す恐れが」
「半年前もそうなのか?」
「だったかも」
「あのとき診てくれた医者は、もう大丈夫だから帰っていいと。たしか名前は、弘田・・」
アパムめ。
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