救急室で、レジデントが1人横になっている。
「こらあ!寝るとは何事か!」
鬼軍曹が怒ってベッドを蹴り上げていた。

「く、苦しくて」
「なにい?みんな苦しいのは同じだあ!」
「うぷぷ・・・げろげろ」
彼は勢い良く吐物を撒き散らした。
「うおお!」
鬼軍曹の白衣が瞬く間に、うす茶色に染まった。

「これは・・」
軍曹は吐物を見下ろした。
「ラーメンなんか食べおって!いつの間に!」
「す、すみません。腹が減って」
「食いすぎて、このザマか!」

他のレジデントが写真を持ってきた。
「イレウスだイレウス!」
軍曹は写真を奪い取った。
「ぬう・・そうだな。典型的なイレウスだ?どの患者だ?」
鬼軍曹は周囲を見回した。
「まさか・・お前?」
横になってるレジデントだった。

「じ、実は・・・昨日から吐き下ししまして」
「素人病名で言うな!」
「急性腸炎のようなんです」
「点滴しなかったのか?」
「そんな時間なくって・・」
「うう・・」
鬼軍曹は黙った。確かにスタッフはいつもの半分。
あとの半分は辞職した。しかし全体の仕事量は同じ。
みんなが参ってしまうのは時間の問題だった。

僕は写真をもらった。
「小腸ガスに二ボー。単なるマーゲンチューブでは改善が難しい」
「さ、最初は胃チューブでいいですから!胃チューブで!」
へタレ・レジデント(以下ヘタレジ)は僕に懇願した。
「そうしよっか?」
「ダメだ!さっさとイレウスチューブ入れて、減圧だ!」
鬼軍曹の指示は絶対だ。

「ユウキ。お前、やっとけ!」
「はい!」

透視室でイレウスチューブ。ジェニーと共に作業して以来だな。

ジェニー・・・。

「いたたた!」
「あ、ごめん!」
チューブが鼻の奥に当たって痛そうだ。
「すまん。ゼリーをつけるべきだった」
「お願いしますよ!」

チューブはトライツを越え、留置。鼻から出ているチューブは鼻の上に
テープされ、おでこの横でもテープされた。
「いいか。絶対に、抜くなよ!」
僕は引き上げた。

間もなくして、小森が走ってきた。
「はあ、はあ・・・さっき狭心症が来まして、ニトロ舌下で改善しました」
「冠動脈病変は・・」
「3枝病変で、バイパスした人です」
「心電図は?」
「1ミリ下がったか、下がってないかです」
「でもニトロは使わないとな」
「定期に追加をしようと思うのですが」
「フランドル、ニトロール・・ISDNは入ってるよな。ISMNのアイトロールを追加。明日また外来へ」
「はい!うっ!」
彼女はうずくまった。

「どうした?」
「うう・・」
彼女は手で口をおさえた。
「ふ、袋渡そうか?ふくろ!」

横になって点滴しているアル中がニヤニヤ笑っている。
「わしの袋、やろうか?」
「あ、あります?」
僕は彼に近寄った。
「こ・こ!」
彼は自分の股間を指差した。
「なに?」
「ここに立派な袋がありまっせ!」

僕は事務へ電話した。
「さっさと帰らせてくれ!」

ビニール袋は間に合わず、彼女は思いっきり吐いた。
「げろげろげろげろ!」
「いけ!いけ!」
僕は背中をさすった。

「と、トイレで吐いていいですか・・?」
「わかった!」
僕は彼女をトイレに連れて行った。職員トイレ。
しかし大のところは共用だ。

ドアノブの下は赤。誰か入っている。
「もしもーし!誰か入ってる?だろうね」
と言いつつ、中の人間を急かした。

しばらくして、ジャーという音が流れてきた。

「小森さん!待とうぜ!落ち着け!」
「ふふ、ふふ・・」
彼女は吐くか吐かないかの死線を彷徨っていた。

しかし、誰も出てこない。

「おい?まだか?」
しかし、なんでこのトイレに執着しなければならんのだ?
「いったん、出てくれ!」
ドンドン、と叩いた。
「おねがいでーす!」
小森も泣きながら叫んだ。
「おねがいでー・・あ!ダメ!」
「おわ?」
「げろげろげろげろ」

あーあ・・・。

救急室へ戻る。

「ユウキ先生。トイレ長かったですね!」
ハカセがエルボーしてきた。
「なんだよ?」
「お楽しみですか?」
「オレがそんなことする人間か?」
「冗談冗談!でね、今救急が来まして」
「またか?今度は?」
「頭痛です。CTが今・・」

CTが掲げられた。

「脳出血じゃないか。脳外科のある病院へ転送だ」
「CTの直後に呼吸が止まりまして」
「それを早く言えよ!」
「今、言いました」
「あのな・・」
「病棟へ上げます」
「病棟は大丈夫なのかい?」

ベッドはもう満床になりつつある。

ハカセは携帯で話している。
「なに?イレウスチューブ入れた患者・・レジデントがいない?」
「うそ?」

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