「ユウキ先生。アパムに何か言いました?」
「聞き分け悪いぞ。ハカセ」
「前のオーベンのときも大変だったんです」
「アパムの前のオーベンは、ナースとの恋のもつれだろ?」
「ま、それもありますが。直接の原因は・・」
「?」
「アパムの・・」
「なんだよ?」
「怖くて言えない」
「なんだあ?そこまで言っておいて!」
「あ、呼ばれた!」
彼は走っていった。
「呼ばれてないじゃないかよ!」

僕は診察室へ戻った。気を取り直して・・・。

50代で右脚ブロックの人。せっかく来てもらったから
検査を出していた人だ。もう2時間も待たせたな・・。

「どうなってんねや、ぶつぶつ!」
彼は怒りながら入ってきた。
「先生!おかげさんで、午後の予定キャンセルしてしまいましたわ!」
「そ、それは・・」
「いったい全体、いろいろ検査して・・・全部でいったいいくらになるんですか!」

検査結果を取り出した。

「そこに座ってください」
「いいや、立って聞く!」
妙な意地っ張りだな。

「レントゲンでは心臓の拡大はなし。肺の異常陰影もない」
「・・・・・」
「心電図では、やはり右脚ブロック」
「やはりって何や?やはりって?」
「やっぱりそうなんだな、という意味・・」
「分かってたんやないか!なのにまた同じ検査して!」
「採血は・・・」
「異常なしやろ?どうせ」
「今回のブロックとは関係ないですが・・・中性脂肪高いですね」
「いくらや?」
「886」ちなみに正常値は150mg/dl以下。
「うん。まだええほうええほう」
「よくないよくない」
「酒やめ、っちゅうんやろ?どこの医者も同じやな」
「酒、減らせません?」
「減らす?減らせるよ」
「なら、そうしてください。でもこの数値は、なかなか自力では・・」
「よし!先生に任せる!」

いきなりなんだ?

「わしな、いろんな病院で言われたんや。<酒は今日からやめ!一滴も飲んだらアカン!>」
「ま、言われるでしょうね」
「そんなん無理や!無理!なんで昨日までやな、1日5〜6合飲んでたオッサンが
いきなり酒をやめれる?やめることで体に異変が起きるんとちゃいまっか?」

このオッサンの指摘は鋭かった。大量飲酒者がいきなり断酒すると、離脱症状が起こること
がある。48時間以内が多い。

「その点、先生。アンタはやな。減らしたらなんとかなるって言うてくれた!」
「そう言ったかな?」
「薬出してくれ!先生の言うのやったら、何でも飲む!」
僕は交渉に出た。
「では、今日出しますエパデ−ル・・・これを1ヶ月。1ヵ月後に絶食で来てください」
「うん。くるくる」
「そのときの検査で中性脂肪が・・そうですね。500以下になってるかどうか」
「ふんふん」
「なってなければ内服を足します」
「薬、増えるのはイヤやなあ」
「しょうがないよ」
「副作用とか出やすくなるんちゃいまっか?」
「そりゃ薬だから」
「クスリはリスク、か。あはは!上から読んでも下から読んでも!はは!」

くだらん・・・。

「だからね。そこは酒を減らすことで回避できるかも」
「そうか。酒減らしたら済む話や。簡単やな!わはは」
「では」
「1ヵ月後もよろしゅう!先生!」

1ヵ月後、僕はすでにここにいない。

「次!」
と言おうとしたとき、いきなりスーツ姿のじいさんが入ってきた。
かなり高齢だと思うが、背筋がしっかりしている。

「おい君」
「はい?どちらさんで・・」
「弘田の父。この町の町長をやっている」
「弘田先生、今探してまして」
「ウソをつくな、ウソを。探してなどないくせに!」

確かにそうだ。

「息子から聞いたぞ」
「聞いたって・・・?」
「たとえ指導医でもな。脅迫するような口ぶりで、研修医をいじめるな!」
「僕はいじめてなど・・だったかな」
「それ見ろ。わしは修業をと思って、息子をこの病院に送り込んだ」
「・・・・・」
「あくまでも修業だ!奴隷としてではない!」
「僕は、指導の一環で説教しただけです!」
「お前に説教する資格があるのか?お前のことは調べ済みだ!」
「なっ・・?」

彼は封筒を取り出した。

「なになに・・・・ふんふん。なるほど」

僕のこれまでの勤務評定か?そのコピーか。
誰からどうやって取り寄せたんだ・・。

「ふん。役立たずじゃないか。今度、真田会の病院に行くのか?」
「ええ」
「この病院を真珠会に任せたら、もっとよくなるのに」
「1週間後にはなるんでしょう?」
「まあな。わしが許可した。ったく、町民の税金を無駄に使いおって・・」
「?」
「徹底したコスト経営によってこそ、町としての経済が発展するのだ!」

バカか。こいつ・・・。

「もうお前は来なくていい。息子は1週間休養させ、新しい指導医を選んでもらう」
「な・・・」
「沖田を呼べ!」

ナースは困っていた。
「院長はオペ前の検査で」
「呼べ!わしを怒らす気か!」
ナースは顔を真っ赤に紅潮させながら電話した。

町長の横にハカセがやってきた。
「ああ!これは町長!いつもお世話になります!」
「将来の医学博士。この男が真田会に入るそうだが」
「そのようですね」
ハカセは裏切ったように僕を値踏みした。

「うちにくればいいのに」
ハカセは不気味に微笑んだ。
「敵同士になりたくないですよ。僕たち」
「なにが僕たちだ!スカタン!」
僕はやっと言い返した。

「これは町長」
沖田院長がストレッチャー座位でやってきた。
「あちこち痛んでしょうがないのお」
「それはいいとしてだな。沖田」
「は?」
「またお前の部下のロクデナシが、うちの息子をないがしろにした」
「ユウキが・・・弘田くんを?」
「またか。同じ事を言わせるな。監視不行き届きだ!」
「ユウキは・・何か心あたりが?」

みんな、僕を見た。

「僕は、間違ったことを正すつもりで話をしただけです」
「何が正す、だ。お前が正しいかどうかも分からんのに!」
町長はセンスを仰いだ。
「くそ!ここの冷房はどうなっとる!」
「ご自分だけ熱くなりますまいな、町長」
「ほお、そうか?」
「だが・・・息子さんが立派になるには、どうしても必要なことだとは思わんか」
「わ、わしはあくまでも紳士的な対応が必要という、それを・・」
「わしらがこうして立派になるまで、どこに紳士がいた?」

町長は黙ってしまった。

「やれやれ。困ったものだ。弘田くんだけに限らん。最近の子たちは、すぐカッとなり、すぐ辞めていく・・」
ハカセが大きく何度もうなずく。

「怒られるとか、言われるとか・・・そのうちはいいのだ。まだいいのだよ、町長」
「うぐ・・」
「言われなくなったときが、もう手遅れなのだ。かえるぞ!」
鶴の一声で、ストレッチャーは病棟へ戻っていった。

町長は封筒をポケットにしまった。

「あ、あと1週間は、ゆ、許す。だが妙なことは吹き込むな」
「ええ」
「息子は1週間、休暇だ!」
「大事なときに・・!」
一言だけ、言ってやった。

こういう光景はマンガでしかないと思っていた、子供のとき。
権力ある者は悪で、権力のない庶民をゴミのように見下し、踏みにじる。しかしそれはあくまでもマンガの話で、本来そういう人間達は自分を犠牲にして社会を守っていく、侍のような人種だと授業で聞かされた。

とんでもない。こいつらは、マンガ以上に劣悪だ。

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