救急室に、全身衰弱のじいさんが入院してきた。
たしかに、るいそうがヒドい。

「血圧198/110mmHg!pulse 120/min!」
僕は聴診した。ラ音がバリバリだ。左右とも。
「心不全かな?」
「バリバリ浮腫ですね」
ハカセが脚を指で押している。

酸素吸入、5%TZ点滴中。
レントゲンができた。ハカセと見る。

「骨と皮、といった感じの患者だな」
僕はレントゲンを確認していた。
「どこの人?」
「住所不定、無職です」
「ニュースみたいな言い方だな」
「ホームレスです」
「何も食べてなかった・・わけか」

作業着は破れかぶれで、悪臭もある。
レジデントたちは、息をこらえながら服を切り刻み、バルーンを
挿入している。

「やはり心不全だ。胸水も多そうだ」
「ユウキ先生。利尿剤を?」
「投与しよう。でも、何による心不全かが大事だ」
「まずは心不全を治してからでは?」

僕は立ち止まった。

「名前が泣くよ。ハカセ先生」
「すみません・・」

心不全がすべて利尿剤の適応というのは安易な考えだ。

だが素直なのは彼のいいところだ。裏で何を考えているのかは
知らないが。

超音波検査。左心室の動きはかなり過大だ。
「過剰なほどの動きだな」
「こういうのを、ハイパーダイナミック・ステイトっていうんでしょう?」
「ああ・・・実際のアウトプット(心拍出量)も多そうだな。ここは・・」
「なにか?」
「スワン・ガンツを入れよう。モニタリングを。で、しばらくここで見る」
「病棟へ上げましょうよ」
「まだだ。検査が出揃って、診断にあたりをつけてからだ!」

とは言ったものの。診断は何だろうな。

透視を使用せず、ブラインドで挿入。鎖骨下から。

「ユウキ先生。いけますか?」
「超音波、当ててくれ」
超音波で、うっすらとカテーテルの先端が見える。

「右心室に入った。モニターを見る。そこ、どいて」
ハカセをどかし、モニター波形を見る。
「高い山の波形は、右心室の波形。ハカセ、カテーテルのバルーンを膨らませて」
「押しますよ!」

波形は平坦に。

「ウエッジしたということだな。これがPCWP。肺動脈楔入圧」
「ウエッジって?」
「バルーンで膨らんだカテーテルの先端が、片方の肺動脈の先細りに
食い込んだんだよ」
「大丈夫なんですか?」
「バルーンを解除すりゃ、また離れるよ」

冷水の入った注射器で、アウトプットを測定。10リットルくらいある。
馬鹿でかい高値だ。

つまり心臓はかなりの勢いで、1回につきかなり大量の血液を送っている。
「かなり頻脈だから、カテコラミンは入れるなよ!」
そして利尿剤の指示。

病棟からコール。三環系で中毒の患者だ。
個室に入ると、ちょうどDCをするとこだ。

「DCしていいですか?ユウキ先生」
レジデントが叫んだ。
「ぶ、VTじゃないか。早く!」

ズドン!と患者が浮き上がった。

「ふう・・・ありがとうございます」
「また起こるかもな」
「ええっ?そんなこと言わないでくださいよ」
「しばらくここにいてくれる?」
「え、ええ・・」
「DCはここに置いておいて」
「VTが出れば、していいんですね?」
「キシロカインを追加しておいてくれ。目を離すなよ!」

救急室に呼ばれた。

「どうした?」
「先生。もうこの患者さん、上げてください!」
ナースが鼻をつまんでいた。
「採血結果がまだだし、それに」
「上に上げますので!」
彼女は用意を始めた。
「待ってくれ!」
「もう落ち着いているじゃないですか!」
「は?」

モニターをよく見ると・・。

血圧、脈も正常化している。
こんな短時間に?1時間くらいしか経ってないぞ。
採血では貧血はなし。

右心カテーテルのデータも・・・問題なくなってる。
何より患者が楽そうだ。

「すみません・・」
レジデントの小森がやってきた。
「沖田院長がさきほど通られて・・」
「車椅子で?」
「ええ。で、これをと」
彼女は使った薬剤のアンプルを見せた。

「そうか!そうだったのか!ああ・・・」
病名にすぐたどり着けなかった自分が情けなかった。

心不全は劇的に改善した。

僕はトイレで勢い良く小をしながら、替え歌を歌った。

「♪ベリベリハート(脚気心)の、チャッチャー、子守唄〜!」

投与されたのは、ビタミンB1製剤だ。

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